a21 朝のスズメ



 桃色のカーテンに水色の光が差してきた。


「……んっ……」


ベッドの中で始まった声が聞こえる。


「……ん……ん……ぁぅっ……ん!」


 寝返りを打つ布の音。ガサゴソと盛り上がる布団。


「ぁんっ……ぁンっ……あッ……うンッ」


 ベッドの回りには散らばった制服や下着……。それらの枚数が折り重なって、愛しさを求める男女のように絡みついている。


「……ッぁ……っァ……ッアッ……んゥッ」


 ベッドの布団の端から素肌の足が覘いた。もう一つ、太さのまるで違う異性の足も布団の熱さに負けて押し出てくる。


「……っァ……ダ……めっ……だ……ぁっ……そぉ、こ、ぁンッ!」


 ギシギシとベッドが揺れはじめた。最初は小さく。すぐに勢いを増して。弾む、弾む、弾む、弾んで……。マットレスのバネも合わさって、ベッドも枕も揺れて、手も足も頭も首も亀のように布団から出たり入ったりを繰り返している。


「ひゃ……くすぐゥッ……ぅンっ! ……ぃっ……いっッ!」


 ベッドの中で少女が布団から手を上げて叫んだところで、同じ布団の中で最初から目を覚ましている百色が、隣の雫を見た。


「……さっきから、なに言ってるの?」

「……興奮した?」


 布団の中で、ピンク色のパジャマを着た雫がチロリと舌を出して言う。


「ベッドから落ちそうで大変だった」

「これから教室で会った時は今の動きを想像して良いよ。当たったでしょ。色んなところ……」


 それは当たったのではなくて、当ててきたのではないのか? 喉ボトケまで出かかった言葉は、なんとか口に出さずに飲み込むことが出来た。昨夜、百色がベッドに入る前にパジャマを着てくれたことで良しとしよう。


「……今みたいな声がさ。聞こえてくるんだよね。これぐらいの時間になると……」


 雫が言うと、百色の背後の布団越しの先にある女子色の学習机がある壁を見る。雫の弟の流とガールフレンドである幼馴染みが眠っている隣の部屋とを遮っている壁。


「……今日は聞こえてこないね」

「ね……。聞こえたら絶対、七紀君も我慢できないから」


 モゾモゾとベッドの壁際を譲らなかった雫が顔を出して天井を見た。


「新婚さんって、朝はいつもこんな感じなのかな?」


 百色は黙っている。


「泉さんたちとも朝はこんな話する?」

「ぼくから話す時もある」

「ホントにっ?」


 勢いよく顔を振り向けて、肘をつきながら半身だけで起き上がってきた。桃色のパジャマの開いた襟から胸元が見えている。


「七紀くんから泉さん女の子たちに話す事ってなにっ?」


 興味津々で百色に訊いてくる。そんなに興味が湧くことなのだろうか?


「母さんや父さんたちも、子供の頃にはこんなことをヤッてたのかなって」


 現在の百色の父や母が 父母以外の誰かと……結婚する前に、小学生や中学生や高校生の時に、気になった異性と夜を共にして朝を迎える。もしも、そんな性の乱れた人間を親に持って……その子供が性に清潔でいられるだろうか?


「七紀くんて本当に性格が悪いよね……」

「嫌でも考えるんだよ……。こんな現実せかいで生きてると……」


 過去を消すことは出来ない。一度でも起こったら、それはそのまま「記録」されて繰り返す……。親たちが今でも信じていないことを、百色だけはそう信じていた。


「じゃあ……未来で七紀君の子供が、いまのこの事を知ったらどう思うでしょうか?」


 雫が自分のおなかを擦って言う。まだ何も起こっていない女子じょしはらを。


「その時は、君の子供にぼくの子供を紹介するよ」


 残酷な子供には残酷な現実を突きつける。それが七紀百色の冷酷な流儀。


「……わたしは……、私の子供は七紀君との子供がいいな」


 雫の手が伸びて百色と自分の肩に、優しく羽毛の布団をかぶせ直した。


「……好きです……。付き合ってください」


 面と向かって唐突に言われた、人生で二度目の告白……。


「もっとよく知ってからのほうがいいよ……」

「もっとよく知るって例えば……?」


 こう?とでも言いたに、胸元のボタンを外してくる。


「一緒に暮らしていると髪の毛とかごみもいろいろ落ちるでしょ。例えば床とかに……」


 大人になればこれから生えてくる下の毛だって落ちるはずだ……。


「……あー、ヒロちゃんとかは鼻くそが落ちてるとかなんとか言ってモメてる」

「洗濯やトイレ掃除だって汚れ物で苦痛になってくるよ」


 親たちの排泄トイレの後のニオイは地獄だ。


「……そんなとこまで考えて付き合うの?」

「考えなきゃ後で大人になった時に困るだけだよ。誰かとデキた子供に質問攻めにされてね?」


 それがイヤなら考える事だ。だから百色は考える。大人になってから自分の子供にそんな事を聞かれて答えられないのは嫌だから……。


「……わたし……、キミとは付き合えないかも」

「それが正しいんじゃないかな。ぼくだって自分の子供に、この夜の事とか問われたらありのままを教えるしかないから」

「寝てる最中にキスを奪われたとか?」


 揶揄からかうように笑う雫を見て、百色は驚く。


「寝てる隙を狙って何かをするなんて、男みたいなことするんだね」

「同じ事を、泉さんたちがしてないとも思えないんだけど」

「もしそうなら……それは諦めてる」

「朝にチンチンやタマタマを舐めれられてるとかの可能性も?」

「女子って、そういう事するのはイヤだと思ったけど」

「男は好きなんでしょ。女子に口でしゃぶられるの」

「……。ぼくはそういうの好きじゃない」

「実際には、ヤッたことも無いくせに」

「ぼくは好きじゃないっ」

女子わたしはキスしたい」

「寝てる時にしたんでしょ?」

「そんな夢でも見たの?」


 百色は首を振った。


「じゃ、そういうこと」


 笑ってゴマかして雫は、起こしていた頭を枕に戻した。


「七紀くんて、金ピカな格好してグラサンしてる人ってイメージだったらしいよ。流の中では……」

「なにそれ?」


 思春期特有の、話題の唐突な変化……。


「でもわたしからするとながれの方が、全裸で仰け反りながらバイクを運転してくるってイメージがあるんだよね。姉として。なんか大人になったら、そんなことやりそう。あいつは」


 それはやりそうだったし。実際に見たら、ばっちりキマってそうだ。

 想像すると百色は笑った。


「わたしって、そんな魅力ないかな」

「実は今、ものすごく我慢してるから魅力はありまくり」

「ありまくりって、我慢するなら襲えばいいじゃん」

「そんなわけにもいかないでしょ」


 雫はまだ知らないようだが、百色は朝の女子というモノをよく知っている。これは内緒なのだが、実は女子だってイビキや歯ぎしりはするしオジサンのようにボリボリと腹を掻いたりするのだが、それはまだ秘密にしておこうと思った。


 見るとカーテンに日の光が差して、朝のスズメがチュンチュンと啼きだしていた。



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