リーマン死神の課題


『課題を出すことにする』

『……』


 午後12時15分。昼休み中。宙に浮いていた死神は、突然真琴に宣言した。このふんぞり返った姿は真琴にしか認識することができないので、無視したら、独り言を言ったみたいなった。


『おい、聞いてるか?』

『はいはい。今、千早と話してるから』

『か、かまってちゃんじゃねーぞ俺は。本気だぞ。この9日間、インコの世話に精ばかり出して、なんの進展もない君には、課題が必要だと判断した』

『さっき、楽しくお話ししましたけど』

『俺がな。ついでに、楽しかったのも俺だ』

『……歌だって、歌ってましたよ』

『それは君の趣味だろう? どっちかと言うと、そっちに精を出してる様子を見ると、本当に恋をしたいかどうかも怪しくなってくる』

『……あっ、この焼きそばパン、おいしー』

『わかりやすい現実逃避をするんじゃない』


 と適当に死神のアドバイスを無視しながらも、思い当たるところはあった。毎日、毎日、インコの世話をして、もちろん少しは話すが、それ止まり。そもそも、牧野は生粋のリア充男子だ。


『松下さんのように、女子と話すだけで興奮を覚える童貞とは違うからなぁ』

『誰が童貞だ! 死神にそんな概念はない!』

『おっと』

『……つい、とかいう次元じゃない。迂闊すぎるぞ。あまりにも口が滑り過ぎている。だいたい、君だって男子と話しただけでテンションあがって、はしゃいでたじゃねーか』

『な、なんてデリカシーのないことを!』

『さっき、もっとデリカシーのないことを、俺は君に浴びせられた!』

『で、どーゆー課題なんですか?』

『……切り替えだけは早いな君は』


 渋い顔をした死神は、サラサラとノートに書き始める。


『……デスノートですか?』

『人聞きが悪い! 誰も死なない!』


 そう言って、ぶん殴るようにそれを窓にかざす。


             *


 明日、携帯番号を聞く。

 電話で楽しく話す。1週間以内。

 デート。2週間以内。(初デートで、手を繋ぐ)


             *


「なっ、なんなんですかこれは!?」

「ま、真琴!? どうしたの?」


 思わず立ち上がり、大声を出してしまって、教室に一瞬静寂が訪れた。


「ご、ごめん! なんでもないの」


 真琴は慌ててぺこぺこと謝る。顔が真っ赤にほてって、熱い。この前の飼育係のこともそうだったが、周囲からの注目は慣れてないので焦ってしまう。


『とんでもないこと言い出さないでくださいよ! あー、びっくりした』

『普通だろ。むしろ、恋をするってことの最低限のマニュアルを示しただけだ。それに、これくらいの日程間でいかないと、とてもじゃないけど付き合えない』


 簡単に言ってくれるが、こちとら生まれた年数=彼氏がいないのだ。それが、あと2週間でデートなんて……そりゃ、やらなきゃいけないことは、わかってはいるけれど。


『でも、こんなの無理ですよ。無理』

『……甘えるなよ』

『えっ?』

『臆病になってて怖がってたら、手に入るもんなんて何もない。神様だって、そんな情けないやつには何もしてくれない』

『……』

『これはさ。君が死ぬからとか、そんなの関係ない。恋ができるかどうかって言うのは、勇気を出すか出さないかだ。みんな、怖いんだよ』


 松下の言葉が突き刺さり、真琴は思わず下を向く。痛いところを突かれて、思わず心が重くなった。自分の余命を言い訳にすることを、目の前の死神は許してはくれない。

 なんで、こんなに厳しいのだろうか。少しくらい、甘えさせてくれたっていいようなものだ。


「真琴……大丈夫?」


 千早が心配そうに真琴に尋ねる。


「うん。全然。ぜーんぜん」

「本当に? なーんか、しょげてるみたいだけど」

「……」


 嘘だった。人が傷つくのは、決まって裏切られた時だ。思いがけず、こうだと思ってた人から、思いもよらない反応がきた。自分はもう長くないのだから、自分の弱さを許してくれると、どこかで思っていた。そんなことを見透かされたようで。自分の醜い部分を見られたみたいで。


『ちょっと……落ち込みすぎじゃないか?』

『……』

『あの、別に君が嫌いだからとか、憎んでるとか、怒ってるから言ってるんじゃないんだぞ? 怒ってないから。全然、怒ってはいないから』

『……必死に犯行を否定してる痴漢犯罪者みたい』

『な、なんだとテメー』

『フフ……わかりましたよ。やればいいんでしょう? や・れ・ば』


 アタフタしながら弁解を始める松下を見て、なんだか気が抜けてしまった。この人は、基本的には厳しい。でも、決して自分のためには怒らない。


 そんな風に思えるくらいには、目の前の死神のことを信頼していることを、真琴は自覚した。

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