綺麗な華には毒がある。ネコにとって百合は毒《周防 奏》:4
「え?春乃、聞いてないの?ソウくんの家引っ越したのよ?」
「え…?」
◇◆◇
「ソウ……えっ、ソウくん?」
「はい…はいっ!ハルちゃん、やっと会えました」
周防さんの私を呼ぶ声を聞いて、私に向かって微笑むその姿を見て…何よりも大切だった日々と最も悲しかった日を同時に思い出した。
──久しぶり、ソウくん。そんな言葉が出かけて
──なんで、急に居なくなっちゃったの?なんて問いが生まれて
今日の私は疑問を抱いてばっかりだ。
「本当に…本当に、周防さんがソウくんなの?」
「はい。当時あの公園でハルちゃんが手を引っ張ってくれたおかげで、今の私が居ます。表しようのない悪意から、私の心を救ってくれたのがハルちゃんです」
「でも、あの時は髪の色…黒だったよ?それに、ずっと男の子だと思ってたし…」
最初の頃は帽子に隠れて顔や髪をしっかりと見た事は無かったが、ある日に顔の造りは見た事があったし、お泊まりするうえでさすがに四六時中帽子を被っている訳にもいかずソウくんは帽子を外していた。
その時に見た髪色は黒だったはず。
「…最初にも言った通り、私はこの髪の色で虐められていました。だから人に見せるのが辛い、黒髪になりたい。でも、母と同じ色の髪を染めるのも嫌。なので、人前で髪を晒す時は必ず深い帽子を被るかウィッグをするようにしていました。お風呂の時はどちらも出来ないので2人で入る訳にもいかなかったんです。ハルちゃんならこの髪を見ても……とは何度も思いましたが、それでもやっぱり、怖かったんです…」
「そっか…」
「はい。性別に関しては当時女の子であるのが辛かったからですかね。容姿が理由の大部分を占めますが、性別が男の子であったならばあそこまで激化しなかったのでは…と、昔もですが今でも思います。女の子の同性に対する虐めはとても怖いものですから。あぁ、でも気にしないでください。今は性別に関しては何とも思っていませんし、親の都合で引っ越した後の新天地では幸いにして虐めもなく、普通に女の子として生活していましたので」
ソウくんは…周防さんは虐められていた。その理由の大部分が彼女の容姿だ。周囲との差異から生まれてしまったソレは彼女の本質的な部分の性別にまで及ぶ。
今の姿を見ても私の過去の記憶を漁ってみても、小さい時からあどけなさを持ちつつも周りの女子からやっかみをウケるほどには既に外見が整っていたはず。
良くも悪くも目立っただろうし、攻撃の的にもしやすかったのだろう。
「結論として、私は自分のコンプレックスを隠すために変装をしていて、一人称を変えてたんです。それに変装をしていれば、同校の生徒に見られてもバレない可能性がありましたから」
私達が遊んでいた公園はそれぞれが通っていた小学校の中間だ。確かに、同じ学校の生徒とばったり会う可能性はあるしその時に誰なのかバレる可能性は高い。
故の変装。
コンプレックスの髪色を隠し、同時に個人の特定をしづらくする事が出来る。それはとても理にかなった行動だった。
「だとしても、ハルちゃんを騙していた事に変わりはありません。そんな嘘つきの私が引っ越す前に、最後にハルちゃんに会いたいだなんてあの時の私は思えるはずもありませんでした。今更ですが、急に居なくなってしまってごめんなさい」
理由があったとしても、嘘をついているという負い目に心が苛まれていたらしい。当時小学生ながら達観した感性だ。周りの環境が、周防さんを無理やり達観せざるおえない状況にしたのかもしれないけど。
そんな罪の意識を何年も引きずって、こうやって再会して、今私の目の前で彼女は頭を下げる。
「こんな嘘まみれな私、やっぱりハルちゃんは嫌いでしょうか…?」
嘘をついていたという罪の意識と後悔を
言外にどんな言葉でも受け止めると、そう伝えられた気がする。
そんな周防さんの問いに…私は────
「そんな訳ないじゃん!」
力強く、叫ぶようにして告げる。
「なんで私に色々話してくれなかったの?って、思わない訳じゃないよ。でも、ちゃんと理由を聞けばしょうがなかったんだなって思う」
私は運良くこれまでの人生で虐められたことは無かった。だから、話を聞いて理解してあげる事は出来ても当事者の気持ちになって心から分かってあげる事は出来ない。
私はソウくんが消えてから寂しい想いはしたけれど、それを今になって非難したい気持ちなんて欠けらも無いのだ。
「あはは…でもまさかソウくんが女の子だったなんて思いもしなかったよ。今頃気がついたけど、たぶんソウくんは私の初恋だっんだと思うなぁ。かっこよかったし優しかったし」
「………私も初恋でしたよ。でも、私は初恋を諦めたつもりはありません」
「え?」
…あれ?なんかこの雰囲気見覚えが……
「そもそも、本当に髪の色を隠したいなら態々公園に行くなんておかしな話なんですよ。それでも私は外に出ました。人との関わりを恐れながら、誰よりも人との関わりに飢えていたんです。ハルちゃんはそんな私の飢えを、心の傷を癒してくれた…」
手を胸の前で組んで、周防さんは思いを語る。
「ハルちゃん、私は今でもあなたの事が好きです。大好きです。こうして再開して確信しました…愛してます」
混じり気の無い純粋な告白。
好き、大好き、愛してる。愛の言葉が私の脳を強く揺らした。天使が魅了の唄を歌い心を震わせてくる。
かぁっ…と顔が熱くなった。嬉しいからなのか恥ずかしいからなのか、自分でもよく分からない。
でも、言わなきゃいけない事がある。私は今、ある人の告白を受けて保留にしている立場なのだから。ちゃんとそれについても話すのが私に出来る唯一の誠実さだ。
「あ、えっと、その…私の恋愛対象が女の子なのかよく分かんなくて、男の子だとは思うんだけど…それに、今私告白されて答えが保留になっちゃってて…」
「知ってますよ、見てましたから。私達と同じクラスになった女の子に告白されていましたよね?」
「へ?」
「見ていたからこうして今日ハルちゃんの元を訪れたんです。本当なら全部を話すのはもう少し後の予定でしたので。私もちょっと、焦っちゃったんですよ…2人が付き合ったらどうしようって」
え?んと、周防さんは藤野さんが私に告白するところを
色々と増えていた情報や感情の中に更なる爆弾が投下された。もう、キャパオーバーです…
「ハルちゃんはあの告白を断らなかったですよね?あの方が"断らせなかった"というのが正しいかもしれませんけど」
「まぁ…その、はい」
「ですので私にもチャンスをください。今すぐに答えはいりません。でも、必ず私の虜にしちゃうんですから……ちゅっ、今は、これで我慢します…」
え??
一瞬真っ白になった思考が一気に現実へと引き戻される。
い、今私のほっぺに、周防さんが…キ、キスした!?暖かくて柔らかくて、ほんの少しの湿り気を感じさせる唇。
ばたばたと身振り手振りで動揺を表現する私をくすくすと笑い、反応を楽しむようにして彼女は私に宣戦布告する。
「今はまだ、友達でいいです。いつか、私の恋人になってもらいますから!」
……私の高校生活、早くも普通とはかけ離れた状況になってきた気がする。
「大好きですよ、ハルちゃん」
……気の所為では無さそうだ。
◇◆◇
「それで、流してたけどどうやって私の部屋に?いきなり意識を失ったのは…?」
「…あらあら、うふふ」
「あの…」
「うふふふふふふふふふふふふふ」
「あ、あはは…」
「では、また明日」
「はぃ…」
知らない方が良いこともこの世にはある。
そんな気がした。
「私を覚えてなかった訳じゃなくて、本当に良かったです…自業自得ですけど、これからまた頑張りましょう」
「…?」
私の部屋を出ていく時に周防さんが何か言っていたみたいけど、声が小さくて上手く聞き取れなかった。
◇◆◇
この世界には毒を持つ華がある。
それは、元々毒性を秘めた華なのかもしれないし、育った環境によって毒性を獲得した華なのかもしれない。
だが、全部が全部望んで得たものではないのだ。
だとするならば、そもそもの存在や環境に左右されるしかなかった毒華は悪なのだろうか?依存するしかなかった華の末路は、毒華しかないのだろうか?
その答えは華のみぞ知るものである。
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これにて周防 奏編はとりあえず終わりになります。なんとか4で収まりました。段々と文量が増えてきてしまっていますが、これからの日常回では1話約1000文字程度で投稿していく予定です。
ゆかりんこと羽場 紫先生の単独回はもうちょっと後になる予定ですので、暫しお待ちを。
次回からは春乃達の学園生活であったり、恋の駆け引きであったり…そういったものを前面に押し出して書いていくので楽しみにして頂けたら嬉しいです。
三日月 春乃、阿澄 詩音、藤野 祈織、周防 奏。現状この4人の物語がどのように進むのか…という事で、「う〜ん…」と頭を悩ませているのが性的描写と言いますか、どの辺までやっていいのかな?と。
そういうのが見たい!もっともっと!という人もいれば、あんまり得意じゃないんですよね…なんて人もいるでしょうからこればっかりは難しい加減ですね。
まぁ、頑張ります。
では、また次回からよろしくお願いします。
あ、皆さんも是非ひとりおままごとでペット役やってみて下さい。オススメです。
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