第7話 新たな祝福

 生後6日目、僕は新たな祝福を授かった。


 『新たな』とは言っても、この世界に生まれる時にはすでに神さまから授かっていたものだ。


 ただ、新生児のボヤけた目ではその機能が発動できないらしく、視力が安定するまでお預け状態だった。


 だから、サプライズ的な感動はないんだけど、楽しみにしていた祝福なのですごく嬉しい。



 その日は朝からお城の中が騒がしかった。

 実を言うと、その兆しは前日からあったんだけど……


 昨夜、領主としての執務を終えた父さんが母さんの寝室を訪れたとき、僕はいつものように敵対勢力の情報収集と分析をしていた。


 どうせまた二人でいつもの親バカルーティンを繰り返すのだろうと思いながらも、何か新しい情報はないかと聞き耳を立てていたら、いつもと様子が違う。


「ス、スワニー? そ、その姿は……」

「フフッ、アクィラったらそんなに驚いた顔をして」

「い、いや……あの……えっ?」

「横になって、ゆっくり話をしませんか? 旦那様」

「…………は、はいっ!」


 もちろんこの後のことは聞いてない。

 聞かなくてもわかるから。

 近々僕に弟か妹ができるんだ。


 そう、昨夜、父さんが母さんの姿に驚いていた。

 これが騒動の兆し。

 そして、その原因について僕には心当たりがあった……

 というか、心当たりしかなかった。



 僕は、自分の推測が正しいことを確かめようと、いつものようにマップの音声収集機能で聞き取り調査をしたところ、騒動は城内だけではなくタキトゥスの町全体にまで広まっていた。


「せ、聖女様が若返られた~!?」


 うん、やっぱりね。これが騒動の元。

 あらゆるところでこの噂がささやかれている、というか叫ばれている。


 どうやら、昨日お母さんと練習した治癒魔法が原因らしい……

 確かに、お母さんの肌は艶々のプルップルにはなっていたけど、それにしてもこの騒ぎ……


 執事たちの会話によると、母さんは『服が少し大きくなってしまいました……』と、唖然とする家の者たちにこぼしながら、そのままネストに診療に出かけてしまったらしい。


 当然のことながら、その姿は治療魔術師たちはもちろんのこと、診察を受けに来た領民たちの目にも入ってしまっている。


 奇跡を目の当たりにした領民たちは、仕事などそっちのけでこのホットニュースを我がことのように熱く、会う人会う人に伝えていく。


 脳内マップを眺めていると口コミの拡散の様子が手に取るようにわかる。

「へぇ、人の噂ってこんな風に広まるんだ……」


 その伝搬のスピードと範囲に感心しつつ、僕はできるだけ他人事ひとごとのようにつぶやいた。


 それと合わせて、昨日現場に居合わせたメイドさん……驚いてティーセットをぶちまけちゃった人だけど、彼女が「私見ました!! 聖女様がお子様と一緒に光り輝いていらっしゃいました!!」なんて、メイド仲間に言っちゃったものだから、もう大変。


 メイドさんを音響システムに例えるなら、間違いなくスピーカーの類だからね。それは拡散もされますよ。


 若返りの現場と結果の両方を押さえられた母さんに逃げ場はなく、昨日の今日なのにもう「奇跡の聖女様」という呼び名が定着し始めている。


 まぁ、そんなこんなでとても騒がしい。

 

 それにしてもレベル7の魔法って凄いんだなぁ……

 ヒト種が扱える魔法の最高強度がレベル1相当だから、その70倍。前代未聞、前人未到の魔法ってことだね。

 

 済んでしまったことは仕方がないので、次からは気を付けようと思いながらベットの上で足と手をもぞもぞと動かしていた。

 

 ふと天井が目に入る。

 昨日は近くのものがようやく見える程度だったけど、今日は天井の細部まではっきりと見えるようになっている。


 昨日、母さんがお手本としてかけてくれた治癒魔法が、僕の目の成長を速めてくれたんだろうか。


 へぇ、こんな部屋だったんだ……

 マップでは細かな装飾なんかは見ることができなかったので、いま目の前に広がる空間はとても新鮮に見える。


 こうやって見てみると、やっぱりこの世界は地球に似ている気がする。

 ただ、時代的にはかなり昔にさかのぼるみたいだ。

 僕の前世の記憶と照らし合わせると、中世ヨーロッパの装飾様式に近いのかな。


 僕は、あらためて自分が寝かされている子供部屋の装飾を見る。


 天井にはフレスコ画の天使が微笑み、その天井と壁の境には木の枝と葉っぱ、それと花々の見事な彫刻がコッテリと施されていて、ところどころにかわいいリスが見え隠れしている。


 うん、中世ヨーロッパの貴族の家っぽい……

 ぽいっていうのは、僕が実物を知らないからだけど、前世で見たテレビや写真のイメージにとても近い。


 少し違うところがあるとすれば、天使の羽が尖ってて、しっぽがにょろりと生えているところかな。


 それと、なぜかリスの額から一本、鋭い角が生えてたりもするけど、それ以外はほとんど、もといた世界と変わらない……


 ん? よく見れば木の幹に人の顔みたいなのが浮かんでる? やだな、なんか叫んでるよ……やっぱり同じと言うには少し無理があるかな。


 まぁとにかく、こういう造形のディテールは音声の収集と分析だけではわからないよね。


 というわけで、部屋の外も確かめてみたいんだけど……

 目も見えるようになったし、そろそろが使えるんじゃないかなぁ。

 僕は、期待を胸に脳内マップを展開した。


 !? ――すごい!


 なんと……マップが3Dになっていた。

 新機能の追加に合わせて表示領域を高さ方向にも広げてくれたんだ……

 すごいや、神さま。


 僕は真ん中にある自分のマーカーをタップしてみた。

 すると、その横にカメラとプロジェクターのアイコンが点灯する。今まではなかったものだ。


 よし、使えるようになっている。

 僕は、はやる気持ちを抑え、一呼吸おいてからカメラのアイコンを押した。


 パッ、とマップの上の方に大きなモニター画面が現れ、ベットの真ん中に寝かされた赤ん坊が映し出される。


 見えるみえる! この世界に来て初めて見る自分の姿。小さいなぁ、ズームで寄ってみる。


 銀色の巻き毛に赤色の瞳? まつ毛長っ! 生まれてまだ数日しか経っていないのに随分と整った顔立ちで、我ながらイケメンだ。

 これは素直に嬉しい、神さまありがとう……

 

 一度赤ん坊目線に戻して、見えないカメラに向けて手を振ってみる。

 そのまま視界をカメラ映像に戻すと、画面の中の僕はぴょこんぴょこんと足を動かしていた。


 そう、これが僕の待ちに待った機能。

 マップ上のあらゆる位置の様子を映し出し、録画もできる。さらには、好きな場所に映像を投影することも可能だ。


 簡単に言うと、すでに使い始めているマイクとスピーカーに加えて、カメラとプロジェクターの機能が手に入ったというわけ。


 この世界で赤ん坊からやり直す僕には、この力が必要だったんだ。これで1人で動けるようになるまでの3~4年間を有効に使うことができる。もちろん、成長してからも十分役に立つ一生モノの祝福だ。


 よし、それではまず手始めに領地の様子からチェックしようかな。

 僕は3Dマップ上でお城の一番高いところをタップし、カメラを設置した。と同時に、スクリーン全面に外の景色が映し出される。


「……」

 その絶景に思わず息を呑む。

 眼下には黄金の海が広がっていた。


 いや、これは陽の光を受けて黄金色に輝く草原だ……麦畑かな?

 時おり風が麦の穂を撫でるように渡る様子が、まるで大海原のように見えたんだ。


 僕の頬を温かいものが流れ落ちた。

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