謎の飲み物(1)

 今日も、喫茶店フロイラインの営業が無事終わった。

 後片付けをしている家族四人、一段落してちょっとだけお茶タイム。


 そんな中で、小百合が。


「あの、ちょっとお聞きしたいことが」


 喫茶店のメニューを片手に、おずおずとそんなことを言ってきた。


「ん? どうしたんだ?」


「あの、ですね。前から疑問だったんですけど、このメニューの中に、どんな飲み物か想像できないものがいくつかあるんですが……」


「……ああ」


 いつか聞かれると思っていた。

 そんな雰囲気を醸し出しつつ、俺とおふくろは目を見合わせる。


 さて、こういっちゃなんだがうちの喫茶店はニッチな需要もお任せあれ、と言わんばかりに個性的なメニューがそろっているので、何のドリンクのことを尋ねられるのかと思っていると、びっくり。


「あ、あの、ここにある『ホレステリンソーダ』っていう飲み物は、なんなんでしょう?」


「あちゃー、よりによってそれを聞いてくるか……」


 ウチで一番のキラータイトルともいえるイロモノソフトドリンクにツッコミを入れてくるあたり、小百合の優秀さがうかがい知れる。さすがわが妹。


「ま、論より証拠だな。まずは飲んでみるといい」


「……え? いえいえ、そ、そんな、申し訳ないことを」


「いや別に構わない。というか、これは飲んでみないと分からないから」


 俺の言葉におふくろも二回ほど深くうなずく。


「確かにそうね。でも睦月、それをいうなら『百聞は一見に如かず』じゃないの?」


「理系に語彙力求めないでくれよ」


 言い訳もほどほどに俺はカウンターに入り、棚の一番上にある怪しげな琥珀色の液体が入った瓶を取り出しグラスに注いだ後、それを炭酸水で割って小百合の前に出した。


「はい、ストローでどうぞ」


「……あ、ありがとうございます。おしゃれな琥珀色です……」


「あーうん、飲む前ならそう思えるかもしれないけど」


「え? な、なんだかよくわかりませんが……それでは、いただきます」


 小百合が、ストローで一気にその怪しいドリンクを吸い上げた直後。


 ブフォッ! という霧吹きの音とともに静寂がぶち壊される羽目になった。予想通りかといえばそうなんだけど……


「きのこーーーーーーーーっ!?」


 ……これほどまでに大きな小百合の叫び声を初めて聴いたんじゃなかろうか。


 ごめんな、罰ゲームみたいなことやっちゃって。センブリ茶を普通に飲める小百合だからこれも飲めるかと安易に考えてたが、俺の見込みが甘かったようだ。

 でも、小百合の毒霧攻撃をまともに食らったのは正面にいた俺だから、痛み分けってことで許してもらえるとありがたい。兄の業界でもご褒美ではないぞ、決して。


「大当たり。これは、秘伝の方法で抽出したシイタケエキスを甘いソーダ水で割って作った飲み物だ。別名シイタケサイダー」


 小百合から顔面に食らったホレステリンソーダの霧をおしぼりで拭きつつ、解説をする俺。ちょっとだけ間抜けだ。


「あ、あああ、すさまじいキノコのうまみとともにやってくる甘みのアンバランスさが……思わず毒キノコエキスかと思って吹き出しちゃいました、ごめんなさい……」


「いやさすがに小百合に毒を盛るような真似はたとえ俺が死んでもしないからね?」


「も、もちろんお兄ちゃんのことは信用してますけど……テングダケの強烈な旨みにとっても似ていたので……つい反射で」


「小百合はなんで毒キノコテングダケの味を知っているのかなあ?」


 詳しく聞きたいのはやまやまなれど、ここでそっち方面に話題を振ったらなんとなく日付が変わりそうな気がしたので、しぶしぶ断念することにした。


「ある意味これも哲郎さんの遺産よねえ……もうどうやってこのエキスを抽出するのか、やり方がわからないんだもの」


 おふくろが頬杖をつきながら、しみじみとそう漏らす。そう、このエキスを作ったのは、なにをかくそう今は亡きオヤジである。

 なんでも、オヤジが小さいころ売られていたらしいこの商品の味が忘れられず、自分でいろいろ試行錯誤してやっと作り出したとか聞いたような。知らんけど。


 しかし、こんなマズ……いや、奇妙な味の飲み物が、過去には本当に売られていたのだろうか。

 時代がおいついてなかっただろ。健康飲料ブームを先取りしすぎだ。


「……確かに。ま、どのみちこの濃縮エキスがなくなったらこのメニューも終わりでしょ。あと少しの命」


 琥珀色のシイタケ何百本分かわからない濃縮エキスが入った瓶を振り回し、俺がそう言うと、小百合の表情が青くなった。


「え……そんな貴重なものを、わたしが飲んじゃったんですか……」


「いや全然貴重でも何でもないから余計な気をまわさなくていいぞ小百合」


「あう……」


「どのみち、一部の特殊な人たち以外の需要なんてなかったからな、このメニュー」


「需要……?」


 そこで小百合が首をかしげる。

 まあ、正確には愛好家は一人だけいるんだけど……最近フロイラインに来てないからなあ。

 それ以外には──


「──あ、そうだ小百合。しんぺーくんとはその後どうなんだ? もういじめられたりしてないか?」


「え、ええ!? あ、あの、い、いじめとかはもう何もないです……でも、今までが嘘みたいにおどおどと話しかけたりしてきて、何を考えてるかわからないので相手はしてません……」


「ざまぁ」


 おうおう、しんぺー少年も不憫だな。まあ仕方ないだろ、呪うなら過去の自分を呪え……


 …………


 ん?


「……小百合」


「な、なんでしょう?」


「おまえ、しんぺーからストーカー行為は受けてないよな?」


「……へ?」


 そうやって俺が喫茶店の窓から外を指さすと、そこには。

 そう遠くない過去に、小百合の黒Tに興奮しすぎて必殺ノーズブラッドスプラッシュムーブをかましたどこかの現・性少年、元・いじめっ子が張り付いていた。


 俺はすぐさま『CLOSED』のはずのドアを開け、中の様子をうかがっていたしんぺー少年をとっ捕まえる。


「ひゃっ!?」


「なに覗いてんだしんぺー。まさか小百合が着替えてるんじゃないかと思って中をうかがってたわけじゃあるまいな?」


「そ、そ、そ、そんなことは考えてない!!!!!!」


 あやしい。

 目は口ほどにものを言う。泳ぐしんぺーの目は、身近にいる変質者のそれに非常に似通ってる。誰に似てるって、まあ永井という変態だけどな!


 …………


「よし、まあそれはいい。ところでしんぺー、もう小百合をいじめたりはしてないんだよな?」


「も、もちろんだ! 俺も男だ、自分で言ったことには責任を持つ!」


 ほう。言質いただきました。


「そうか。なら俺も許そう。もう店は閉店しているが、特別に中に入っていいぞ」


「……へっ?」


 俺の態度が180度だか540度だかの変貌を見せたせいで、呆けたしんぺーだったが。

 下心には勝てなかったのであろう、素直に店内へと入ってきた。


「え……」


 まさかしんぺーを招き入れるわけがないと思ったであろう小百合が唖然とし、おふくろや恵理さんは眉間にしわを寄せていたが。

 しんぺーをカウンターに座らせてから、俺が先ほどと同じ琥珀色の瓶に手を伸ばした時点で、三人ともなにやら悟ったようである。

 ホレステリンソーダのもう一つの需要、ってやつだ。


「しんぺー、俺が飲み物をごちそうしてやろう。俺と和解する条件は、出された飲み物を一滴もこぼさず飲むこと。そうすれば俺は許してやる」


「……へ?」


「俺と和解するつもりはないのか? ならばおまえは、今後エターナルに俺の敵だな」


「い、いやいやいや和解するつもりはある! ある! あります!」


 小百合とのエターナルの夢には勝てなかったか、しんぺーよ。

 じゃあ特別に、いつもよりエキス量二倍でサービスしてやろう。サービスサービスぅ。


 ──さあ、飲め。ようこそバーボンハウスへ。このホレステリンソーダは俺のおごりだ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そして、まあ。


「しいたけーーーーーーーーっ!?」


 結果は言うまでもないだろう。

 俺は金輪際しんぺーの用件を聞くことはないと確定したわけだ。


 それにしても許しがたい。

 しんぺーよ、吹き出すのはある意味仕方ないとしてもだ。なんで小百合に向かってそれを吹き出す。

 何かの間違いで、おまえのシイタケエキスを小百合の顔面にシャワーするような真似をしたら、即座に麻酔なしで去勢してやるから覚悟しとけよ。まあシイタケどころかエノキかもしれないけどな、はっはっは。


 かくして、しんぺーは今後喫茶店フロイライン出入り禁止と相成った。とりあえず掃除させてから追い出してやろう。



 ―・―・―・―・―・―・―



 ちなみに余談だが。

 ここでホレステリンソーダを飲んだことがある人の話では、ウチのこの味は、市販されていたものよりも数段まずいらしい。売られていたものはもっとちゃんとした味だった、と。


 ──うろおぼえの舌の記憶ほど、あてにならないものはないな。オヤジの罪に、また1ページ。

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