大学、再開
「じゃあ、行ってきます」
連休も終わり、初七日も終わった。
なにやらいろいろあったような気もするが、きっとそのほとんどは他人からすればどうでもいいことだろう。
仕方なしに、日常へと戻ることになる。
小百合はまだ転入手続きが済んでいない。書類が間に合わないとかなんだとか聞いたようにも思うが、そのあたりはまだ学生である俺が何とかできるところでもなく。
「……」
「そんな顔するなよ小百合。今日は実験もないし、夕方前には帰宅できるから」
ここしばらくはずっと一緒にいたせいか、小百合がさみしそうである。
それほどまでに家族が増えたのが嬉しかったのか。
まあ、これまでの経緯を考えれば、気持ちはわからないでもない。
「じゃあ、またな」
「……はい」
仕方なく、小百合の頭をグリグリ撫でてから、家を出た。ああもう、後ろ髪引っ張られまくり。少しだけ我慢してくれよ。
──とはいっても。通う大学が目の前なんだけどさ。南門まで自宅から徒歩三分。
遠くの大学に通うのが面倒だったから、一浪までしてここを選んだだけだ、すまない。ま、付き合いで紗英まで一浪させてしまったのは、今となっては申し訳ない気持ちあるんだけどね。
そうそう、紗英も俺と同じく理学部化学科の二年だ。
「あ、おはよう、睦月」
なんて思ってたら、外へ出たとたんに長い髪をなびかせて歩く紗英に遭遇。今日はパンツルックだ、珍しく。
「おう、おはよう。じゃあ行くか」
「うん」
なぜか万葉大学の1コマ目は早い。朝八時半からである。
むろん1コマ目を毎日選択するほど俺は規則正しい生活を送ってもいないし、眠い頭で授業を受けることに快楽を感じるマゾでもないのだが、今日は必修が1コマ目からある稀有な水曜日。出るしかないのだよ。
目をこすりつつ、いつもの通り紗英と並んで大学の南門を抜けた。
―・―・―・―・―・―・―
「あー、宮沢っち、坪井っち、おはよー!」
ところ変わって401講義室。
開始15分前に到着した俺と紗英に、ひとりの派手な女が挨拶してくる。なにが派手って、化粧がだ。朝からやかましいのは残念ながらデフォルト。
「おう、
「おはよう、
この化粧がケバ……派手な女は、
「ふむ……思ったより元気そうに見えるよー? 少し安心したかなー」
斜め四十五度前からジロジロ俺の顔をしばらく眺めたのちに、胡桃沢は笑った。
ま、オヤジの葬式の際には、化学科の連中で花を贈ってくれたからな。それはまた改めてお礼をしておくとしよう。
「安心って……おまえは俺のおかんか」
「あっははー、どうせ狙うならおかんより少し若い立ち位置でお願いしたいかなー?」
「なんじゃそりゃ」
「と、いうわけで坪井っち、席変わって」
「はいはい」
俺の隣にいた紗英が横へスライドし席をひとり分空けて、そこへもぐりこむ胡桃沢。後ろの席だけ人口密度が高い。
「前のほうガラガラなんだからそっちに行けよ……」
「はい、真砂のことご指名ありがとうございます!」
「誰も指名してないっつの。ここはキャバか」
「はーい! 理学部キャバ科でーす!」
「つぶれそうなキャバクラだな……客いないじゃん」
連休明けの1コマ目のせいか、必修なはずなのに生徒数がやたらと少ない。
まあ、何が悪いってタイミングすべてが悪いんだが。
教室を少しだけ見渡して、俺たちの他にいるのは誰か確認すると。
「ハーマイオニー紗英! さっそく朝のベーゼを!」
げしっ。
「ふげっ!」
「あいかわらずだね永井君」
「……オーマイハニー紗英、きょうも掌底が効いてるね……」
反対側から紗英に求愛している永井と。
「……あんたたち……うるさい……もっと、静かにして……」
俺たちの前に陣取る、きょうもハーフリムのメガネがステキな自称・化学科のアイスドール、
……いくら連休明けの早朝だからって、四十人いるはずが五人しかいないってどうなん?
「おはよう平野さん。相変わらずクールビューティーだね」
「…………そう」
話しかけられたので、一応挨拶を返しとこう。平野さんは少し顔を赤らめるくらいで、特記するようなリアクションはなかったけど。
「しかし、いくら何でも、五人しか来てないってのは……
言うほど俺は真面目ではないが、この現状はあまりにもひどい。嘆くようにつぶやくと、それに胡桃沢が反応してきた。
「えっ? 六人いるよ?」
「……はい?」
えーと、ちょっと待て。
俺だろ、紗英だろ、胡桃沢だろ、永井だろ、平野さんだろ。
「ひい、ふう、みい……本当だ、六人いる!」
入り口の一番端に、ちょこんとちんちゃこい女の子が。
どこかで見たような女の子が……
…………
「小百合!? なんでここにいる!」
「……え、えへへ……」
「あら……本当だ。ボクたちの後をついてきたのかな」
気づいた紗英が眉毛を困ったちゃんにしつつ、席を立って小百合のほうへと向かった。
──そんなにさみしかったのか、おい。わずか半日だというのに。
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