第8夜  半端者が見てきた世界

 ーー真っ黒な雲が覆う。

 外は、闇。高層ビル群も闇の中で見えない。ただ、ここが地上からかなり遠い場所であるのはわかる。

 

 空が近いからだ。

 

 見えるのは黒く覆われた空。

 暗雲に包まれた空が窓の外から見えるだけ。

 本来ならこの60階の窓からは、都心の風景が拝めるはずだ。

 だが、今は闇ーー。

 

 風景すら見えない。

 それでも、このフロアは煌々と照明が照らされている。

 そのお陰で展望室で対峙するお互いの顔は良く見える。

 

 角のある者と無い者。

 それでも……“鬼”である。

 

 そしてーー、その鬼を見守る人間たち。

 

 「お前が何をしようと、何が来ようと……オレも葉霧も変わらねー。ケンカ売ったところで、この世界はお前の思う通りにはならねーよ。」

 

 そう言うのはーー、蒼い眼をした鬼だ。

 美しい顔立ちをした一見は、小柄な少女。だが、その額の上には角がある。白く鋭く尖る角。

 

 少女の外見の違いはその角だ。

 それ以外に何か人間と異なるものはない。角さえなければ人間と何ら変わりがない。

 

 ただーー、美しく煌めく宝玉の様な蒼い眼。

 それが少し不気味だ。

 

 更にその眼と光の輝きが同じセミロングの髪。

 普通の人間が染める色とは異なる。まるで光を発してるかの様に煌めく蒼い髪。

 

 やはり……“人間”ではない。と、わかってしまうものだ。

 

 「わかってねーな。俺が思うとかじゃねーんだよ。流れってのは、誰かが止められるものでもねーし、誰かが引き寄せるものでもねー。」

 

 そしてーー、対峙するのは黒髪の男だ。

 端正な顔立ちはしているが、その声同様冷たさが表れている。

 目元も鋭く、目の前にいる蒼い眼をした鬼娘を睨みつけている。

 

 角はないがーー、彼は鬼。東雲と言う名の鬼である。

 

 「勝手に動くもんだ。時代が呼んでる。“破滅と混沌”を。」

 

 彼の右手には長い刃の刀が握られている。妖刀“修羅刀”。その銀色の刃は、これまでも血を吸ってきた。妖しく煌めくその刀の光は美しくもある。

 

 「だとしても……、今、この世界は普通に流れてる。オレらがいた時代とは違う。」

 

 そしてーー、蒼い眼をした鬼娘の右手に握られるのもまた、刀。妖刀夜叉丸がその刃を銀色に煌めかせている。

 

 「混沌も乱世も……破滅も望んでねー。」

 

 楓はーー、東雲を強く見据えた。

 黒い着物姿の東雲は、そんな楓を見据える。

 お互いの眼は蒼い。

 

 その色はどことなく似ている。

 だが、思想の違いは言葉にあった。

 

 「そう思ってるのはお前の勝手だ。お前は寝てたからな。」

 

 東雲はーー、刀を握り楓を見据えた。

 

 「俺は見て来たんだよ。人間の世界を。」

 

 鋭い眼は楓を睨みその口元は冷ややかに笑む。何よりもその口調は、とても冷たいものだった。

 美しい顔は表情がない。淡々とした物言いと冷たい無表情。楓は、刀を構えた。

 

 「見て来たからなんだ? 何を見て来たんだ? お前の周りに居た人間どもは、頭腐ってたんじゃねーのか? オレの周りにいる人間は、誰も破滅なんか望んでねーよ。」

 

 楓はちらっと自分を心配そうに見ている赤み掛かった茶髪の少年を見つめた。碧色の煌めく眼をした美しい少年。

 

 いつも優しく微笑みその身を……、傷つけて人を自分を護って来た強い少年だ。

 

 “退魔師の末裔”と言う運命を受け入れ、鬼娘である自分を受け止めてくれた人間だ。力を授かりそれを自身のやるべき事と、向き合う強い人間。

 

 そこに……“正義心”があるのかはわからない。ただ、彼は鬼である自分と周りにいる人達を護る為に、その力を奮う。彼女はそれをずっと見て来たし、感じてきた。

 

 「葉霧は……、葉霧の仲間たちは……、この世界の混沌を望んでねー。護るつもりだ。だから、オレも護る。」

 

 楓はーー、東雲を強く睨みつけそう言った。

 

 「もう遅い。俺が見て来た限り……“人間は滅びを選んでる”。」


 刀はーー、対峙する。

 何方からでもなく駆け出し、刃を振り下ろした。楓が振り下ろした刃と東雲の振り下ろした刃は、ぶつかる。


 受け止める訳ではなく、互いにぶつかり合った刃を引き離れる。牽制するかの様に凌ぎ合い、間合いを取る為に、2人は離れた。


 蒼炎刃ーー。楓は刃に蒼い鬼火を纏う。ともすれば、東雲も“兄弟刀”である修羅刀に黒い鬼火を燃やす。


 鬼火の刀はーー、ぶつかり合った。


 互いに正面見据え、振り下ろした楓の蒼炎刃を東雲は、黒い鬼火の刃で受け止める。


「お前は昔っから人間の肩を持つ。何でだ? 封印なんかされて……生き辛くなった癖に、また人間に構うのか? 殺したくねーのか? お前の全てを奪ったのは人間だ。それも勝手な理由で。」


 バチバチと炎纏う刃はお互いの面前で、ぶつかり合い燃えている。東雲は押し切られそうな中でも、そう言った。


 楓は力で押し切ったーー。


 東雲は受け止めていた刀を手から離してしまうほどだった。


 自身の身体を楓の蒼炎刃は切り裂いた。


 顔面から腹部まで切り裂かれたのだ。だが、それは楓の間隔だ。彼はーー、その刃を黒い煙で身体を瞬時に纏い、真っ二つにされるのを防いでいた。


(クソ! 肉を切った感じがしねー! 刀が入った感じはしたのに!)


 楓はその感触に一度引く。

 東雲から離れた。


 楓の間隔は何かを斬りつけた。それはあった。だが、まるでタイヤ。車のタイヤを殴りつけたかの様な感触が、手に残ったのだ。


 身体を切り裂き真っ二つにしたつもりだったのだ。だが、手元に反動が返ってきたのだ。東雲の身体が、車のタイヤに思えるほど刀を跳ね返したのだ。


 黒い蒸気は東雲の身体を覆っていた。それが、防護したのは、楓にもわかった。彼は無傷。


 少し離れた所で、楓は東雲を睨みつけた。


 東雲はーー、床に落ちた修羅刀を拾った。未だ、修羅刀は刃が黒く燃えていた。

 

 「楓。」

 

 東雲は刀を掴み握ると、その蒼い眼で眼の前の鬼娘を見つめた。頭の上にある白い角。自身にはないその角を見据えた。人間と鬼の間に産まれた子は、角を持たない。

 

 だが、その外見は多種多様。

 牙を持ったり、身体が異様に大きかったり、やはり何処か人間の子とは異質な外見をしていた。

 

 それ故に、人間から“何かが違う”と、苛めや特質な眼で見られてきた。それでも人に紛れ生活出来る者は生きてきた。鬼からすれば、“角無し=半端者”。仲間ではない。

 

 だが、人間より寿命は長い。

 その強靭な体質も人間とは異なる。故に人間にはなれず、鬼にもなれない半端者。彼等はそうやって生きて来た。人に紛れて。


「“鬼狩り”は知ってるか?」

 

 と、東雲はそう言った。

 楓は は? と、聞き返した。

 

 東雲は葉霧や沙羅、拓夜に目を向けると

 

 「あやかしが人間と共存する為に……、鬼を狩った。俺達……鬼は、特に“捕食”が生業だからな。人間を喰って生きる。他のあやかしとはちょっと違う。」

 

 と、そう言った。

 楓は東雲を見据えると

 

 「だから何だ? 鬼狩りなんて昔からあっただろーが!」

 

 と、そう怒鳴りつけた。

 東雲は葉霧を見ると

 

 「いや? 時代が流れて……鬼だけが、迫害される様になったんだよ。あやかしってのは、またちょっと違うからな。」

 

 と、そう言うと楓を睨みつけた。

 

 「今はいねーが、退魔師の連中は………“鬼討伐”に躍起になってた。わかるか? 伝承で螢火の皇子が鬼に殺された。それを真に受けて……“この世は鬼討伐”の流れになった。」

 

 東雲は楓を強く睨みつけた。

 

 「鬼を絶滅させたのは人間とあやかしだ。お前と俺と……少しの鬼しかこの世にいねーのは、“鬼狩り”があったからだ。退魔師の連中は……“闇喰い”の事も、幻世の事も隠した。」

 

 え? と、楓は目を見開く。

 

 「視えねーモンを悪役にするより、ハッキリと目に視えるモンを悪者にする。それが……人間を操れるからだ。」

 

 東雲はーー、楓ではなく葉霧を見てそう言い放った。

 葉霧は目を見開いた。

 

 楓もまたーー、その言葉に目を見開いたのだ。

 

 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る