第4話 餌付け小屋

 ベイクとイーナがゴミ捨て場の洞穴を後にし、次に辿り着いたのは廃屋となった、木の小屋だった。鬱蒼と腰ほどの雑草や灌木で覆われた藪の中に忽然と現れ、周囲には轍一筋無い。2人は驚きと同時に何かあるかと無言で駆け寄った。


 ボロボロの窓枠を覗き込む。中の光景と、ムッとした腐敗臭はイーナを3メートル向こうまで遠ざけさせた。ベイクの顔も歪む。


 中には腐敗した人の遺体があったのだが、内部の家具はほとんど取っ払われていて、壁や天井に杭が6本ほど打ち付けられている。1つはちぎれた縄、2つはちぎれた手であったろう腐肉が吊られており、あと3つは所々、自分の重さで体の部分部分が朽ち落ちた死体。死ぬまで結ばれていて、逃げようとしたのか縄が腕に食い込んでいる。顔の肉はほとんど無くなっていたが、衣服は着ており、足元に血液や内臓であったろう溶けた体液が水たまりになっていた。


 床には骨や、少し肉のついたそれの残骸が、まるで食い散らかされたかのように散乱していて、小屋中に無数の黒い染みがへばりついている。天井まで血のりが付いているのを見ると、生きたまま食された者も居るようだ。


 ベイクは、犯人がここには最近立ち寄って居ないような気がした。小屋自体も朽ち果ていて、先程の雨も小屋の中を濡らしていた。


 「捕まえて、生かしておいたのかしら」ベイクが振り向くと、イーナは舞い戻って来ていた。顔は幾分青いが、表情はしっかりしている。


 「血の渇き方からして、だいぶ前だな。噛み付き跡の歯形なんかがわかると、どんな奴かわかるんだが」ベイクは窓を跨いで人の足や手の合間をぬって歩き、それらを調べはじめた。イーナはそこまでは無理だった。小屋の外が限界。


 「部分部分は歯の跡が分かるが、綺麗に顎の形がしたものがないな。まるで皆、体を引きちぎられた様な外傷しかない。ん、待て、爪のある腕にでも掴まれたか。綺麗に3筋の引っ掻き傷が幾つもある」


「その...手で、凄い力でちぎって、食べたと言うの?鶏肉みたいに?」イーナは自分の言う事にぞっとした。


 「ふむ。かぶり付いた訳ではないんだな。それに引っ掻き傷が床や壁にもある。それが大小、浅いのに深いの。色々な個体がここで食事をしていたな」


「いろんな奴がここで食事?一体人食い魔は何匹いる...」


突然ベイクはイーナの胸当てを両手で掴み、窓の中側から凄い力で小屋に引き入れ、窓際の壁に押し倒した。そして上から被さり、右手でイーナの口を力一杯塞いだ。イーナは突然の事で息が出来なくなりかけたが、鼻で息をする事に気付いた。そして少し紅染した。


 「あれ。この辺に居たと思いましたが、やや、こんな所に小屋がありますぞ」男の高い声。イーナは聞いたことがある声。ただ今は思い出せない。イーナの視界にはベイクの眼球しか映らない。かなりの力で押し潰されてる。


 「こんな所にあったのか?待て」この声は自警団団長サージの声。ベイクも気づいた。後をつけて来て、小屋の中を勘ぐっているな。


 無言で無音。

 馬が2頭、小さく嘶く。降りたな。


 サージは合図して、部下を回り込ませた。雑草がとても小さい音でさくりさくりと鳴る。腰の刀剣のツカに手が触れる。

 サージは静かに抜刀した。朽ちた窓まで1メートル、中が見えそうだ。そこでサージは立ち止まり、部下に、扉を開ける様に合図した。蝶番の壊れた扉を押す。


 次の瞬間にサージ達が見たのは、白。いや、閃光で、目の前が何も見えなくなった。


 小屋から放たれた光がほんの5秒くらい続き、サージと部下の者は手に持っていた刀剣を落として、顔を覆った。そして何とも言いようがない目の痛みが引くまで膝まづいて我慢しなければならなかった。


 「うう」サージの連れが声にならない呻きを上げた。


 「なんだ」サージの方が少し視力が回復するのが早かった。サージは色が戻ってくると急いで足元の刀剣に飛びつき、小屋の中に上半身を乗り入れた。


 「ん。どうしたんですか」やっと団員が膝を上げて、立ちすくむサージに話しかけた。


 小屋の中には何もない。人が住んでいたと思われる調度品は不自然なほど取っ払われ、天井や壁に縄でもかけるかと思われる杭が打ち付けてある以外は、あのいけ好かない坊主も、イーナも、目ぼしいものは何も無かった。ただ、壁や床に無数の引っ掻き傷がある以外は。


 「何したの?」小屋から大分走った森の、大岩の裏で、イーナはベイクに寄り添ったまま、離れる事無く訊いた。


 「神聖術」ベイクは走って来た方角を覗き込みながら呟いた。木々、しか見えない。


 「どういう術?」


「死する者を還す術さ。小屋の者達は生者に見えない所に送り届けた。成仏させた。またあいつらが一生懸命悪魔狩りをしたらいけないからな」


「つまり、不死の者を撃退する術ね」


「それにも使える」


「ふーん。それで何か、分かった?」


ベイクはイーナの身体から離れて、周囲を見渡しながら言った。


 「多分、だな。あそこで子供に餌を与えてた。生きたまま」


「なんてこと」イーナは目眩がする様だった。


 「野蛮だか知能は高い。そして、移動してる」

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