第27話 「ファレンの少年」

「では少年、お話を聞きましょうか」


羽交い締めにされた少年を優雅に見下ろしながら、我がお姫様はニオー立ち。

なんでもセレスによるとああいうふんぞり返ったポーズはそう呼ぶらしい。

ニオーって誰だろう。


「まず、なぜ私の鞄を盗んだのですか」

「……ねっ、ねえ……ううう」


少年はぶるぶると震え、言葉もカタチを成していない。

10歳の少年にアレは厳しかったのだろう。


「どうしましょうデス太、もっと『恐怖フィアー』を重ねて躾けてみようかと」

「子どもだよ、あんまりやると心が壊れて……つまり頼みを聞けなくなる。つまり依頼失敗だ」

「それは困りますね」

「冒険者失格だね」



少年の顔がさらなる恐怖に引きつる。

そりゃそうだ、僕の姿はふつうは視えない。

突然の動く骸骨、そして大人も逃げ出して……極めつけは独り言を繰り返すひとつ上のお姉さん。

ウン、恐怖フィアーしかないね。


僕はリディアに悟られぬよう、それとなく『鎮静』の術を少年に施す。

視線だけの術式行使、本来は相手を静かに刈り取るための術だ。


「では少年、もう一度聞きますが……」「姉ちゃんのためなんだ!!」


言葉と言葉がぶつかった。

ちなみに、リディアからするとこれはマナー違反である。

おもに自分側のみ適応で。

確かまれびと語でダブスタと言うらしい。


「少年、あなたは……」「僕の名前はマルス、姉ちゃんの名前はレーテだ!」


またもや。

リディアはひくひくと表情を引きつらせ、これだから子どもは……と聞こえるように漏らしている。


「僕の姉ちゃんが……その……僕のために……」

「――はあ、これが頼みとやらですか? 心底うんざりする」


リディアはやれやれといった態度を崩さず、しかしこれは『依頼』であるゆえ、我慢して聞くしかないのである。

彼女にはいい経験だね。


-----------


少年の言葉をまとめると、彼のお姉さんは娼婦らしい。

彼らの両親はともに早逝し、家族は姉と弟ふたりのみ。


そうした存在に、この世界はまったく全然容赦ない。

すべてが自己責任であり、すべてがただ放置される。

セレスが話したまれびとの世界……その進んだ文明ではすでに解決済みの問題だろう。


そしてこの冷たい世界で彼らふたりが生きていくには、そうした手段をとることも致し方ない。

むしろ僕は、そこまでして弟を守るレーテというまだ見ぬ少女を尊敬すらしていた。


「……姉ちゃんは子どもの俺を食わしてくため、マダムの店で働いてる。でも、あんな……あんなところにずっといたら姉ちゃんは……」

「だから私の所有物を盗んだと?」


「マダムが、金貨500枚ぶん稼いだら姉ちゃんを解放するって、ミウケ扱いしてやるって」

「ミウケ?」


さすがのリディアも知らないのか、オウム返しに聞き返す。

僕はそれとなく彼女の耳元でそれを説明する。


「なるほど。売女ばいたの買取ですか」

「なんでそっちの汚い言葉は知ってて……いや、なんでもない」


どうもこの子は知識に偏りがあるというか、なんというか。

まあいい。今はこのマルス少年の件だね。


「つまりアナタが盗みを働いたのは姉をミウケするため。そのためには金貨500枚が必要と」

「ああ!」

「ミウケした後はどうするのです?」

「この闘技都市はダメだと思う。だから、西方諸国の中心、自由と解放の交易都市に行きたい」

「自由ならそれこそ自由都市のほうが……」


リディアが珍しく地元びいきな発言をする。

なんだ、彼女にも郷土愛とかあるじゃないか。

僕は嬉しくなった。


「その……コレは言っていいのかなぁ」


赤毛の少年はぶつぶつ呟きたっぷり悩んだあと、ある秘密を打ち明けた。


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「……つまり、奇跡が発現できると?」

「うん、俺の姉ちゃんはすごいんだ!」

「…………。」


リディアはむっつりと黙りこくる。

彼女はもちろん、神などという不明瞭なものは信じていない。

そしてもしそんなものが存在するなら、なぜ自分は罰せられていない? とまで言っていた。

というかセレスに言っていた。

それに対する彼女の反応は「リディっちマジすげー! まるでオダっちじゃん!サイコ!!」と褒めていた。

誰だろオダっちって。


「奇跡の使い手はとてもとても希少だと聞きます。あなたの姉が本当に?」

「ああ! 姉ちゃんは自分の怪我を自分で治したんだぜ!」


「自分の怪我?」

「マダムの店に来る客の中には、ひでえ野郎もいるんだ。半年前、姉ちゃんがとびっきりひでえ野郎にひでえ目にあって……それで」

「…………。」


少年の語った惨状は、僕のお姫様をして顔をしかめるものだった。

そう、この世界にはそういったヤツが腐るほどいる。

僕が昔洗い流した毒素の中にも、そういうのが本当にうんざりするほどいた。


「ソコから血が止まらなくて、本当にどうしようもなくて。どんどん姉ちゃんが冷たくなって……」


その状態でなんと、彼の姉レーテはこう言ったそうだ。

神様、どうかマルスがひとりにならないように、どうか、どうか。

……お願いします。


「ちっちゃい声でそう言った姉ちゃんの体が、とつぜん静かに輝いてさ……」


そうして、彼女のえぐられた傷は完治した。

血も止まり、傷もふさがり、つまりマルスがたったひとりの肉親を喪うことはなくなった。

マルス少年がひとりになることはなかった。

正しく奇跡は行われ、正しく神はレーテの願いを叶えた。


僕は……奇跡がなんなのか知っている。

神の存在証明も不在証明もできる。

でも、そんなものに意味があるとは思えない。


「そんで、交易都市の聖堂では身分や生まれに関係なく優秀な聖職者を迎え入れる、って。だから奇跡が起こせる姉ちゃんには、そこででっかくなってほしい」

「……つまり、」


リディアは要件をまとめた。

マルス少年の頼みは、娼館からレーテをミウケすること。そして交易都市まで連れて行くこと。


「余分な情報を省くと、コレが依頼になるわけですね」

「……依頼?」

「さるお方が、あなたの頼みを聞いてあげろ、それが依頼だと」

「猿お方って?」

「あなたには関係ありません」


マルス少年は猿……猿……と呟いているがリディアは無視を決め込んでいる。


「で、どうするの金貨500枚」

「……はあ?」


僕の言葉を、心底くだらないといった声音で却下したお姫様。

とっても冷え冷えで、正しくクダラナイといった感情がこもっていた。


「たかだか人畜けもの巣窟そうくつ、礼を尽くす意味はないでしょう?」

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