第14話 「湾口都市を覆う影」

それからなんとリディアはセレスと同じ宿をとり、夜遅くまで少女談義ガールズトークに花を咲かせた。

僕は正直この娘が苦手だったので、リディアの警戒はしつつ音を遮断しゃだんしていた。

遮蔽しゃへい術はこういう使い方もできるので便利だね。


興奮したセレスの会話は明け方ちかくまでおよんだが、ようやく彼女は眠りについた。

リディアが客室をでる。


「デス太……話があります」

「ああ、わかった」


泊まった宿【わだつみ亭】を出る。

夜の黒から、かすかにしらみ始めた空。

昨日と同じベンチに腰掛ける。


「……彼女は……破格の魔術師です」

「……だろうね」

「セレスのシルシ。精度、調整ともにあんなものは見たことがありません」

「エルフでも珍しいぐらいだよ」


「なんでも彼女の世界……まれびとの世界では魔法使いというのは基本、いないとされる存在らしいです。そして、大気に満ちる魔力も精霊も極めて薄い。

 そのなかで魔力を集めるため、まれびとの世界ではシルシの改良、継承がずっとずっと進んでいるようですね」


リディアはほう、とため息をつく。


「ほんとうに……ジェレマイアさんといい、世界は驚異に満ちている。あの家を出たのは間違いではありませんでした」


うーん……それはどうだろう。

ちょっと希少レアなケースに遭遇しすぎなだけじゃないかな。

興奮しているリディアに水を差すことはしたくないので黙っておくけどね。


「……それと、彼女自身にも私は好感を得ました」

「えええっ! ……そうなの?」


「彼女は、学友25人を全員始末した……と」

「…………へえ」


「始末といっても殺してはいません。昨日のアレを、全員にたっぷり浴びせたそうです」

「……。」


「彼女は学友が集まったときを狙い、溺神できしんの夢を呼び込もうとしました。しかし魔力が足らず、ゲートひらかなかった。

 ……彼女は自分の席に座ったまま、お腹にナイフを突き立てたそうです。

 血を、命を供物くもつに、魔力にするため。

 そうして足りぬモノを補った。啓きかけた扉をこじ開けた。目的を成し遂げた。

 ……その決意、勇気。称賛にあたいします」

「…………そうかもね」


「そうして気がついたら、あの路地でうずくまっていたそうです。

 刺したお腹も治っていたと」


「まれびとについての貴重な情報もそうですし、彼女個人も好きになりました。

 ので、しばらくセレスのお手伝いをしたいと思います」


------------


セレスのやりたいこととは、なんと宗教団体の設立だった。

ほんとにほんと、僕はこの娘が苦手になった。


溺神できしんさまとこの世界はまだまだ繋がりが薄いからね! 信者の想いを力にして少しでもソレを濃くしないと」


セレスは数日この街をリサーチし、需要と供給を理解した。

この街は湾口都市であり、つまり海産物で成り立っている。

そしてここしばらく不漁が続いている。


「これから溺神教を設立しますよ! ……えへへ!」


彼女の計画はシンプルだった。

溺神教に入信した漁師の船にだけ、大量の魚を呼び寄せる。

なんでも彼女の魔術にはそういう変わったものもあるらしい。


「みてみてみて! ほらほらリディア!」

「ほう……興味深い」


セレスの指差す先に、沸き立つように魚が集まってくる。

まるでボウフラみたいだ。

魚は目を虚ろに、口をパクパクと、あえぐように群がっている。

まれびとの世界はこんな趣味の魔法ばかりなのか。

僕はまれびともついでに苦手になった。

だが、効果は絶大だった。



2ヶ月後……信者はかなりの数にのぼり、木製ながら教会まで建てられた。

セレスは緑の法衣に身を包み、段の上から偉そうに演説をぶっている。

ここまで派手にやっていれば、当然よからぬ連中も嗅ぎつけてくる。


「うーん……教会の連中だね、あそこ」

「教会というと帝国が本部の?」

「そう、西方諸国にも少ないとはいえいくつも聖堂があるけど……あれは異端狩りだね」

「…………。」


異端狩り。

教会の総本山が抱える組織で、悪い魔法使いや悪い宗教を叩く。

ときには徹底的に。

そしてまれびと狩りを最も苛烈におこなう組織でもある。

これは徹底的にを3回繰り返すほどといわれる。


「たぶん……急成長した溺神教カルトの調査に来たんだろう」

「わざわざ、ここまで?」


リディアの言いたいこともわかる。

異端狩りの本部である教会の総本山は遠く帝国にあり、ここまで半年以上かかる。

そこまで熱心なのか、なにか移動手段があるのか。


「セレスに警告しましょう」

「うーーーん……わかったよ」


僕はそろそろリディアに彼女との縁を切ってほしかったけど、リディアの意向なら仕方がない。

騎士はお姫様には逆らえないのだから。


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「ええええええ! ヤヴァイじゃん!?」

「そうなりますね」

「何人いるの?」

「えーと、少し待ってください」


リディアがこちらに目線を飛ばす。

6……と指で応える。


「6人です」

「……じゃあさ、ソレ! 溺神さまのイケニエにしよう!」

「……はい?」


「そろそろそーゆーのが必要だったんだけど! 私を崇めたてまつるかわいい信者を使うのはちょっとなーって。今までもなかなか改宗しねぇヤツらをちょこちょこ使ってたけど、アレもちびっと心が痛むからさ!」

「ちびっとですか」


「敵なら、ぜんぜん気にならないで儀式に使えるじゃん!いいねいいね! じゃあさ、じゃあさ! 我が教会に招き入れようではないか!」


それから、彼らはまんまと邪教の本拠地、木製の粗末な聖域へと踏み込んだ。

そうして異端狩りたちは高まるこの街の信仰心に呑み込まれた。


すでに彼女の精神攻撃は初日のソレを遥かに上回っている。

ただの数秒で気が狂い、ついで体も心に従った。


ねじくれたウミウシのような生物が6個、祭壇に捧げられる。

その途端、ウミウシが奇怪な泣き声をあげぐずぐずと個体から液体へと変わり果てた。


セレスの布教活動は極めて順調にすすんでいる。

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