幕間 「ある死神の凶行」

彼は死神だ。

人の最後を見届け刈り取るモノだ。


だが、彼は珍しい死神だった。

彼らからすると雑草にも等しい存在である人間が、好きだったのである。

愛おしい存在だ、と思ってしまったのである。

そのせいで、ある事件が起きてしまった。

とても歪んだ、醜い事件が。


------------


私が滞在している街で、ある事件起きた。


男、女、子供、老人、赤子。

なんの差別もなく殺された。

その死体たちには、共通点もなく、統一性もなく、ただのひとりも顔がなかった。


数カ月後、ひとりの若者が捕らえられた。

その日までに殺された者は、54人だった。


当然、無差別なその殺人に理由はない。

亡くされた者たちは、ただ、彼に出くわしたから、選ばれただけ。

いわば、天災にあったようなモノだろう。


そうして、当然のようにその若者は釈放された。

理由は捻るまでもない、領主の息子だったから。


そうして1年後、死者の数は100を越えた。


その2日後、私はその若者を殺害した。

別の、その日死ぬはずだった子供の代わりに。


その日から私はその街に留まりある行動を始めた。


それは、死ぬはずの運命にある善良な者の代わりを

別の人間に代えさせる作業だ。


先ほどの若者を筆頭に、世界には……いや、

ヒトという種の中には、元から良心という物を欠落して存在するバケモノがいる。


その悪意を撒き散らす毒袋どもに搾取されるはずだった者を刈り取らず、

その下水の源泉を私は刈り取った。


そうすれば、いつか、

あのような事件に巻き込まれる者がいなくなると信じて。


山に巣食い通りかかる人々を虐殺して略奪。

近隣の村々から奪い、攫い、犯し、最後には焼き殺す。

――そんなごくありふれた山賊。


平民から当然の権利として略奪し、

彼らの一生を、夕食に一品加えようという程度の気まぐれで捻り潰す。

――そんなごくありふれた貴族。


魔女狩りを利用し、邪魔者を殺し資産を奪い

攫い嬲り口封じに処刑。そして堂々と、さわやかに教えを説く。

――そんなごくありふれた司祭。


これらの毒素を、徹底的に洗い流した。


私のやり方は後手だったので、効率的ではなかったがそれでも確実に悲劇は減少していった。


そしてある朝、

町の人間はひとり残らず息絶えた。


------------


「いない……ここにも、この家にも……!」


必死で生きている人を探した。

いくつも、いくつも、家を回る。

道にはそこかしこにすでに死んだ者の群れ。


「なぜだ! 何が……何が……」


突然、つんざくような悲鳴が聞こえた。

私は急いだ、助けを呼ぶようなその声を頼りに大通りへと


「これは……いや……そんな……」


そこには、おびただしい数の人だったモノと、

堪えがたいほど濃密な死臭と、

――数多の、同胞達の姿があった。


「……答えろ……お前たち……何をした!!」


「それはこちらの台詞だよ、月喰らいイクリプス。貴様この街でナニをしてくれた?」

「お前の独断でここは歪みきっている。ここまでの醜悪さ、どう責任をとる?」


何を……言っているのか。


「あんたのやり方はね、量的には等価じゃないんだよ。しかもその質も歪曲しすぎだ」

「極端になった天秤をもとあるカタチに戻すには、こうして穴を埋めるほかあるまい」

「放置しておれば手遅れだったろう。それに比べればこの程度、児戯に等しい、かわいいものだ」


「――そんな……莫迦ばかな……」


その場に私は崩折れた。

仲間たちが次々と私を取り囲む。


「最古にして最強。【四方】にすら至れるアンタが、こんなおままごとに精をだしていたなんて。まあ、それも今日までの話か」


取り囲んだ仲間達から、次々と得物が振るわれる。

死の象徴たる死神の鎌。

刈り取り奪う収穫の刃。


それらが私の体に殺到し、次々と体が、力が引き裂かれていく。

どんどん、なにも、かも、欠落していく。

あとに残ったのはただの抜け殻だ。


「それではな、旧友よ。

 気を取り直して務めに励め」


ひとり、またひとりと同胞は去っていく。


……崩折れた体を必死に起こし、あたりを見渡す。


ヒトヒトヒトヒトヒト、ヒトの群れ。

天に救いを求めるよう手を上げたままの子供

ソレを抱きとめた母親

互いを庇うよう折り重なった恋人たち

川に浮かぶいくつもの膨らんだなにか

散った髪、誰かの頭、どこかの手足


――つまりは、通りを埋め尽くす肉の群れ。


「…………。」


何が間違っていたのか、わからない。

誰が間違っていたのか、わからない。

何も考えたくない。


これ以降、僕はひたすら各地をさまよい流れに流れた。

そのあいだの記憶はほとんどない。

たぶん、覚えるべきことはなかったのだろう。


……あの日、声をかけられるまでは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る