理事長はどっち?②

 江上姉妹は二人とも顔立ちが整っているけど、あまり似てないと思っていた。

 だけど、笑った顔はソックリだ。


「この前、瑠璃さんが参加したコンクールで、一位になったらしいな」

「え!? そうだったんだ!」


 反応から察するに、今初めて聞いたみたいだ。


「でも、瑠璃さんは辞退したらしい」

「……お姉ちゃんは、大和君を待っているんだと思う」

「誰ソレ?」


 隣に座る少女の悲し気な横顔を目にし、俺は地面に足を下ろす。

 真面目くさった話が始まりそうな予感がする。


「前にも話をしたと思うけど、私達には幼馴染が居るんだ」

「それが大和さん?」

「うん。お姉ちゃんと同じ歳の人で、ピアノがすっごく上手かったんだ。お姉ちゃんはヴァイオリンで、大和君はピアノで、良く合奏してた。私には割って入れないような絆があったかな。羨ましかった」


 幼少期に感じる疎外感は、結構辛いかもしれない。

 それでも今、江上が瑠璃さんとうまくやっているのは、充分に気を遣われていたからだろう。


「その二人はね、一緒にプロになろうって約束してたんだ。だけど、高校に入学した後に、どんどん差が開いていったみたい。そんな中であの事件が起こった」

「黒森山での殺人事件か」

「そうだよ。お姉ちゃんは大和君が少年院から戻った後に、音大附属に居ながらでも、ピアノに触れなくても済むようにしてあげたいんだと思う。だから、ウチの学校との合併を歓迎してる」


 正直、殺人事件を起こしたのに、退学処分になっていないのに驚く。

 その人の親が大金を払って、学校側に便宜を図ってもらったとかか?


「とすると、瑠璃さんは大和さんが出所するまで、何の実績をつまずに、ただ居場所を作って待ってるってことなのか?」

「そんな気がしてる」

「自己犠牲なんて、時代遅れだ。たかが幼馴染なんか見捨てたらいい」


 俺は北園が何か事件を起こして逮捕されたとしても喜ぶだけだ。

 後頭部を靴で踏まれたのを、根に持ってるからな!


 まぁ、それは傍に置いておくにしても、瑠璃さんがそいつに遠慮する必要なんかどこにも無いはずだ。

 幼馴染さんだって、そんな事をしてほしくはないと思う。たぶん。


「そう思うなら、お姉ちゃんを説得してよ」

「出来るわけないだろ」

「やっぱりそうだよね」


 瑠璃さんの事を聞いているうちに、気落ちしてきた。

 大和とかいう奴の為に色々してやってる理由は、彼女が今でもソイツを好きだからとしか考えられない。


 昔ばあちゃんと観た映画を思い出す。


 女は黄色いハンカチを大量に用意し、刑務所で服役する愛する男を待ち続ける。

 出所後に男は目にする。鯉のぼりの竿に翻る大量の黄色いハンカチを……。

 それは“まだ愛してる”の合図なのだ。


 そういえば、瑠璃さんはヴァイオリンを黄色い布で包んでいた。

 つまり、そういう事だ。

 俺みたいなモブが付け入る隙など一ミリもない。


 頭の中で、音大附属の制服を着た渋い俳優の姿を思い浮かべ、身震いする。


「うわっ!? 何で泣きそうな顔してるの!?」

「別に……。一つ質問なんだけど、大和さんも渋い男なのか?」

「渋くはない!!」

「良かった」

「里村君て、時々良く分からないね。でも話して少しスッキリしたな」

「お前の代わりに俺がモヤモヤしとくよ」

「何それ! でも、ちょっと嬉しいかも!」

「はぁ……」

「さーて、お腹が減ってきたし、そろそろ戻ろうか」


 暫く座っていたい心境だけど、江上がそれを許さなかった。

 またもや腕を掴まれ、林の向こうに飛び出て見える我が校の校舎に向かって引っ張られた。

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