対女子コーラス部⑥

 まず取り掛かったのは、ブルックナーの『ゲルマン人の行進』である。

 昨日学校で五線譜上に纏めてみたのだが、ピアノで弾いてみると何故か違和感があった。その理由を帰ってからひたすら考え、判明したのが、楽譜をオーケストラ用だという認識が足りなかったということだ。

 どういう事かというと、オーケストラにはホルンやトランペットのような移調楽器というものが使われていて、それらはピアノ用の楽譜に従って音を出しても、違う音が鳴る。だから、それを考慮して、予め違う音(その音を鳴らすとピアノで鳴る音に聞こえる)で書かれるのだ。

 そのまま纏めて、全てピアノで弾いてしまえば、違う曲になってしまうというわけだ。


 それに気がついた俺は、あまりのショックに意識が遠のき、そのまま寝た。


 朝になっても気分が重く、やる気が消失してしまっていたが、ダラダラしていたらそれこそ時間切れになってしまうので、ひとまずファーストフード店に来て、朝飯を突きながら対策を考えている。


――とにかく、それぞれの楽器で使う楽譜の特性を調べよう。全部終わったら、また纏め直したらいいよな。存在感の薄い楽器は捨てるか……。


 想像以上の大変さに、ストレスで髪が抜けてしまいそうだ。


 味の薄い鮭をチビチビ食べながら何気なく外を見やると、随分スタイルの良い少女が通りの向こうから歩いて来た。

 既視感を覚え、凝視してみると、なんとそれは瑠璃さんだった。

 店内に客が少ないのを良いことに、俺は窓に張り付く。


――瑠璃さん、気付いてくれ!


 願いが届いたのか、彼女はコチラを向いて一度ビクリと身を震わせた。そして直ぐに腹を抱えて笑う。

 

 俺はスマホを取り出して、素早くメッセージを打ち込む。


“助けて下さい!!”

“今日サボリー?”

“瑠璃さんもですよね!? それは全然いいんですけど、課題曲が厳しすぎます!!”

“そう? 待ってて~。今そっちに行くから”


 彼女は窓の外でニコリと笑った後、ドアから店内に入って来た。

 大人っぽい私服姿に見惚れるが、気持ちを緩めないように自分の頬をつねる。この件について、きっちり文句を言ってやらねば。

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