対女子コーラス部④

 昼休みを告げる予鈴が鳴り、教師の説教が終わってから、俺は小走りで教室を抜けた。

 向かう先は三階の音楽室だ。


 昨日生徒会長と話した後、俺は瑠璃さんにメッセージを送り、夏頃に合唱部で起きた出来事を伝えた。

 告げ口は褒められた行為ではないと思ったものの、生徒会長の行動は瑠璃さんが望むものではないと思ったし、棚ぼたで元合唱部員が戻って来てくれたらいいな、という願望もあった。


 音楽室の戸を勢い良く開くと、既に瑠璃さんと生徒会長が中に居た。

 彼女達はそれぞれの表情で俺の方を向く。


「お待たせしました!」

「やぁやぁ、翔君。テストどうだった~?」

「サッパリでした。アハハ……」

「まぁ、一年なら適当でいいと思うよ」

「ですよね!!」

「――――あの」


 俺達の会話を遮ったのは生徒会長だ。

 昨日の様子とは打って変わって、その美しい顔には強い困惑が浮かんでいる。

 俺が来るまでの間、彼女達は何を話していたんだろうか。


「百瀬ちゃん! 君の行動、とっても嬉しかったよ」


――え?


 まるで話の流れが掴めない。


「あたしの為に、琥珀ちゃんに対して色々やってくれたんだったよね。君のふか~い愛に、応えてもいいかなって思ってる」

「ぐへぇ!?」


 瑠璃さんの無邪気すぎる言葉が俺の胸を抉った。

 何でこんな展開になっているんだ!?

 生徒会長を腹立たしく思い、陰湿な目付きで彼女を見てみるが、瑠璃さんから折角の言葉を貰っても、全く嬉しくなさそうだ。

 ここは喜ぶところだろう!!


「ただし、勝負に勝てたら、だけど」

「ウチの女子コーラス部と合唱部との間で勝負させるというお話でしたよね? 本気で言っていますか?」

「本気も本気! あたしが用意した歌で競ってもらうからね」

「あの、全然状況が読めないので、もっと説明していただけませんか?」


 途中から入ってきた俺は、話に付いていくのが辛い。

 そんな俺に、瑠璃さんはニッコリと笑い、説明し始めてくれた。


「君達は同じような活動内容の部だよね。そんな部を二つも校内に置いておくのは、部費の無駄遣い! てなわけで、存続をかけて争ったらいいんじゃないかなって思ったんだ」

「なるほど、確かにその通りかもしれませんけど……」

「あたしが審判を務めるから、負けた方は廃部がいいと思うんだ。でも、百瀬ちゃんは、女子コーラス部が廃部になるのは構わないと言うから、勝利者の権利を多くしたんだ」

「ゴクリ……。それは何ですか?」

「合唱部が勝ったら、女子コーラス部員総取り! 女子コーラス部が勝ったら、あたしは百瀬ちゃんのモノになる!」

「なぁ!? 駄目ですよ!」


 衝撃的な内容に俺は仰け反った。

 瑠璃さんが生徒会長のモノになるなんて、認めたらだめだろう!!


「そうですよ。あの……瑠璃様、勘違いしないで下さい。私はあなたを手に入れたいわけではなく、認められ、愛されたいんです」

「うーん。困ったなぁ。そんなに直ぐに愛せるかな」


――ナニコレ……?


 なまじ二人共見た目が整っているから、危険度が増している気がする。

 俺は付いていけないものを感じ、いつでも逃げられるようにと、ジリジリ後退る。


「翔君、これ、課題曲ね。一週間後に私の前で披露して」


 瑠璃さんが差し出してきたのは、楽譜だ。


「本当にやるんですか?」

「本当だよ! 君や琥珀ちゃんとはフェアに戦いたいからね。翔君だって同じ気持ちだから、あたしに連絡してくれたんでしょ?」

「その通りです」


 俺の気持ちをちゃんと汲んでくれていたのを知って、嬉しく思えた。

 やはり瑠璃さんは素晴らしい。

 そう思いつつ、楽譜を受け取ったのだが、曲名を見て唖然とした。


――何で男性合唱用の曲なんだよ!?


「瑠璃さんこれ、間違って持ってきたんじゃないですか?」

「合ってるよ? 頑張ってね~」


 瑠璃さんは猫のように手首で口元を隠し、笑うのであった。

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