対女子コーラス部②

 合唱部の事も気になるが、今はまず自分の成績がヤバイくて、それどころじゃない。


 市立図書館に行き、染谷が予想してくれた所を中心に暗記しまくる。


 静かすぎない環境がちょうどよく、勉強は割と捗った。

 しかし、市で管理しているから閉館時間が結構早い。


 十八時近くに、館内に閉館を告げるメロディーが鳴り始り、俺はノロノロと帰り支度を始める。

 どっかのファーストフード店で勉強の続きをやろうか。

 そう考えながらライトを消し、椅子から立ち上がった時――。


 カランと床から何かが転がる音がした。

 机の下を覗き込んでみると、黒いスマホが落ちていた。衝立で隔てられた向かいの人が落とし、ここまで滑って来たんだろう。


 それを拾い上げ、固まった。


 画面に、ヴァイオリンを弾く瑠璃さんの画像が表示されていたのだ。

 しかも俺らしき人物も顔半分程写っている。

 以前駅前で合奏した時に撮られたのかもしれない。


――うわ……。このスマホ、瑠璃さんのストーカーの物なのか?


 見てはいけない物を目にし、持主に声をかけ辛い。

 だが、幸か不幸か、その人物は自らこちらにやってきた。


「それ。拾っていただいたんですね」


 怜悧な美貌を持つ少女が、俺の側に立った。

 薄茶色のストレートな髪が、蛍光灯の光を反射して、トロリとした天使の輪を作っている。

 儚げに見せることも可能な容姿だろうに、挑発的な眼差しが全てを裏切る。


 俺は彼女を知っている。

 先ほど江上達の話の中にも出てきた、ウチの学校の生徒会長、百瀬先輩だ。


――このスマホ、生徒会長のやつなのか。画像表示してたってことは、これを今見てたんだよな?


 俺はペコリと頭を下げ、彼女にスマホを差し出した。

 表示されていた画像については触れない方が安全そうだ。

 

「有難うございます。助かりました」


 彼女はフワリと花が綻ぶように微笑む。

 ”可憐“という言葉が相応しいのかもしれない。だけども、騙されてはいけない。

 先程の江上達の話や、今見てしまった写真を考慮に入れると、ヤバイ人なのだから。


「あなた、合唱部の里村君ですね。先日、駅前で瑠璃様とご一緒していたでしょう?」

「気のせいかと……」

「いいえ。私、記憶力が良いんです。あなたで間違いありません」

「じゃあ、そうかもしれませんね。ははは……」

「少しお話しませんか?」

「遠慮します。もう帰ろうとしてましたし」

「では、駅まで私を送ってください」

「いや。それは……」

「同じ学校の先輩は大事にするものです」

「はぁ?」


 思わず、百瀬先輩の顔をマジマジと観察してしまう。

 強引なタイプには見えないのに、言っている内容は、ナンパとかわりがない。


「行きましょう。予報ではもうそろそろ雨が降りますから」

「……分かりましたよ」


 俺はため息一つついてから、リュックを背負った。

 二人で館内を歩けば、同じ学校の生徒たちに怪訝な表情で見られる。

 不思議な組み合わせだと思われているだろうな。


「瑠璃様とは、琥珀さん伝手に知り合ったんですか?」

「そうなります」

「彼女、素晴らしいと思いませんか?」

「瑠璃さんの方ですか?」

「ええ」

「……尊敬しています。優れた音楽性を持っていますし、……優しい。凄く可愛いし。それに――」


 サクッと答えるつもりが、つい、ツラツラと言葉を重ねてしまった。

 斜め下からヒンヤリとした眼差しで見つめられ、顔に熱が集中する。


 百瀬先輩は、たぶん瑠璃さんを特別だと思っている。刺激しないほうがいい。


「……べべべ別に、好きとかでは、ないです……よ?」

「当然です。釣り合ってませんし、好きになるだけ無駄というものです」

「……ですよね」


 分かってはいても、わざわざ口に出して言われると辛いものである。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る