黒森山探索③

 昼食後、俺と染谷は黒森山を下りて駅前まで行き、“有料老人ホーム壱越”方面を回る路線バスに乗った。

 駅前で同級生数名と遭遇してしまい、染谷との関係を邪推される等の不幸に見舞われたけれど、部活動なのだと説明したから大丈夫だろう。

 瑠璃さんの時にも思ったけど、男女で行動すると無駄な想像をするヤカラが出てくるのは本当に面倒だ。


 バスの後部座席に座り貧乏揺すりしていると、隣に座る染谷にジッと見られる。


「う……何?」

「今日は楽しい日になったな、と思って……」


 これは意外な一言だ。

 てっきり俺と二人で居る所をクラスメイトに目撃され、ゲンナリしていると思っていたのに。


「楽しめているなら良かったよ」

「毎週こうならいいのに」

「毎週俺なんかと居たら飽きると思う」


 クスクスと笑う染谷に毒気を抜かれるけれど、心配にもなる。

 この分だと、いつもは余程つまらない週末をおくっているに違いない。

 俺も人の事をとやかく言える立場じゃないけども。


 カーブを曲がった瞬間、左側の窓がチカチカとしたので、そちらを見ていると、海沿いの道に出ていた。

 陰キャの俺には縁遠い砂浜等が新鮮で、目が釘付けになる。

 人間らしき姿が見えるけど、アレはサーファーとかなんだろうか。もう秋なのに良くやるな。


「……あのね」

「うん」

「木曜日に私の歌の為に伴奏してくれたね。その前はカノンも弾いてくれた」

「それがどうかしたか?」

「前に江上に対して、『ピアノはやめた』と言ってたから、聴けて嬉しかったな。……どうしてまた弾くようになったの?」

「そうだな……」


 再開のキッカケをくれたのは江上だった。

 そして、熱意のようなモノを注入してくれたのは瑠璃さんだったんだと思う。

 二人のお陰でまた弾くようになったのは間違いない。

 昨日も無性に弾きたくなって、楽器店のレッスンルームに二時間引き篭り、練習曲を弾きまくっていたし、ピアノの先生を探してみようかと悩んでもいる。

 一度、母親以外の人についてみたいのだ。


「音楽は個人的に楽しんでやればいいんだって、思わせてもらったからかな。昨年までは結構苦しみながら弾いていたんだけど、今は気を抜いて弾けてる気がする」

「そっか。江上が聴いていたYouTubeの動画、私も見つけて聴いてみたけど、確かに今の里村君の音の方が好き。伸び伸びとしているから」

「そう聴こえてるなら良かった」


“次は――、カモメ臨海公園前――。”


「あ、次降りないとだ」

「もう着いたんだ」


 目的のバス停に停めってから、俺たちは下車し、Googleマップを頼りに施設を目指す。

 松林の中を五分程歩いていくと、白い建物が見えてきた。

 看板には“黄鐘グループ 有料老人ホーム壱越”と書かれている。

 ここで間違いないだろう。


――ここまで来たはいいけど、この施設の誰に何と言ったらいいんだろ。出方を間違えたらスゲーバカにされそう。取り敢えず江上の名前でも出してみようかな。


 エントランスに入り、受付に座るおばちゃんに話しかける。


「こんにちは。えーと。自分は栗ノ木坂南高校合唱部の里村です。部長の江上琥珀さんの代理で来たんですが……」


 言葉につまった俺の耳元で染谷が「代表」と呟く。

 まさか、“ここの代表と話させろと言え”と促しているんだろうか?

 お偉いさんと会ってしまったら、謎解きが完全に間違えていた場合にかなりの迷惑を与えてしまいそうなのだが……。

 俺がしどろもどろとしている間に、受付のおばちゃんが舌打ちした。


「こっちは忙しいの。要件があるなら早く言ってちょうだいよ!」

「うわぁ! すいません、すいません……。こちらの代表の方に会わせて下さい。自分は里村と言います。栗ノ木坂南高校理事長の孫、江上琥珀さんの代理で来ました!」

「学生証を出しなさい」

「はい……」


 フリースのポケットに突っ込んでいた学生証を取り出し、窓の向こうに滑り込ませると、おばちゃんはハエを叩くような素早い身のこなしで受け取った。


「本物みたいだね。待合室で待ってな。代表の楠木くすのきは今サーフィンしに行ってるから」

「分かりました」


 おばちゃんは電話の受話器を片手に、ポチポチと番号を押し始めた。

 宛先は代表なんだろうか?


――もしかして、さっきの砂浜に楠木氏もいたのか? 元気な人なんだな。


 無駄なことを考える俺は、ムンズと染谷に腕を掴まれ、大量のソファが並ぶエリアまで連行された。

 ガラス張りになっているため、黒っぽい海が良く見える。

 ちょうど良く待合室の片隅にコンセントを発見したので、スマホを充電しながら、染谷とサバイバルゲームをマルチプレイすることになった。


 ホームで暮らす老人達に話かけられたりもしながら、三十分程待つと、待合室に良く陽に焼けたオッサンが現れた。


「やぁ、君が栗ノ木坂南高校の里村君かな?」

「そうです。えぇと……ここの代表の楠木さんですか?」

「その通りだ。そっちの子は何て名前なんだい?」

「里村君と同じ高校の染谷と申します。私達、江上琥珀さんの代理で来ました」

「そうか、そうか。君達は江上理事長の謎解きで来たんだろう?」

「「そうです」」


 楠さんの言葉から、俺の推理が当たっていたという事が分かり、喜びかける。

 しかし、次の言葉を聞き、愕然とした。


「二週間程前に江上瑠璃さんもここに辿り着いてくれたね。優秀な生徒が多いようだ」

「え! もう!?」


 瑠璃さんが俺達よりも二週間も早くここに来ていたのかと驚く。

 何も活動していないとは思っていなかったのだが、そこまで差を付けられていたとは……。


「えぇと……。江上瑠璃さんは既に楽譜を入手されたんでしょうか?」

「勿論だとも。素晴らしい演奏をしてくれたから、喜んで献上させてもらったよ」


 演奏というのは、当然ヴァイオリンのことなのだろう。

 入手するためには、楽器か何かで演奏する必要があるってことなのか。


「……二週間も遅れをとった俺達も、楽譜を入手出来るのでしょうか?」

「機会は平等に与えるようにと命じられている。君達が私が出す条件を満たせるのなら、江上瑠璃さんにあげたのと同じ物を用意させてもらおう」

「条件を教えて下さい!」

「それはね――」


◇◇◇

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