第5話 久々のまともな食事に感動するTEARと、今後を考えるオキシドール7の人々。

「おおっ見事な酢豚っ。見事な麻婆豆腐っ。湯気の立つ炊き立てごはんーっ。味噌汁に濃いお茶っ」


 感動しまくっている客人にマリコさんは苦笑する。だが料理をこうもあからさまに誉められるのはやはりいい気分である。


「久しぶりーっ」

「どういう食生活してたの?」


 とりあえず食べてもいい? とTEARは訊ねた。HISAKAとマリコさんは同時にうなづく。

 帰る前にマリコさんに腕を奮えるよ、と電話をしておいた。あまり時間が早くはないので、消化には良くないんですよ、とかぶつぶつ言ってはいたが。

 そうしたらこの結果である。ちなみに食後しばらくして用にケーキも焼いてあるとのこと。TEARはほとんど感涙ものである。


「でも食べっぷりのいい方ってのは嬉しいですねえ」


 マリコさんはそう言って家人二人の方をちら、と見る。


「だっていくら美味しくたって、体調崩していたりしたら仕方ないじゃない」

「私が作るんですから健康を害す訳がありません。害すんならあなた方の生活の方がまずいんです」


 そう言われてしまうとHISAKAもMAVOも返す言葉がない。実際東京へ出てきて、バンド生活を始めてからずいぶん生活のパターンも変わったし、不摂生することも増えた。

 とは言っても、夜のステージをメインにした生活にすれば確かにかつての「健全な学生生活」に比べれば不摂生になるのは仕方がない。「健全な」時間帯で行おうということ自体無理なのである。

 ただし無理矢理体内時間のパターンを変えたのであるから、それが食欲不振だのにつながってはしまったのだから、マリコさんの言うことには文句はつけられないのだが。


「……はー…… 久々に人間らしい食事だったあ……」


 TEARは濃いお茶のおかわりを飲みながらため息まじりで言う。


「それは良かった」


と自分はほとんど食べないこの家の主は言う。


「ハルさんハルさん」

「ん?」

「このひと新しいひと?」

「んにゃ。ラヴコール中って奴ですか」

「ふーん」


 その時TEARはやっと、HISAKAの隣に立っている女の子に気付いた。

 背中の上1/3くらいに伸ばした、やはり金髪である。着ているものは大人しいワンピースタイプのホームウェア。通信販売のカタログに載っているような、大人しいプリント、大人しい色合いの。


「妹さん?」

「みたいなものだけど……」


 やっぱりなあ、とHISAKAは彼女の方を向いてにっと笑う。


「これがうちのヴォーカル」

「はい?」


 TEARは湯呑みを置く。


「ちょっと待てHISAKAさんや、確かPH7のヴォーカルって……」


 TEARは二ヶ月前の記憶を掘り起こす。確かあの時のヴォーカルは……

 ひどく派手だった。

 とにかくきつい化粧と、立てた金髪、何よりもその声の攻撃的なところに頭がくらくらしたことを覚えている。

 確かに目の前の彼女は金髪だ。だが。


「歌ってもいいよ」


 言われてみれば、MCの時の声はそんな声だった気がする。だが。


「まあ別にここで信じられなくとも後で判るって」


 はあ、とTEARはいつのまにか入っていたお茶のおかわりを飲み干した。



 ライヴハウス「オキシドール7」の音響君トガシと照明君イクシマは店長の話を聞いて、なるほどなあ、と顔を見合わせた。


「何で『なるほどなあ』?」

「だって店長、どう考えたって、あのHISAKA見て、一緒にやろうってプレーヤーの男はいませんよ」


 トガシはTシャツの半袖を肩までまくりあげ、額にはTシャツと同じ色のバンダナを巻いている。高校時代からここへ出入りしていたが、何年かのお馴染みの末、とうとうスタッフになってしまった。

 イクシマは美術系へ進むつもりだったのに、高校時代の友人のせいで「道を誤った」と笑いながら言う。


「何で?」


 店長は重ねて聞く。

 もちろん彼も予想はついている。ただスタッフの見解が聞きたかったのだ。このライヴハウスの推すバンドとしていいのかどうか。店長自体はHISAKAとMAVOを高く評価していた。

 何かやらかす人物というのは、コトバそのものが違う、と彼はいつもスタッフや息子に言っている。のし上がる資格は誰だって持っている。人間の能力は基本的には大差ない。ただ、それを使う資格がある人間は限られている、と。


 それはどーゆー人だと親父は思う?


 息子のタイセイは訊いてきた。

 薄く茶のかかった細めの髪を後ろをくくる程度に長い彼は、店長が25歳の時の子で、現在23歳である。

 公立の大学まで行ったが結局親父の店でサポートギタリストをしている。腕はなかなかなもので、たいていの依頼してくるバンドの曲は一日もあればコピーし、自分は目立たずバックに徹するような弾き方ができる。


「少なくともオレのような奴じゃあないよね」


 彼はいい、父親はそうだな、とうなづいた。


「お前には野心がないからな」

「そんなものない方が平和だよ。オレはいつでも『しばらくの平和』な状態が好きなのよ」

「タイセイさんのそういう所は好きですねえ」

「あ、ありがとーっ」


 へらへら、と店長の息子は笑った。そういう所を見ると店長はどう見ても別れた女房より自分の血を強く引いているな、とため息をつかずにはいられない。


「はっきり言って俺、HISAKAの腕は好きなんですがねえ」


とトガシ。


「オレも好きだなあ」

「あ、タイセイさんも? オレもですよーっ。でもきっとプレーヤー諸君には怒れるものがあるんですよ、絶対」

「何でだと思う?」


 店長は重ねて訊く。


「やっぱHISAKAが女だからでしょ」

「あ、それ判りますよーっ。オレ自分がプレーヤーでなくって良かったと思いますもん」

「オレだって彼女がドラマーで良かったと思ってるもの。もしギタリストだったらあんまり平然としてらんないだろーなあ」

「お前でもそう思うの」


 ほお、と店長は珍しそうに息子に言う。


「まあね。だから実はHISAKAがどういうギタリストを見つけてくるか、半ば不安、半ば楽しみでもあるわけで」


 タイセイは細い指を組んでくすくす、と笑う。


「でもまあ、それって女のテロリストが男のテロリストよりも世間から嫌われるってのと似てますよね」

「どういう意味だよ」

「ん?いや、こないだ読んだ本がさ、そういうこと書いてあったんだわ。テロリストの女のことばかり書いた本で、世間が彼女達を責めるのは、テロリストであるってことと、『女でありながらテロリストをやった』ことについてって」

「よく判らんな」

「つまりトガシの言いたいのは、テロリストもロックバンドも世間は男の世界だと思ってて、そこに女が入ってきたことに対して世間がうるさい、ってことだろ?」


 店長が補う。


「そうそう、そーいうことなんですよ。だからまあ…… 何なんだろう。俺もHISAKA最初見たとき、そう思ってしまったから…… やっぱ根深いものあるのかなって」

「まあここにいるのは物わかりのいい方だろうね」

「タイセイさんは?」

「女は強いってのはオレはよーく知ってるもの」


 ね、と彼は父親の方をちら、と見た。別れた店長の女房…… タイセイの母親はその後再婚もせずにバリバリのキャリアウーマンと化しているということだ。


「だから期待と不安が半々なのよ」


 彼はまた、くすくすと笑った。

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