クエスト発生
鳥の鳴き声と目映い陽の光で、オレの深い睡眠から呼び戻された。宿屋の一室…そんな高級宿とは言えない面影だ。一泊『1300ジェム』どの部屋も一律だ。それを知ったのは勿論昨夜では無い。オレは泥酔状態だったから……枕元の壁にボロボロになり端は剥がれそうな貼り紙。そこにデカデカと書いてあったのだ。リアルで言うとカプセルホテルと比べても格安の中の格安だ。
そんな価格と相異なって、清潔なベッドと豊富に用意されたアメニティだ。
しかし、それすらも超えてしまうほどの感動をくれたのは他でも無い、この窓から眺める事ができる絶景だ。
この部屋は何階なのだろうか?【始まりの街】は勿論、これからオレがリベンジする【エスゴール氷山】を一望できるのだ。そして思いっきて絶景を見してくれる両開きの窓に手を掛けては開けてみる。
朝だと知らせる肌寒い風が部屋に舞い込んでは踊る。それがオレには心地良かった。結えられているカーテンはそれに合わすようなリズムで踊る。
そんな風に包まれるかのように腕を伸ばし背伸びをする。
「なんて気持ちのいい朝なんだろう!?つい昨日までは死戦を彷徨っていた。なんてことも忘れちまうよな!?はぁー、あの【エスゴール氷山】も見えるし…あれを見ちゃうとな?現実に戻されるよ!!」
酔いもすっかり抜けたのか、身体の怠(だる)さは無かった。オレが腰を掛けているベッドの前には木製のテーブルと、椅子が2脚並ぶ。経年変化で褪(あ)せた色が情緒を出す。
オレはある物に目を奪われてしまう。それはテーブルの上にそれは見慣れた…白い半透明のパネルが表示されていた。それに興味を抱きテーブルへと近付きパネルを凝視する。
『【貧乏オーナーによる、貧乏駆け出し冒険者の為の宿】ご注文はこちらから!!』
この宿の名前か!?なんともこの『セカンド・ライフ』の運営らしいネーミングセンスだ。全ては貧乏人の為の…まぁそれは良いとして、この『ご注文はこちらか!!』が気になる。オレはいても経ってもいられなくそのパネルに触れてみる事に。
するとパネルの画面は変わり……
『朝食〈和食〉・〈洋食〉選べます。どちらも【250ジェム】モーニングコーヒー一杯【150ジェム】』
と表示されたのだ。どれも良心的な価格である。流石は貧乏冒険者の為の宿だけはあるなと感心するのだ。
「う〜ん、どうしようかな!?腹も減ってるし…これからの事考えると何か腹に入れた方が良いかもしれないけど…家賃の支払いも近づいてるし…モーニングコーヒーにするかな!?」
オレは『モーニングコーヒー』を選ぶ事にして、パネルをタッチしてみると……
『モーニングコーヒーを注文しました『150ジェム』を支払いました』
と通知音と共にパネルの画面が変わる。
そして、数分後……
『コンコン』
ドアを叩く音が木霊(こだま)する。
それに応答する。
「はい、どうぞ!!」
オレの返事に即座に応答した。
「【貧乏オーナーによる、貧乏駆け出し冒険者の為の宿】の従者である「アルト」と申します。ご注文のモーニングコーヒーをお持ち致しました」
その声はなんとも子供のような…男の子の声であった。その言葉にオレはあぁと答えると、その声の持ち主はドアを開ける。そしてその者の姿が現れた。
体は薄いグリーン。そして人間の子供よりも相当小さく…身長は大体70〜80センチといったところか。尖った耳に、長い鼻…恐らくはゴブリンの子供だろうか?その小さな体に合った、この宿の制服だろうか?タキシードを見に纏(まと)っている。
小さな歩幅でゆっくりと歩き…溢さないように向けられた視線はコーヒーカップに。そしてオレの元へとやってくるのだ。それは椅子に腰を掛けるオレの前のテーブルへと、カタッと音を立てて置かれる。
「お待たせ致しました。モーニングコーヒーで御座います」
そう言うゴブリンの子供「アルト」は、満面の笑顔を浮かべながらオレを眺めるのだ。
「ありがとう」
と呟きコーヒーカップを持ち上げては口に運ぶ。しかし何か違和感を感じるのだ。
そう、それはずっとオレへと運ばれた「アルト」の視線が向けられたままなのだ。
「なっ、なんでオレの方ばかり…?もう良いよ!?」
咄嗟に出た言葉であったが返答は返ってこない。しかしその笑顔は絶やす事ないのだ。
脳裏には不吉な想像を描いた。もしかして…ヨーロッパやアメリカでよく見受けられる、チップを強請(ねだ)っているのだろうか?
この『セカンド・ライフ』では金銭(ジェム)の譲渡は可能だ。
オレは試しに所持金を表すパネルを呼び出して…目の前に笑顔で立つ「アルト」にチップとして自身のジェムを少しばかり譲渡することにする。
そのパネルはダイヤル式で、譲渡する金額を自身の手で選択する。試しに100ジェムを選択して「アルト」に譲渡を試みる。
『金貨【100ジェム】を支払います』
そうパネルが表示されたのだが、一向に「アルト」の様子は変わらないのだ。確かに、これで「アルト」に【100ジェム】支払われているのは間違いないのだ。だが、目の前に聳(そび)え立つ「アルト」は笑顔のまま変わることはなかった。
「ったくよ!!この欲張りめ!!」
そう言い放ち先ほどと同じ手順で「アルト」に【200ジェム】を支払うことにする……しかし、当然の如く未だオレの前に笑顔を振りまいてただ立つだけ…合計でこの「アルト」には【300ジェム】を支払ったことになるのだ。悔しいのは山々だが、再度チップを支払う事……合計で【1000ジェム】を支払った時だ。
ずっと口を噤(つぐ)んでいた「アルト」は、やっと口を開くのだ。
「お客様有難う御座います。また何かありましたら、お申し付けください」
そう一礼してこの部屋を後にした。
「あぁー!!やられたよ!!このっ!コーヒー一杯で【1150ジェム】も……」
そう呟きながら出発の支度を始めるのだ。そして少し冷めたコーヒーを一気に喉へと流し込む。
だが、結果的にオレのこの選択は吉と出るのであった。
リアルと同様にチェックアウトがあるのだろうか!?それを済ます為に1階へと向かう最中…この部屋が3階だと知る。多少の老朽化が進む中でも清掃の行き届いた階段を下り、1階のフロントへと向かった。
こじんまりとしたカウンターが囲まれ、そこには「アルト」よりも身長が高い…およそ120センチ程は有りそうな、人間で言えば50代位だろうか?大人のゴブリンが立っていた。
オレはその人物に話しかける。
「あのぉ、チェックアウトしたいんだけど!?」
その返答は見た目と合う太った声で放たれた。
「かしこまりました。……お時間通りですのでご延長料金はありません……おっと…お客様、忘れるところでした。この宿の従者「アルト」にあんな高額なチップを……」
そう言うゴブリンはパネルで何かを確認しているようだった。まぁ、確かにコーヒー一杯【1150ジェム】は高いよな!?うんうんと首を縦に振り頷く。
するとだ、オレの前に白い半透明のパネルが現れたのだ。スキルか装備でも取得したのか?否!!
現れたパネルにはこう表示された。
『【クエスト】が発生しました』
「クエスト?なんでクエストだよ!?単にボッタくられただけなのに!」
オレの呟きと同時に前のゴブリンが話し出す。
「この気高き気品溢れる冒険者様を見込んで、お願いがあります……」
気高き気品溢れる冒険者様ってオレのことか?いやいや、気高くないんだけどな!?なんせオレはレベル1でカンストなのに…まぁいい、話だけでも聞いてやるか!?
「お願いって?」
目の前に立つゴブリンの顔は険しい困惑を表していた。
「はい、ある日この街の商人が、あの氷山を超えたところに交易品の採集をと向かったところ、≪
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