第十二話「そこまで臭い?」

前略

君は私のテストに合格した。次のテストの下準備として、君の知り合いの化け物を誘拐した。君のテストは以下の内容だ。

・彼女が住んでいた廃墟から、彼女の重要な忘れ物を取りに行く。ただし、重要な忘れ物はひとつだ。

・彼女の住んでいた廃墟の中に私の残したヒントを手がかりに、私のいる場所を探す。

条件を満たせば、今日の午後6時までに私のいる場所にこの脅迫状と忘れ物だけを所持して一人で行くこと。ただし、廃墟で探索するときは、化け物であれば連れて行ってもいい。もしも化け物以外の者に知らせた場合は言うまでもないだろう。

最後に忠告する。これは頭脳力や判断力などを試すテスト#ではない__・__#。健闘を祈る。




 自炊した米を口に入れながら、あの脅迫状の内容を思い出す。

「文章の内容から見たら、あの亀みたいな化け物しか思えないんだよなあ......」

ちゃんと米を喉にしてから呟く。唇は恐らく緩んでいただろう。この脅迫状の中に"知り合いの化け物"、"彼女"という文字が見えてから内心ホッとしているんだ。そして差出人が亀の化け物である可能性が高いから、なぜだか余計に安心できる。その安心感の理由が私の名前を知っているだけなんだけどね。その安心感に味噌汁の温もりをプラス。

 さて、彼からのテストについて考えようか。まず、シロナちゃんの忘れ物だけど......これについては検討ついている。初めて出会った時に見せてくれた#アレ__・__#......彼がご指名するのも頷けるだろう。問題は彼が残したというヒントだ。こればかりは廃墟に行ってみないと解らないだろう。どのみち行くことにはなるが......

 どうでもいいけど、これって脅迫状って言うの?


コンコン


 おっと、お客さんかな。

「はーい、今行きまーす」

そう言って私は立ち上がり......かけて考える。このアパートにはインターフォンが付いているはずだ。なぜわざわざノックしたんだろうか? いや、そもそもかなり近いところから聞こえたぞ? もしかして......キッチンから?


 ......ビンゴ。排水口から黄色い腕が顔を出している。手島さんだ。何回か手招きしてから、排水口に吸い込まれていった。恐らく何か用事があると思うけど......

「これ、私が見たことを気づいているんだろうか?」

今度会った時は何か合図を決めておくか。まあさっきの時点で握手したら伝わった......いや、容赦なく刺される可能性があるか。


ピンポーン


 今度こそインターフォンが鳴った。




「どうも、はじめまして!」

おっ、元気だねえ。挨拶に来たのは若い男。隣の波崎くんよりも年上のようだ。

「どうも。新しく引っ越してきた人?」

「ええ、俺、#勅撰 健児__チョクセン ケンジ__#っていいます。こう見えて刑事なんですよ。新米ですけど」

うん、新米っぽい顔してる。流レ亭で会った新道さんよりも刑事らしい顔してる。

「私の名前は上宮俊。こう見えてWebライターなんだ」

「Webライター......だったら、この街についてよく知っているんですね!」

「いや、私もつい最近引っ越してきたばかりなんだ。でも何かあったら協力するよ。ところで、引っ越しはもう住んだのかい?」

「ええ、昨日警察の独身寮に荷物運び終えましたから」

あれ、大谷荘じゃないのか。

「独身寮って、ここの近くにあるの?」

「いいえ、ここから徒歩一時間ですよ」

......ん?

「......この大谷荘に知り合いがいるの?」

「いえ、ここまで挨拶してきたんですよ」

「......まさか、ここまでの近所に挨拶して廻っている?」

「ええ。昨日引っ越しが終えてから挨拶しているんですよ。おっと、早く次の人に挨拶にいかねえと」

「ちょ......ちょっと待って......」

「......?」


 勅撰くんは次の部屋に行く足を止めた。その様子は、私の声を聞いてくれた訳ではなさそうだ。

「どうしたの?」

「この感じ......ちょっとお邪魔します!!」

「んんん!?」

勅撰くんは強引に私の部屋に入ってきた!? 彼はそのままキッチンへと向かう!


 キッチンでは、勅撰くんが排水口に手を入れていた。


「......何しているの?」

「......ああ、すみません。俺、えっと......変な匂いがすると気になっちまうんです」

「そこまで臭い?」

そこまで臭くはないと思うけど......

「いえ、失礼しました。とにかく、これからよろしくお願いします!」

そう行って勅撰くんは部屋から立ち去ってしまった。





「真面目っていうか......結構強引っていうか......」

今朝買ってきたチューリップの花を見つめながら、そんなことを呟いてみる。あの勅撰くんといい、磁石カップルといい、一島町に引っ越して来た人は変な人が多い。私も含めてね。

 まあいいや、確か午後6時までに差出人の居場所を探し当てないといけない。先に手島さんの話を聞いて廃墟に向かわなければ......そうだ。手島さんがよければ連れて行ってみようか。廃墟には化け物なら連れて行ってもいいらしいし。


 でも、勅撰くんが排水口に手を入れていた光景が印象深いのは、見た目だけではないような気がする......

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る