第七話「そういう几帳面なところは今でも変わらないのね」

 二人から話を聞く前に、一旦周りの人たちを確認しておこうか。

 私こと上宮に、流レ亭の店主の佞さん、感の鋭い刑事の新藤さんに、大谷荘の大家である大谷さん。そして店に入ってきたのは大谷さんの娘とその後輩のはずだ。




「ママ、ごめんねー。遅れちゃって。ん? 隣の人だれ?」

大谷さんの隣で座ったのは、二人の対照的なOL。一人は化粧をした明るい女性で、もう一人はすっぴんの女性。もちろん、大谷さんに話しかけたのは前者だ。

「今日うちの大谷荘に引っ越してきた上宮さん! 彼、Webライターでねえ! あんたたちの相談にちょっと付き合わせているのよ」

「そうなんだ。初めまして上宮さん。あたし、大谷 三崎オオヤ ミサキっていいまあす。それでこっちが......」


「!!!? ゴホッ!! ゴホッ!!」


 突然、新道さんが大きな声で咳をする。店中の人間から一斉に視線を向けられた新道さんは、ただ三崎さんが連れてきた女性を見ているだけ。

「お前......なんでこんなところに!?」

「......上司がいるんだ。はそんなことで驚かないでくれよ」

今度は店内の視線が女性に切り替わる。


「父が見苦しいところをお見せいたしました。私、立山建築の新道 歩シンドウ アユミと申します」




 それから、大谷さんと三崎さん、歩さん、そしてなぜか新道さんで相談会が行われた。最初は私が相談に乗るつもりだったのに、新道さんに奪われてすっかり蚊帳の外だ。おかげで同じく蚊帳の外になっていた佞さんと目を合わせるはめになった。


 お悩みも非常に単純。新道さんの娘、歩さんがストーカー被害にあっているということだった。で、今日のところは相談会の四人で、明日以降は三崎さんが付き添うということで解決。四人は食事を済ませてさっさと帰ってしまった。




「......ごちそうさま」

お茶漬け定食を完食し、手を合わせる。

「......そういう几帳面なところは今でも変わらないのね」

「......まあ、他はいろいろ変わったけどね」

その次に私の口から出たのは軽い笑い。気がつくと、佞さんと一緒に笑っていた。

「私も結構変わったって思っているでしょう? 自分でも昔の事を考えて懐かしんでいるのよ」

「......」

佞さんは、屋根の方向を向いている。


 噂だけ聞いたことがあるけど、佞さんはここの店主と結婚し、娘さんも授かった。しかし......去年の春、旦那さんと娘さんが車に弾かれたのだった......


「佞さん、私にあのカフェオレ送ったのってさ......」

「ええ......久しぶりに俊くんの顔を思い出したから......まさか本当に来るなんて思っていなかったけど」

「ははっ......こんなに話したの......からなかったなあ」

私が変わった......私が家族を失ってから、佞さんと同じ中学校に入ったんだけど......かなり冷たくしすぎたんだ。彼女は小学校の時の友達って捉えてくれたけどね。


「それじゃあ、私ももう帰るね」

勘定を払い、店の扉に手をかける。最初は挨拶しただけで帰るつもりだったのに、こんなに話していたらまた来たくなっちゃった。

「ええ、またいらっしゃってね」


 佞さんに手を降りながら店を出る。ここまで話してしまったのは、恐らく相談内容のストーカーと新道という刑事が原因であろう。二人のだと言うべきか、二人のだと言うべきか。どちらを採用すべきなのかは迷いどころだ。




「......ん?」

暗闇に支配されたアスファルトの真ん中で振り返る。流レ亭の方を見るのはもう遅すぎる。後ろから何者かの視線を感じたのだ。

「......噂のストーカー......だったら面白いのになあ」

とりあえずこう言っていたら、ストーカーだとしても相手は警戒するだろう。まあ多分違うんだろうけど。


カラン


 音が鳴ったのは、その後しばらく歩いていた時だった。半分お約束的に後ろを振り返ってももちろん誰もいない。

「ねえさっき音が聞こえたんだけど!? 誰かいるんだろう!?」

景色に変わりナシ。まああんな音を立てたらもう相手は逃げているだろう。


 ......だが相手は逃げなかった。視線をずっと感じる。まもなく大谷荘だというのに。

 足は大谷荘ではなく、路地裏に向かっている。人気のない場所の方と、住んでいる場所を特定されるのと、どちらが危険なのだろうか。多分前者だと思うけど。




「ねえ! ここなら人はいないよ!! 私に用があるんだろう!?」

路地裏の中で叫びながら振り返る。普通のストーカーなら物音立てて存在を知られたら出直すはずだからだ。


 今度は相手は隠れていなかった。相手は四足歩行で、亀のような青い甲羅を背負っている。普通の亀と違うのは布団並の大きさに、四本足が人間の手になっているところだ。


「......」

「......」

彼は何も言わず、ただ私を見つめている。その目からは殺意は感じ取れないことから、廃墟で出会った......シロナちゃんと同じかな......

「なあ、君は何を伝えたいんだい?」

「......」

「......君も、元は人間だったのか?」

「......ドコデ聞イタ」

おおっ、喋った。

「廃墟で元人間だって子と出会ったからね」

「ソイツモ、私ノヨウナ姿ニ?」

「うん、彼女は人間だったころの記憶はないみたいだけど、確かに人間だったって」

「......」

突然、彼は後ろを振り向く。

「あれ? もう帰るの?」


「......コノ街ノ影ニハ、人ニ戻レナカッタ化ケ物ガ身ヲ隠シテイル。、オマエハアトモウ一人ノ化ケ物ト出会エ」

そう言い残して、彼は路地裏から姿を消した。

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