無才探求のキーホルダー

里中 夜叉丸

プロローグ 身の程知らずへ告ぐ、さっさと死ね

 後悔があるとすれば、何故、剣を選んでしまったのか? ということだった。

 剣。

 正確に言えば、ショートソード。

 西洋の剣。多分、金属製。刀身が短く、比較的取り回しが良く、片手で取り扱いが可能な武器。そのようなことが、説明書に書いてあったものだから、『行けるじゃん』と思って、これを選んだが、どうやらその選択は失敗だったらしい。


「ぎ、が、あ、あぁあああああっ!!」


 僕は現在、右腕を抑えながら悲鳴を上げている。実に情けない悲鳴だ。でも、仕方ないと思う。何せ、僕の右腕には、手首から先が無いのだから。そう、ついさっき、大体三秒ぐらい前だろうか? 敵対者の一撃によって、綺麗に骨ごと斬り落とされて、僕の右腕は愉快な赤色の噴水装置へと早変わりした。多分、このままだと一分も経たずに出血多量で死ぬと思う。


『カカカカカカッ』


 ああ、でもそれより先に僕は死ぬな。

 敵対者――骸骨剣士が振るう剣によって。

 骸骨剣士。

 人の骨格標本に、僕と同じようなショートソードと、なんの意味があるのかわからない革製の胸当てを装備させたら、大体、眼前の化け物と似たような代物が出来上がるだろう。

 実にスマートで、まるで子供のいたずらの末に出来上がったかの如きちんけな化け物だ。

 しかし、意外なことにこいつは力強い。

 少なくとも、この僕よりは力がある。僕が振るった渾身の一撃……まぁ、へっぴり腰のしょぼい一撃だったと思うけど、それをあっさりと剣で受け止めて、何かの剣技っぽい動きで僕の右手を切り落としてくれるぐらいには。


「――――が、あ」


 そして、苦痛に呻く僕の右肩口から、胸部辺りまで、バッサリと剣を食いこませる程度には。

 振り降ろさされる剣の軌道は全く見えなかった。

 いや、そもそも、右腕が痛すぎてそんな余裕は無いし、涙で視界が歪んでいたので、何がなんだか、という状況だったんだけれどね。

 そんなわけで、僕は死んだ。

 骸骨剣士。

 ただの骸骨に、ちょいとばかり剣を持たせただけ化け物に、まったく敵わず。

 無残に死んだ。

 右手を切り飛ばされて、思いっきり剣を振り下ろされて死んだ。

 ――――三十四回目の死だった。



●●●



 人は死の瞬間に何を思うのか?

 恐らく、現代人のほとんどが正確にこの問いに関して答えられないだろうが、僕は答えられる。僕の答えは、『痛い』と『死にたくない』だった。

 ああ、何せ、三十四回ほど死んでいるのだから、間違いない。

 一度や二度、生死の境をさ迷った人に比べれば、精度が格段に違うだろう。


「が、がひゅ、が。うあ…………あ、あぁあああああっ!」


 リスポーンの瞬間というのは、寝起きのそれに近しい。

 ただし、最低最悪の悪夢からの覚醒だ。

 リスポーン地点である、パイプ椅子の上から転げ落ちて、僕は床で呻く。惨めに呻く。何度も、何度も、右手の感触を確かめながら、肩から胸部が無事であるかを、左手で何度も触って確かめる。経験上、無傷の体で蘇生すると分かっていても、この行為は止められない。


「い、いぃーち、にぃー、さぁーん……しぃー」


 蘇生の後はいつも、体中を蝕む最悪の違和感を抑えるため、僕は秒数を数えることにしている。単純な行為かもしれないが、これが意外と効果的だ。さほど動かず、ただ、違和感が通り過ぎるのを待つのに、秒数を数えるという単純作業はもってこいなのだ。

 何度か、歌を歌ったり、叫んで喚いたり、ひたすら黙って蹲ったりなどを試してみたが、やはり、一番は秒数を数えることだ。心の中で数えれば数えるほど、乱れた精神が落ち着いて、体の中の違和感が収まるような気がしてくる。


「…………よし」


 三百ほど秒数を数えた後。僕はようやく正気を取り戻す。

 正気を取り戻した後は、自分自身に対する簡単なプロフィールを思い出すことにしている。

 名前、鈴山 皆人(すずやま みなと)。年齢、十七歳。性別、男。男子高校生。好きな物。冒険小説。漫画。ライトノベル。アニメ映画。嫌いな物。パセリとドクダミとパクチー。あれらは人の食い物ではない。

 好きなこと。読書と妄想と、映画鑑賞。後は料理。

 嫌いなこと。アウトドア全般。一人カラオケ。後は――――諦めること。

 ……今のところ、記憶の齟齬は見当たらない。

 両親の名前も、家族構成も、学校の友達も、今朝のご飯も弁当の中身だって思い出せる。

 だから、意識は連続していないが、僕は恐らく、僕だ。少なくとも、記憶が引き継がれているのならば、鈴山皆人という人間でいいだろう。


「剣はなぁ、やっぱりなぁ、基本、重いもんなぁ……軽いと言っても、他の剣と比べて、だもんなぁ。鉄の塊はやっぱり重いわ、普通に。片手で持つのは辛い。片手武器なのに。両手で持っても、思いっきり振ったら体が流れるし」


 記憶の確認を終えると、僕はパイプ椅子の前に置かれた木製の机へ、小さく一条の傷を付ける。机の引き出しには、小型ナイフを置いてあるので、リスポーンの度に、傷を刻むようにしているのだ。少しでも、達成感を味わえるように。

 机にはこれで、三十四の傷が刻まれた。

 …………この行為が徒労と感じる前に、出来るだけ早くクリアしたいものだと思う。

 僕は、小型ナイフと共に保管してある、物から――悪魔の誘惑から目を逸らして、部屋から出る。机とパイプ椅子しかない小さな部屋から、隣の武器庫へと移動する。


「鉄は駄目だ、無理だ、重い。同じ武器を使っても勝てない……長物は…………基本的に駄目だな。前に一度、槍を使ったけどあっさり突きを避けられて、そのまま首をすばんっ、だもんなぁ。嫌になるぜ、本当にさ」


 武器庫には古今東西様々な武器が保管されている。

 刃物がある。鈍器がある。銃器がある。残念ながら、爆弾は存在しないが、それでも、充分な品揃えだろう。加えて、ここから自由に取り出し可能であり、例え、破損したとしても、いつの間にか修復したのか、複製されたのか、同じ奴が同じ場所に並べられている。

 僕は刀剣類の棚から、前回使ったショートソードを取り出し、何度か広い場所で素振りをしてみる。重い、剣先が流れる、定まらない、力強さを感じない。何故、これであの恐るべき骸骨剣士と戦おうと思ったのか? これがわからない。多分、同じ武器ならば、『何回か死ねば』、経験を得て、似たような動きが出来るようになるとでも思ったんじゃあないだろうか? 無理だ。馬鹿だった、愚かだった。

 傷一つなく、何ら変わらず、服装すらも修復されてリスポーンするということはつまり、どれだけここで素振りをしようが、何をしようが、筋力が上がることは無いというのに。

 剣に振り回される程度の筋力であれば、どれだけ技術が上がったとしても、あの骸骨剣士と打ち合うことすら敵わないというのに。

 そもそも、この場所にはどこを探しても水も食料も無いので、一定以上の時間が経てば、強制的にリスポーンだ。親切な仕様である、まったく。


「次は、これで行くか」


 ショートソードを棚に戻して、代わりに取ったのは棒だ。木の棒だ。

 棍棒、もしくは、棍と呼ばれる類の武器である。そこそこ長くて、取り回しがしやすい。そんなに重くない。金属よりは軽い。軽い、これはとても大切なことだ。


「こんなことなら、何かスポーツでも…………いや、そんな熱中できる物があったら、そもそもこの場でこんなことをしていないか」


 何度か適当に動かしてみて、感触を確かめる。

 悪くない。武術の素人である僕の感想だが、これはいい。これならば、少しぐらいはあの骸骨剣士に攻撃を与えられるかもしれない。

 淡い希望を胸に灯して、僕は棍棒を片手に、武器庫のドアの前に立つ。

 机とパイプ椅子があるリスポーン地点の部屋ではない、外に続くドアだ。そのドアの近くには、全身が映せるだけの大きな鏡が合った。壁に貼り付けられてあるタイプの奴だ。

 その鏡には、何とも情けない顔をした男子高校生が映っていた。

 よれた学生服。

 色白の肌。

 黒の短髪。細目であることと、やや童顔ということ以外は、何の特徴のない、つまらない顔立ちの男。おまけに、平均よりも背が低く体格もよろしくない。たまに、中学生に間違えられることもある。

 そんな優男である自分が、棍棒を持っている姿が、鏡には映っていた。

 口元には、引きつった笑みが張り付けてやる。

 なんともまぁ、情けない強がりだろうか。


「それでも、やると決めたのは、自分なんだ」


 でも、泣き喚いている自分の姿よりは各段にマシだ。


「さぁ、三十五回目の挑戦だ。今度こそ、今度こそ…………骸骨剣士を、倒してやる」


 僕は何か格好いい言葉を吐こうとしたが、何も思いつかずに、テンプレートな言葉で自分を誤魔化した。

 まぁ、こんなもんだろう、凡人である僕ならば。

 こんなものだ。

 ドラゴンでも、オーガでも、恐るべき魔王の配下とか、そういうのでもなく。ただの骸骨に剣を持たせただけの化け物にも勝てず、四苦八苦しているのが、今の僕だ。


「頼むから、なんでもいいから、力を貸してくれよ……って言っても、無駄か」


 学生服のポケットに潜ませた、『死者の力が宿ったカードキー』に左手の指先を触れさせながら、僕は自嘲する。

 書面で記された通りであるのならば、この僕にも何らかの力が与えられているようだが、生憎、そんな身に覚えはない。リスポーン? あれはデフォルト機能らしい。


「でも、諦めるのにはまだ早い」


 僕は自嘲の笑みを浮かべたまま、ドアを開けて、薄暗い外へと足を踏み出した。

 いつでも辞められる冒険を、もう少しだけ続けるために。


 これが、僕の始まり。

 才能が無くて、平凡で、自分の人生でさえ、誰かの端役になっているような僕の、冒険の始まりだった。

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