第3話・代価と契約

 黒髪の青年は助けた少女を抱き抱え、村から離れた場所にある崖の前へやって来ると、抱えていた少女を地面にそっと横たわらせてその上に両手を突き出した。


「プロテクションテリトリー」


 少女の体が冷えないように結界魔法を使ったあと、青年は腰のベルトに挟んでいた黒革手袋を装着した。


「んん……」


 しばらくして淡い緑色の光を放つ結界が消えると、少女は自然と目を覚ました。


「……あなたは」

「俺はアースラ、魔法士マジックエンチャンターの便利屋だ。お前の名前は?」

「私はヒストリア・シャーロットと言います」

「そうか、ところでどこか痛いところはないか?」

「少し頭が痛いです」

「俺が使った睡眠魔法の影響だろうな、心配しなくてもしばらくしたら治まるさ」

「そうですか……あっ! お母さん、お母さんはどこですか!?」


 ――ショックで覚えてないのか、無理もないな。


「お前の母親は野盗に殺された」

「あっ、ああ……」


 少女は母親が殺された場面を思い出したのか、起こした上半身を小刻みに震わせながら涙を流し始めた。


「……あの、お父さんや村の人たちはどうなったんでしょうか?」

「お前を助けたあとで村の中を回りはしたが、1人として生き残った者はいなかったよ」

「そんな……どうしてこんなことに、ただ静かに暮らしてただけなのに……どうして……」


 少女は声を震わせながら両手を強く握り込み、大粒の涙を零し始めた。


「命の価値は人によってそれぞれ違う、だからあの手のクズ共は弱者を狙うのさ、ああいう奴らにとって力を持たない者は都合のいい獲物エサでしかないんだ」

「……」

「敵討ちってわけじゃないが、村を襲った野盗たちは残らず始末した。だからお前は死んだ人たちの分まで精一杯生きろ」

「ありがとうございます……あれだけの野盗と1人で戦えるなんて、アースラさんは強いんですね」

「そうでもないさ、どれだけ力を持っていても、理不尽に消えていく命を救いたいと思っていても、結局はお前しか助けられなかったしな」


 そう答えつつアースラは両目を閉じ、苦々しく表情を歪ませた。


「理不尽に消えていく命を救いたい……あの、アースラさんはマジックエンチャンターの便利屋さんなんですよね?」

「ああ」

「それなら1つ依頼をしてもいいでしょうか?」

「どんな依頼だ?」

「私に戦い方を教えてください」

「はっ?」

「私に戦い方を教えてください! 1つでも多くの理不尽を退しりぞけて、1人でも多くの命を救えるように、私みたいな思いをする人を1人でも減らせるように!」


 普段のアースラなら『馬鹿なことを言うな』と一蹴いっしゅうするところだが、少女の涙に濡れた真剣な目がそれを言わせなかった。


「せっかく助かった命を無駄にする気か?」

「どんなに過酷で嫌なことがあっても、ここは大好きな人たちと私が出会った世界、だから大切にしたいんです。そしてアースラさんに救ってもらったこの命を無駄にしないためにも、戦い方を教えてほしいんです」

「……依頼となればそれなりの報酬をもらうことにが、お前はそれを支払えるのか?」

「お金はありません、だからこの命で支払います」

「はっ?」

「私のこの命で支払います! 私の命がある限りアースラさんに付き従います、何でもします、だから私に戦い方を教えてください!!」

「俺のやってる便利屋は命懸けの仕事も多い、冒険者組合から危険な仕事を受けることも多々ある、これまで以上に死に近い毎日を送ることになるんだぞ」

「構いません」

「すべて覚悟の上での依頼なんだな?」

「はい!」

「……分かった、お前の依頼、確かにこのアースラ・ティアーズベルが引き受けた。今日からお前は俺の弟子だ」

「あ、ありがとうございます、アースラさん」

「違う! これからは師匠と呼べっ!」

「は、はいっ! よろしくお願いします、師匠!」


 沢山の命が星となった夜、アースラとシャーロットは出会い、師弟関係となった。

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