ゲットセット!(KAC2020まとめ)

水城しほ

KAC参加作品

【KAC20201】すれ違いの恋人たち(お題:四年に一度)

 トモキと知り合ったのは、僕が死んだ翌年の、二月二十九日のことだった。


 生前の僕が住んでいた社宅の敷地内にある公園に、その幽霊は突然現れた。正確にはフェンス越しの歩道、交通安全と書かれた看板の前だ。

 学生服を崩さずに着ていて、きっと生きてる時は真面目だったんだろうなと思わせる幽霊だった。

 見かけたことがない人だな、と思った。

 僕の家族は既に社宅から引っ越していて、そして何故か僕はここの敷地から出ることが出来なかった。なので今の僕はひとりぼっちで、いつも社宅の人たちや、町内にいる友達を見守りながら過ごしている。だけど僕がこの町に越してきてから、幽霊になるまでの三年間を合わせても、この人を見たことはなかった。

 時刻は六時半、通勤や通学でバス停へ向かう人たちの中、僕と彼はフェンス越しに向かい合うことになった。

「うわっ、地縛霊!」

 僕を見つけるなりそう叫んだ幽霊は、心底驚いたように目を見開いていた。周囲の人たちには僕も彼も見えていないし、声が聞こえてもいない。僕たちの身体をすり抜けて歩く人がいるくらいだ。

「いくつ? 何で死んだの?」

「六年生です。手術を受けてて、気付いたらこの状態でした。お兄さんは?」

「俺は高校一年、トラックに跳ねられた。今日って二月二十九日で間違いない?」

 僕が頷いたのを見て、よかった、と笑顔を浮かべた。少しずつ、夜が明けていく。

「俺はトモキ。君は?」

「カケルです」

「カケルね、よろしく。敬語はいらないよ、幽霊仲間だからね」

「わかった! トモキ、よろしく!」

 朝日の射す公園で、トモキと僕は握手をして、そのまま二人で空に浮いた。通勤通学の人が多すぎて、落ち着かなくなってきたからだ。


 屋上の給水タンクの上で、トモキは「今日が命日なんだ」と言った。命日がうるう日だってことは、四年以上前ってことだから、僕が越してくる前の話だ。

「すぐそこで、トラックに跳ね飛ばされた。あの看板のとこでご臨終」

 トモキが指差した看板の前には、確かに花やお菓子が供えられていることがあった。あれはトモキのためのものだったんだ。

「僕が社宅に引っ越してきたの、三年前だから、全然知らなかった」

「そっかー、俺も死んでから長いしなー。もう空の向こうには行ってるんだよ、この話はわかる?」

 わかるよ、と僕は返事をした。

 僕が死んだ時、迎えに来た案内人のおじさんが「死んだら光の橋を渡って、空の向こう側に行かなくてはいけない」と教えてくれた。今の僕は渡れないけど、この場所に僕を縛り付けるものが消えたら、また案内人のおじさんが来てくれることになっている。

「俺、今は向こうで暮らしてるんだけど、盆と命日だけは無料タダでこっちに帰って来れるのね。で、命日がうるう日だから――」

「えっ、もしかして四年に一回?」

「まあまあ、焦るな焦るな」

 先走って驚いた僕を見て、トモキはふふふ、と笑った。

「前日か翌日に振り分けられるんだけど、俺は死んだのが夕方だから、三月一日の現世行きチケットが割り当てられるんだ。これが罠でさ!」

 聞いてくれよ、と勢いよく肩をつかまれた。さっきからずっと話は聞いてるんだけど、トモキはよっぽどこの話をしたくて仕方なかったみたいだ。

「毎年、そこの事故現場に来てくれる人がいるんだけどさ。それがいつも、二月二十八日なんだよ……」

 僕が相槌を打つ前に、トモキは大きな溜息を吐いた。

「いや、一応わかるよ。三月より二月の方が、なんとなく正解な気はするよな。でも俺がここに来る時には誰もいなくて、ただ花とお菓子とジュースが置いてあるだけなんだよ……まぁ、毎年来てくれるだけありがたいんだけどさ!」

 だけど、とトモキは背筋を伸ばした。

「今日は会えるんだよ。四年に一度、本当の命日だからね」

 トモキはすごく嬉しそうな顔をした。もしかして、その人って……。

「彼女?」

「そうだよ、同じ高校に通ってたんだ」

 照れ臭そうに笑うトモキを見てたら、彼女を知らない僕までウキウキしてくる。

「好きな人に会えるって、嬉しいよね!」

「おっ、小学生でもわかるか?」

「僕の好きな子、この社宅に遊びに来るから、ほとんど毎日会ってる!」

「うわー、カケルまさか、それ目当てで地縛霊やってんの?」

「げー、違うよー!」

 つい叫んだ僕に、なりたくてなれるものでもないか、とトモキが笑った。

「俺も、残れるものなら残りたかったけどな」

 そう言ったトモキは、ちょっと寂しそうにも見えた。


 いつも彼女がここに来るのは夕方らしく、それまでの間、トモキは僕に色々な話をしてくれた。何よりも熱く語ったのは、もちろん彼女の話だった。

 ノリちゃんって呼んでたこと、時々お弁当を作ってきてくれたこと、いつも一緒に帰ってたこと、デートは図書館が多かったこと……ノンストップで喋るトモキは、すごく楽しそうだ。

「ねぇ、向こうに友達っていないの?」

 空の向こうにはこういう話をする人がいないのかなぁと、軽い気持ちで聞いてみた。トモキはうっと言葉に詰まり、それからうーん、と軽く唸った。

「同じ年くらいのやつって、どーしてもレアキャラなんだよね」

「あー、お年寄りばっかりなの?」

「そうでもないんだけどね、生きてた時代が違うと話が合わなくてさ。あー久しぶりにすげー喋ったよ、ありがとな、カケル」

 お礼を言われたのが嬉しくて、へへへ、と笑った。僕だって、こんなに誰かと喋ったのは久しぶりだ。普段は社宅に住んでる親友の部屋で、友達が遊びに来るたびに隣に座って、一緒に遊んでるっぽい空気にひたってるだけだ。

「じゃあ、僕たち、友達だね!」

 僕がそう言うと、トモキがそうだなと笑う。僕たちは、手をパシンと打ち合わせた。


 しばらくトモキと喋っていると、小学校の下校時刻になった。通りを歩く小学生には、同級生の姿もちらほら見えた。

 四月には中学生になるみんなと、小学生のままでここにいる僕。

 みんな、きっと、少しずつ僕を忘れていくけど……覚えていてくれる人が、一人くらいはいるかもしれない。トモキにとってのノリちゃんみたいに。

 できれば親友のベッさんや、大好きなタカイさんが、覚えていてくれたらいいな。ずっと二人で、僕の話をしていてくれたら嬉しい。

 僕は、二人が付き合っちゃえばいいのにって思いながら、毎日ベッさんの部屋へ遊びに来るタカイさんを見てるんだ。

「あっ、来た!」

 急にトモキが飛んで行って、僕も慌ててそれを追う。看板の前には黒いスーツ姿のお姉さんが屈み込んでいて、丁度お線香に火を点けるところだった。

「ノリちゃん、会いたかったよ! すごく綺麗になったな!」

 正面から話しかけるトモキには気付く様子もなく、ノリちゃんはお線香を地面に置いて、看板に添えた花束へ手を合わせた。

「トモキ、今年も来たよ……」

 ノリちゃんは涙声だった。トモキが何度もノリちゃんの頭を撫でるけど、ノリちゃんは全然気付かない。

「ノリちゃん、もう泣くなよ……あれから、十二年も経ってるんだぞ」

「ごめんね、トモキ……私、もう、来年からは来られないの。結婚するの、遠くに行くの……」

 予想外の告白に、トモキの手が止まった。泣き続けるノリちゃんは、何度もごめんねと繰り返している。僕は何を言えばいいのかもわからなくて、ただ黙って二人を見つめていた。

「トモキ、ごめんね、本当にごめん。私のせいで、死んじゃったのに……あの日、ケンカなんかしなかったら、あんな事故は起きなかったのに」

「ノリ……違うよ、そうじゃないよ」

「私だけ幸せになるなんて、ダメだよね。いくら優しいトモキでも、ふざけるなって思うよね……」

「思わないよ! 俺がそんなこと、思うわけないだろ!」

 トモキの声は届かなくて、ノリちゃんは泣き崩れている。このすれ違いをどうにかできないかと必死で考えるけど、声どころか隣に立つこともできない僕に、何かできるとも思えなかった。

 でもね、とノリちゃんが、トモキを見つめたように見えた。

「もしかしたら、トモキなら……許してくれるかな、なんて、都合のいいこと思ってる……ねぇ、幸せになっても、いい?」

「いいよ!!」

 トモキが、町中に響きそうな声で叫んだ。それは僕にしか聞こえないはずだけど、ノリちゃんはビクッと肩を震わせた。

「トモキ……?」

 ノリちゃんは立ち上がり、キョロキョロと周囲を見回した。そして下校中の小学生に気付くと、慌ててハンカチで涙を拭いた。

「なぁ高井タカイ、いま、そこで男の人が『いいよ』って叫んだよな?」

「そう? 私は聞こえなかったよ。別所ベッショくんの気のせいじゃない?」

 そんな会話が聞こえて振り返ると、公園にランドセルを背負ったままのベッさんとタカイさんがいて、不思議そうにノリちゃんの方を見つめていた。

「ねぇっ、君! いま、いいよって聞こえたの!?」

 二人の会話は、ノリちゃんにも聞こえたらしかった。フェンス越しに叫んだノリちゃんのところへ、二人がパタパタと駆け寄ってくる。

「俺、聞こえました。男の人が、すげーデカい声で、いいよって叫んでました!」

 ベッさんの返事を聞いたノリちゃんは、そのまま泣き崩れてしまう。花束やお線香の前で泣いているノリちゃんに、ベッさんが「すみません」と声をかけた。

「ここ、死亡事故があったところですよね。今のって、その人が叫んだんですか?」

「多分……そうだと、思う。私の大好きだった人がね、お嫁に行ってもいいよって……」

「じゃあ、俺の親友もあの世にいるから、その人のこと頼んどきます! すげーいいヤツだから、きっと仲良くしてくれます!」

 ベッさんが胸を張り、タカイさんも一緒になって得意気に頷いた。ノリちゃんは一瞬ぽかんとしていたけれど、じゃあお願いね、と微笑んだ。

「四年に一回、うるう日だけは、絶対にまた来るから……!」

 そう言ったノリちゃんの頬に、トモキがこっそりキスをした。

「カケル、いちいち頼まれなくても、俺たちはもう友達だよな?」

 そう言った僕の友達は、とても嬉しそうに笑っていた。


(了)

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