パパの話6


 僕は息を整えた。よし!しゃっくりはおさまった!

「リピアさん?いたの?いつから?」

「結構前から」げ!!思いっきり泣いているの聞かれちゃったじゃないか。

「中に入ろうと思ったんですけど、開錠呪文を替えられたみたいで」

パスワード変更ってか。大したセキュリティだよ。

「立ち聞きするつもりはなかったんです。けど、なんか話しかけづらくなってしまって」そりゃそうだ。えぐえぐ泣いてる大学生に話しかけたい奴は男女問わずそうはいない。


 壁の向こうから

「ごめんなさい。男の人にとって泣いている所を見られるのは

恥ずかしい事なんですよね」

僕は答えた。

「う~ん、そうね、女の子にとって裸を見られるのと同じくらい

恥ずかしい事かな」

「まあ!」扉の向こうでもじもじしているのが目に浮かぶようだ。

「だからこれでチャラ。おあいこだよ」


・・・・・・返事はない。しまった!

ドン引きされてしまったか?だが

「くっ・・・うふふふっ」笑ってる?

「ニンゲンさんって、面白い方ですね」ふう・・・よかった。


 「・・・今日は、ありがとう。助けてくれて」僕

「えっ?」リピア

「君が、口添えしてくれたんだろ?あの偉い人に」

「本当は、無実として自由にしてもらうはずでした。なのに・・・」

「いいさ、死刑にならなかっただけでも儲けものだよ」

「ですが・・・”最下層の苦役の任”は死刑の次に重い罰です」

「えええええ!そ、そ、そうなの?」ニコニコしながらあのおばさんてば

・・・キッツいなぁもう。

「・・・言わない方がよかったでしょうか」

「い、いや・・大丈夫!。心の準備ができたよ!おかげで!」

僕は強がりを言った。歯医者にかかる前の子供のように。


リピアはしばらく何も言わなかった。が、思い切ったように、

「・・・ニンゲンさん」「ん?」


「エルフは・・・嫌われています。」

「他の種族にかい?」「はい」

「ファンタジアンで、エルフだけが”魔法”を使えます。

イグドラシルから魔力をもらって。それはエルフだけがイグドラシルに

選ばれたから、愛されているからだ、と長老様たちはおっしゃいます」

「・・・・・・」


「エルフも・・・嫌っています」

「他の種族をかい?」「はい」

「ドワーフ、ゴブリン、オーク、獣人、フェアリー、ドラゴン、

みな野蛮で邪悪だと、怪物だと。劣っている存在だから、

優れたエルフがきちんと管理支配しなくてはならない、

とエルガ様はおっしゃいます」

「・・・・・・」


・・・なるほど、輪郭がなんとなく見えてきた。「リピアさんもそう思うの?」


 彼女は少し沈黙した。そして「小さい頃、森で迷った時は、フェアリーに助けてもらいました。魔材が入用な時は洞窟のドワーフに売ってもらうし、ドラゴンの背に乗せてもらって空を飛んだこともあります。どんな種族もエルフにはできない良い所をたくさん持っているんです。いくら魔法が使えるからと言って、エルフだけがイグドラシルから愛される優れた存在だなんて思えません・・・でも」「でも?」


「嫉妬や憎しみをぶつけられると、相手を嫌いになってしまうのも本当なんです。長老様やエルガ様の言う事が正しいのかも、結局私たちエルフと他種族には埋められない溝があるのかも、そう思いそうになるんです」

「・・・・・・そうか、だから夕べ」


「ニンゲンさんは言いましたね。”種族と善悪は関係ない”って。そうです。


悪い人を嫌いなのは悪いことをするからです。そこに種族は関係ありません。

良い人を好きなのは良いことをしたからです。そこに種族は関係ない。


私、迷いが晴れました。ありがとうございます」


僕は閉じられた木の壁にもたれかかって言った。

「・・・僕もだよ」

この壁の向こうに、彼女がいる。


「えっ?」

「さっき僕、泣いてたろ?」

「えっ、そ、それは・・・」

「気使ってくれなくていいよ。ホントの事だもの。いきなり異世界に飛ばされて、捕らえられて拷問されて死刑になりかかって結局牢屋。そこで家や両親の事を思い出したら、寂しさとみじめさと恐ろしさが一気に押し寄せてきて、おかしくなりそうで、我慢できなかった」

「・・・・・・ニンゲンさん」

「リピアさんと話せたおかげで、気が楽になった。

君が、僕を救い上げてくれたんだ。絶望の底から」


「・・・・・・」壁の向こうは黙っている。しまった。陳腐過ぎた。

・・・いっつもそうだ。合コンでも”ピンとこない”って顔されて、

いつの間にか僕の前から誰もいなくなってるんだよ。そしたら壁の向こうから

「・・・あっ、あのっニンゲンさん」

「!!!」

「それってつまり”ちゃらでおあいこ”って事ですね?」

僕は吹き出し、彼女も笑った。

壁を隔てて、僕らは笑いあった。


「あ、ところでさ」僕「はい?」リピア

「”ニンゲン”というのは種族の名前だよ。僕は」




「シンヤ」




「シンヤ・・・シンヤ・・・信也さん」

彼女は小さく繰り返した。暗記するかのように。


だがその時!


「いちゃつきはその辺にしておけ。うっとおしい」

複数の足音と共にムカつきを思い出させる声が聞こえてきた。

あの髪真っ白の、代わりに服が真っ黒の、

落ちくぼんだ眼のサイコパス野郎の声が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る