魔王との邂逅

「…荒野の中に城が残ってるのか」

 何も無いまっさらな大地に、半壊した城が一つ残っていた。

 上空から見てもわかるほどに巨大な城だ。

 戦女神によると、ここに魔王が居るらしい。

『どうするつもりだ?』

 そう言われてもな。

 レイナ達を降ろしたくはないな。迷ってはぐれてしまいそうだ。

「レイナ、エリューシアの指輪を貸してくれ」

 単身で乗り込む事にした。

「えっ!? 

 どうやって渡せば…」

 俺とレイナの距離は約2m。外したら、遥か真下の地面まで真っ逆さまだ。

「投げてくれ」

「…もう、どうなっても知らないわよ」

 大暴投とはならず、しっかりと俺の手元に指輪は飛んできた。

「じゃあ、行ってくる」

 指輪を装備して、俺は竜の背から飛び降りた。

「ちょっ!?」

 悲鳴が聞こえた気がするが気にしない。

「エリューシア、着地の保護を頼む」

「承知しました。旦那様」

 一直線に、出来るだけ風を受けないように姿勢を保ち、城を目掛けて降下する。

 着地寸前に、風の精霊とエリューシアの力を使い、強引に落下を止めた。

「到着…か

 お世辞でも気持ちの良い空気じゃないな」

 この半壊した城に、魔王は本当に一人で住んでいるのか?

「嫌な瘴気ですね。レイナやアリアを連れて来なくて良かった」

 エリューシアは俺の隣に立って、面白くなさそうに呟く。

「ああでも、考え方を変えれば旦那様と二人きりですから…、うふふ、それは素晴らしい事ですね」

 表情を一転させ、紅潮させ、彼女は俺の腕に絡み付いて来た。そんなに誘惑されるとこの場で襲ってしまうぞ?

「私は構いませんよ? 

 …旦那様?」

 つい、そんな事を言われてしまったから、彼女の美しい金髪を手で梳き、指を絡めてしまった。

「レイナの件、ありがとう」

「いえいえ、旦那様がどうして手を出さないのか…知っていましたから」

 エリューシアが察してくれなければ、色々と拗らせてしまったかもしれない。

 あそこまで、強引に事を運ばなければならない時点で、十分拗れてはいただろう。

 レイナがあまりに何も言わないから、助かっている面も多くある。

 雰囲気も何もあったもんじゃなかった。

「これが終わったら、彼女に時間を割いてあげてください」

「そうする」

 俺も申し訳ないなと思っている。彼女の提案に乗ったのは俺で、俺と彼女にレイナが振り回された形になった。

「ですので今は、私とのデートを楽しんでくださいな」

「言われなくても、そうするつもりだ」

 魔王に出会うまでの間、少しは時間があるだろう。それまでの時間も、大切にしよう。

 彼女の口を塞いでしまおう。

「んっ…」

 可愛らしく、彼女は身体を震わせる。

「…ん、満足です」

「それは良かった」

 前戯は終わった。そろそろ魔王探しを始めよう。

「一番、効率が良いのは…」

「旦那様は聞かずともわかっているのでしょう?」

 彼女に聞く前に、彼女の言葉に遮られてしまう。

「まあ、そりゃあな」

 竜族の長であるガリューレン・ハルバルトより与えられた一振りを、鞘から抜き放つ。

 壁を斬り落として、新たな道を作る。城の中心部に目掛けて、どんな障害すらも斬り捨てて、真っ直ぐに進む事にした。

 腕に力を纏わせ、強引に破壊する。その傍らで彼女を抱き寄せながら進む。

 半壊した城には、俺が壊した物以外にも残骸が転がっている。

 骨や石や布や、本当に様々な物が転がっていた。

 金目の物は無さそうだ。

「…倒すだけだと儲けが無いぞ」

 戦女神から貰う報酬は正当な物だ。それ以上に儲けを出すには、魔王を倒すだけじゃ当然ながら足りない。

 とは言え、仮にも城だった場所の筈なのに、金目の物が一切として転がってない。

 俺の行動に対する対価以上の物を、受け取る事がとても難しいな。いやまあ…考え方は人によるのだろうが。

 戦闘狂であれば、魔王と戦える事に意義を見出すだろう。そこらの城好きであれば、この様に半壊した城に目を輝かせるだろう。

 俺には魔王を倒しに行く事に、報酬以上の意義が見い出せない。

「わかっていたでしょうに」

「まあな。だから、手を掛けてでも魔王を仲間にしようとしている訳で」

 俺の報酬以上の意義は、魔王を仲間にする事だ。

 誤って殺してしまえば、俺に得は無い。

「旦那様、来ましたよ」

「…そうみたいだな」

 まるで怨念を象るかのように、これが人の業であると主張するかのように、大量の人骨が姿を現した。

 霊や呪いの類いなのだろうが、この様な摩訶不思議な存在は、いつ見ても、どうやって動いているのか分からないな。

 骨だけで歩いているのだから、これまた奇怪だ。何か筋肉の代わりになる物があるのだろうな。

 数は多いが、質はどれ程だろう?

 手に持っている剣を乱雑に歩く人骨に押し当てる。

 ガラガラガラと、特に刃を遮る事もなく崩れた。

「手応えが無さ過ぎる。…罠か?」

 この程度なら剣を振る必要も無い。殴る蹴るで十分だ。

「勝手に発生しているだけかもしれませんね」

 彼女はそう呟きながら、人骨の集団の真ん中に、炎球を投げた。

 物凄い音を立てて爆発し、俺までも吹っ飛ばした。

「何気無く投げないでくれ。死にはしないが目は回るんだ」

 思わず毒づいてしまった。

「あら、ごめんなさい」

 巻き込んだ事に今気がついたと、そう言わんばかりの顔をした。

「まあ、助かった」

 数百程居た人骨は、今の一瞬で全てバラバラになっていた。一々壊さなくても良いのは助かる。

「いえいえ」

 毒づきはするが、彼女の単独行動の大半は効率性を重視した物だ。それ以上に文句など出てくる筈もない。

 更にもう一枚、壁を切り崩した。

「聖堂の様な…」

「中々広いですね。旦那さ…」

 大きな影が俺達を覆った、と同時に彼女を抱えて影の下から脱出する。

 それから少しして、大きな何かが降ってきた。

 地面にはヒビが入った。

 …巨人?

「初めて見る種族だな」

 石で出来た巨人、と言えば簡単なのだが、所々人とは言い難い部分がある。例えば、異常に短足で異常に胴長である所とか。

「まあいい」

 道を塞ぐだけなら、倒すだけだ。

 巨人は英雄の剣の一閃を受けて、バラバラと崩れ、倒れた。

「…とうとう魔王のお出ましか」

 巨人が落ちて来た上空から、それは現れた。人の原型は瘴気に完全に覆い隠され、男か女かもわからない。

『お前が魔王か?』

 俺の言葉は届くだろうか?

 …届かない様だ。

 呪詛等の悪い物を取り除く浄化術、俺は不得手だった。

「エリューシア、…頼んでも良いか?」

「承知しました。旦那様」

 後は殺さぬ様に、俺が魔王を中央から動かさなければ良い。

 心に飲まれた憐れな者よ。

 倒して終わりなど、俺が許さない。

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