領主と出会う。

「服…ねえ」

 レイナは困った様に呟く。彼女のお眼鏡に合う洋服がこの店には無いようだ。

「無いなら次に行こう」

 服をアリアに当てて、比べっこしている彼女に促す。

「…そうね、行きましょう」

 また別の店に、また別の店に…と、建物を梯子してアリアに似合う服を探す。

 既にアリアの普段着は買い終えている。今探しているのは、ドレスコードに引っ掛からない様な服だ。

「おっと」

 アリアが大男に当たりそうになったので、咄嗟に軽く手を引き寄せる。

「気をつけてくれよ。アリアが悪い訳じゃないが」

「は、はい…」

 実際、アリアが悪い訳じゃない。向こうが当たりに来たんだろう。喧嘩を買うのは勿論構わないが、時間が勿体無い。

 大男の顔は覚えた。二度目は無い。

「…はー、あんなの居るのね」

 侮蔑的な目で、レイナは大男を一瞬だけ見てすぐに視線を外した。

「相手にしないに限る」

「ま、それもそうね」

 結局、数店を見て回ってもアリアに似合う服は見つからなかった。

 妥協に妥協を重ねて、ドレスコードを満たす一着を揃えた。おまけに俺とレイナの分も買い揃えた。

「この後は冒険者ギルドに行こうと思ってる。ただ、その前に宿にアリアを置いてきたい」

 冒険者という職業がお金が潤沢に蓄えられるものだとは、とてもでは無いが思えない。

 寧ろ貧乏人のその日暮らしというのが、正しいだろう。そんな場所に、多少なりとも金の掛かる奴隷を持っていくのは、事件の原因に成りうる。

 連れて行っても問題は無いが、態々アリアを怖がらせる必要も無いだろう。

「そうね。さっきの事もあるし」 

 レイナは納得してくれた。

 様々な露店をひやかしながら、宿にたどり着いた。

 宿の前に兵士が数人居た。

「こ、こいつです!」

 一人が俺を指さして叫ぶ。初対面の人間にこいつは無いだろう…

「君、少し良いかな』

 叫んだ兵士の上司らしき人間が口を開いた。

『…何が聞きたいんだ?」

 断る理由は無い。…が断らない訳じゃない。

 もっと兵士の練度を上げるべきだな。礼儀作法のなっていない兵士なんて、争いしか生まない。

「竜に乗ってきたのは君か?」

『そうだな』

 竜に乗ってきたからと、急に牢屋に入れられることもないだろう。

 素直に頷いておく。

「我が主がお話を伺いたいと」

 領主なら竜の存在は放っておけないだろうな。彼らの主が領主でない可能性も無きにしも非ずだが。

『この後に冒険者登録をしようと考えていてな

 身分証明書が無いから困ってるんだ

 だから、後に出来ないか?』

 その気持ちはわかるが、こっちも予定を変えたくはない。

「我々が強要する事は出来ない。が、協力してくれればそれなりの対価を用意しよう

 出来れば今すぐに…だ」

 竜を相当に警戒しているらしい。人では手も足も出ない存在だから、仕方が無いと言えば仕方が無いか…

『良いだろう。レイナとアリアも来てくれ』

 彼女達を手の届かない所に置いておくのは、逆に危険だろう。

 レイナは神妙な面持ちで頷いて、アリアの手を引いてくれた。

「ご協力感謝する」

『案内してくれ』

 彼らに囲まれて、俺達は立派な建物の前に案内される。小さな城の様にも見えるが、やはり文化が違うのか、微妙に城では無いようにも見える。

 立派でそれなりに自己主張が激しい建物ではあるが、庶民に圧力を掛けない造りになっている。

 ああそうか、城の作りに教会の様な細部を取り入れているのか。

 この世界にも宗教があるのは知っている。何という名の宗教かは知らないが、その教会で使われている造りが流用されているのだろう。

 建物の中に、兵士の上司らしき人物と共に足を踏み入れる。

 兵士達はその彼の指示で、建物の外で散り散りに分かれていった。

「グラン様。例の方々をお連れしました」

 とある扉の前で、彼は大きな声で告げる。そう言えば、彼の名前を聞いてないな。

 興味が無いからと、人の名前すら聞かないのは俺の悪い癖だな。

「中に案内してくれ」

「…失礼します」

 大きな扉が開かれた。

「態々ご足労頂いて貰って申し訳ない。私の名はグラン・アジットと言う。この街の領主をしているよ」

 彼の主と思われる人物は、奥に見える椅子に座ったままでは無く、腰を上げて出迎えてくれた。

 外見は金髪金目の中年と言った感じ。

『俺の名はアードラと言う。後ろは俺の家族だ』

 レイナらの事を本当に軽く説明する。

「少し話がしたい。座ってくれるか?」

 グランは向かい合った長椅子に手を振った。

『もちろん』

 アリアは立たせるべきかと考えたが、それはそれで違うだろうと思い、彼女にも座るように促した。

 案の定、少しばかりグランの部下が驚きの顔を浮かべた。

 執事が机に飲み物を置いてくれた。

『それで、話とは?』

 黙礼をして、陶器に手を伸ばし軽く口に含む。コーヒーの様な何かだと言うことはわかった。

 嫌いでは無いが、特段好みでもない味だ。

「君が竜に乗ってきた者…で、間違いないな?」

 疑問符を浮かべた様な口調で、彼は尋ねてきた。

『そうだな。正確には俺と彼女が…だが』

 俺とレイナで態々一体ずつ、竜が街に送ってくれた。

「何故この街に来たんだ?」

『それは偶然だ。とある人物に会うための道途中というだけだ』

 竜が俺達を送れる範囲で、魔王の住処に一番近い街がここだったんだ。

「やはり、何か目的があるのか」

『この街には無い。…ああいや、身分証明書を作ろうとは思っている』

 目を細める彼に、きっぱりとお前達の関わる事では無いと宣言する。

「良ければ、君の目的を聞かせてもらえるか?」

『魔王に会う事だ』

 隠すべき事ではあるが、隠さなければならない事ではない。

「…魔王だと?」

『ああ』

「何が目的だ」

『目的が何であれ、貴方には関係ない』

 口調やら目付きやらを鋭くした所で、相手にするつもりは一切ない。

「…君は魔王の味方か?」

『いや?』

「では、人類の味方か?」

『いや?』

 答えは中立。誰かの味方などする訳が無い。する理由が無い。

「…身分証は私が作ろう」

『それはとても助かる。冒険者ギルドに行かなくて良いからな』

 出来るだけ恩を売っておきたい気持ちも分かる。彼がそれで満足をするのなら、この話は受けておく価値がある。

 実際に時短にもなっているから、そういう面でも俺に損はない。

「グルン、例の物を持ってきてくれ」

 執事は一礼して、自らの主の書斎机を漁る。何かを彼に手渡した。

 彼はそれを空けると、中身を差し出す。

『これは?』

「身分を証明する鉄板だ。これがあれば、大体どんな街でも入れる筈だ」

 なるほど。これを持っている事で、領主のお手付きである事が証明されるのか。

『有り難く頂こう』

 この街でやる事は無くなってしまったな。早速、明日には発つとしよう。

 …エリューシアが帰ってきてなかったな。忘れていた。

 彼女が戻り次第、この街を発つとしよう。

『用は済んだのか?』

「ああ、君達に私がすべき事は無くなったよ」

『なら、俺達は失礼するとしよう』

 話す事が無い訳ではない。即座に話を切り上げて帰る必要もない。が、そこまでするほど、俺は彼に興味を抱いていない。

「君、外まで丁重に案内しなさい」

「承知しました」

 名前すら知らない彼が、ここまで俺達を連れて来た彼が俺達を先導した。

 建物の外に出た。空は陽が傾いていた。

 この世界の恒星は、太陽に似ているな。太陽では無い事も、当然ながら理解している。

 何ともまあ不思議な物だと、仕方無く思ってしまった。

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