第二章

石が波紋を広げるように


 俺達は竜と共に生きた。

 木々が枯れ、雪が降る日々もあれば、青々とした木々に囲まれて、暑苦しい日々もあった。

 凡そ季節が一周して、この地で初めて味わった季節の面影が見えてきた。

 レイナは今日も美味しい食事を作ってくれる。

 エリューシアは…俺にはわからないが、何処かを自由気ままに歩いている事だろう。

 彼女はこの土地に来てから、俺と共に居る時間を減らし、自由気ままな生活を送っていた。

 周りの竜らも、俺達が居ようが関係無く気ままに暮らしている。

 そして俺は、ガリューレンに呼び出されていた。

 何かやってしまったかと頭を悩ませても、心当たりが無い事だけが理解出来る。

 やがて、彼が鎮座している洞窟の前に辿り着く。

 洞窟に中に入ると、彼が正面に鎮座しているのが目に映る。

 だがその前に、そんな彼へと続く道に、下僕となる竜達が二直線に鎮座しているのが目に映る。

 それはとても壮大で、厳格な雰囲気を発していた。

 …何度も呼び出されたので、雰囲気にはもう慣れた。

『俺に何の用だ?』

 彼に目を向けて、俺は竜言語で訊ねる。

『下らない世間話をする為に呼んだ』

『文字通りなら、滑稽だな』

 こんな厳格な雰囲気に包まれながら、するのは下らない世間話。これを笑わずに何を笑えば良いのか。

『強者の余裕と言ってくれ』

『俺だから…か』

 彼の下僕に畏怖や驚きすらも、俺は抱かないから「普段通り」に振舞っているらしい。

 これが他者であれば、相手に配慮をして下僕を下げさせたりするのだろう。

 見た者に恐怖させる程に、彼の下僕は強者であった。俺もその強者の存在をひりひりと感じる程だ。

『気を悪くしないでくれ

 それより、気が付いたか?』

『何がだ?』

『お前が我らの土地に住み始めて、一年程経った』

『ああ、それなら季節が一周した事で、朧気に理解している

 この世界の一年がどれくらいなのか、俺はわからないからな』

 わからないから、一々数える事もしていない。何となく、季節が一周したという事だけは理解していた。

『ここでの暮らしはどうだ?』

『前も言ったが、とても心地良い』

『それは良かった』

 眠たげに、彼は大きな欠伸をした。その欠伸であらゆる生物が噛み殺せてしまうだろう。

『近況報告、と言った所か』

『うむ

 …ああ、これを持って行け』

 何か長細い物が投げ付けられた。手に取らずともわかるが、それは剣だった。

 拾い上げて、鞘を抜いた。

『これは?』

『竜族に伝わる剣だ』

 竜族に伝わる剣?

 その図体でどうやってこんな物を扱うと言うのか…

『これは、竜に寄り添ったかつての英雄が使っていた物だ

 今はもう亡き者となった英雄の剣だ』

『…随分と貴重な物を俺に渡すんだな』

 抜いて刃を見れば、それが業物以上の何かである事がわかる。刃を覆っていた鞘も業物だった。

 ここまでの業物が、意味を持たぬ汎用な剣な訳が無い。

 いや…、「英雄の剣」と意味を持っていたのだったな。

『かつても人が生きていたのか』

『その一人だけだ

 我が歳若い頃、同情で拾い上げてしまった赤子の話だ』

 その言葉は哀愁を漂わせ、眠たげな彼の目をギラりと輝かせる。

『…なるほどな

 大切に使わせて貰おう』

 これ以上の言葉は、この剣に対しての問答は要らない。

『お前には、何か無いのか?』

 俺の近況報告をさせたのだ。何か面白い話の一つや二つをしてくれ。

『最近の出来事か

 面白いかはわからないが、一つだけあるぞ』

『…ほう?』

『魔王が現れたらしい』

 …ほう、魔王なんて存在までこの世界には居るのか。復活…か、以前に倒したりしたのだろうか?

『かつての魔王は、我の人の子がその剣で切り刻んだ筈だった

 魔王は我ら竜にとって何ら障害にならん

 故に、人の子は人の子の勝手な事情で魔王を切り刻んだ』

 かつての魔王を倒したのは彼の子だったのか。竜と人とは言え、育てた子の人生に関わった大きな存在なのだろう。

 魔王が気になってしまい、彼らにとっては障害にすらならない存在を、態々調べてしまったのかもしれない。

『魔王というのは、何をする存在なんだ?』

『人の身で有り余る力を翳し、力で人々を屈服させる存在だ

 我らを知らぬ絶対強者、と言った所だろうか』

 人の身で有り余る力を持つとは言え、所詮は人だと彼は言いたいのだろう。

 魔王に興味はあるが、魔王とやらに会う為だけに、この素晴らしい土地から足を踏み出すのは気が引けるな。

 長時間歩くのが面倒に感じられる。

『興味はあるが、魔王とやらは遠くに居るのだろう?』

『興味があるのなら、魔王とやらが現れた周辺国まで送ってやろう

 我も少々気になる、我の変わりに確かめに行ってはくれないか?』

 そこまで言われてしまうと、俺が行かない理由が無くなってしまう。

 俺自身が魔王に興味がある。彼も魔王に興味がある。俺が行くなら竜に近くまで送って貰える。

 行かない理由は無いな。

『行こう

 レイナとエリューシアも連れていく』

『あいわかった

 2体用意しよう』

 俺とレイナでそれぞれ一体ずつ付けてくれる様だ。以前、二人乗りは厳しいだろうと言う話になった。

 それを覚えていてくれたのだろう。寿命が長いと些細な事は忘れてしまいがちだ。それをわかっているからこそ、彼の好意を嬉しく思う。

『身軽で行くと良い

 我らが守る』

『ああ、無駄な荷物は全て置いて行く』

 旅人時代に使っていたリュックサックなどは、もう持ち歩かない。

 レイナの腕輪から出てくる道具で、大半はなんとかなるからな。

 それに、魔王と出会うと言うのに背中に大きな荷物を背負っていたら、格好が付かないだろう?

『出発は明日の夜でどうだろう?』

『…何故夜に?』

 俺の提案に、彼は首を傾げた。

『目立たないだろう?』

『ふむ

 …いや、目立ってくれ』

 答えると、彼は思案げな顔をして言った。

 …何故だ?

『疑問は最もだな』

『答えてくれるのか?』

『お前に隠す必要も無い

 人は竜を恐れる。だから、お前が竜の友であると、後から知られるのは些か面倒なのだ』

『…隠し通せば良いのでは?』

 吹聴する気も無ければ、そんなに長居する気もない。

『それは最もだ

 最もだが、それでは我々が人間如きに、身を隠している様にも思われる

 我らにも種族としての矜持がある

 それに、人間らが全て矮小な存在だとは思わないが、だからこそ、我々は正面から向き合わねばわならぬ』

 竜族が人間を恐れていると思われない様にする為、か。

 人目を忍んで竜族が生活しなければならない環境を、彼は好ましく思わないという事だろう。

 …当たり前か。

『むしろ大々的に、お前が友であると言った方が良いのか?』

『…そうなるな

 それから、竜族の中には人化する術を持ち、人の中に紛れて暮らす者も居る

 お前の名が広がれば、奴らからの接触もあるかもしれない

 …その時はお手柔らかに頼む』

 彼は苦笑していた。

 どうも好戦的な連中が居るようだが、彼の願いだ、殺さない様に細心の注意を払おう。

『我らは種族において、絶対強者である。故に、強者たる振る舞いが求められるのだ

 それはお前にもわかるだろう?』

『…まあ、そうだな』

 神をも殺せる俺は、殺し合いという面に置いて、誰の追随も許さない程の絶対強者だ。

 そして、その俺は幾千年の経験を身に付けているのだ。

 何者かに後れを取る理由も、そのつもりも無い。だが、それが他者を慮らない理由にはならない。

 むしろ寄り添い、長年の知恵や手法を弱者に教え、伸ばされた手を拾い上げてやらねばならない。

 それらは存外、生きる意味を失った絶対強者には、必要不可欠な事だった。

 身を化物に堕とさない為に。

 この身が朽ち様とも、生き恥を晒さない為に。

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