竜の背に乗って、青空の旅を

「…これ、滅茶苦茶怖いわ」

 竜の背に乗ったレイナが、顔を青くして呟いた。

「そうか?」

「だだだって…、持つ場所も無いし座る場所も不安定なのよ!?」

 言われてみれば、たしかにと思わなくもない。

 だが、竜の背は寛げる程度には広々としている。

「飛んでみればわかる

 そこまで怖くはない筈だ」

 彼の背に乗りながら、別の竜の背に乗るレイナに言う。

「酷い…」

 レイナは本当に泣きそうな顔をしていた。

 …どうしたものか。

 レイナを彼の背に乗せるのは、流石に狭さの面もあってとても危ない。

 乗れるには乗れるだろうが、気を抜くと落ちるだろう。

「はあ…

 旦那様、私の指輪を彼女に」

 指輪に戻っていたエリューシアが、俺の隣に現れる。どうやら、レイナの面倒を見てくれるらしい。

 確かに、彼女なら竜に乗る必要も無ければ、地面に落ちる事も無いだろう。

「助かる、ありがとう」

 彼の背から飛び降りて、レイナに指輪を渡した。

「落ちたら助けてくれる」

「…そういう問題じゃない」

 レイナにげっそりとした顔をされた。

 高い所が苦手なのかもしれない。でも、慣れて貰わないとこれからが辛い。

「頑張れ」

 それだけ言って、また彼の背に飛び乗った。

 長らく付けていた指輪を外したからだろう、手には多少の違和感が残っていた。

『そろそろ飛び立つが、向こうは大丈夫なのか?』

「心配して貰って悪いな

 何とかなって貰わないと、これからが困る…」

 彼に心配までされる。確かに心配してしまう程にレイナは怖がっている。

 俺もつい視線がレイナの方に動いてしまう。エリューシアが傍についてくれているから、何一つとして心配する事が無い事も、当然ながら理解してるのに。

『お前がそう言うのなら、我は何も言わん』

 彼は旅立ちの雄叫びをあげる。

 大きな翼を広げ、羽ばたいた。

 ちょうど正面に見えていた木々は、緑は下に降りて行き、やがて真下が全て緑の絨毯になる。

 昨日と同じ光景ではあるが、そもそも、竜の背に乗って青空を飛ぶという経験は、何度しても色褪せる事は無いのではないだろうか。

 …レイナは大丈夫だろうか?

 レイナを乗せている竜の方に視線を投げる。

 彼女は未だに、下を見る事が出来ないようで、顔は正面を向いている。

 けれども、彼女は彼女を背に乗せている竜と会話をしているのだろう事が伺え、頑張って下を見ようとする素振りが見えた。

 少し微笑ましいなと思う。

『気になるか?』

「まあ

 大丈夫そうで、安心した」

 俺自身が過保護であるとわかっているから、彼の言葉に苦笑しか返す事が出来ない。

 彼の後ろを振り返る。レイナを乗せた竜が居て、その後ろに無数の竜が居る。

 その光景はとても壮観で、空から眺める緑色の絨毯よりも、見る事が出来る人は少ないだろう。

 人は翼を持たないからな。…ああ、いや、この世界なら、もしかしたら翼人なんて存在も居るかもしれない。天使や悪魔が常から常駐している世界かもしれない。

 この世界は、俺の楽しみを沢山持っている良い世界だ。

「ガリューレン、俺達は何処に向かってるんだ?」

 俺達の行先を彼らに委ねていた。だから、俺は彼らが何処を目指して飛んでいるのかわからない。

『我らの拠点を目指している

 アードラが我々と共に行動するのなら、拠点は必要となるだろう』

 拠点があるととても助かる。今もそうだが、俺の背には大きなリュックサックがある。それは手軽な旅を妨げ、ひいては今の空の旅の快適さも邪魔をしている。

『アードラ』

「?」

『我々の竜言語を、覚えてみないか?』

「ほう

 …竜言語とは一体なんだ?」

 突然な彼の提案に、興味はそそられるものの、竜言語という存在を俺は知らない。

『今、我が話している言葉は竜言語だ

 これは、お前にどの様に聞こえている?』

「そういう物だと思っていたが、声は聞こえないな

 お前が何を伝えようとしているか、その意味はわかる」

 彼の言葉は理解出来るが、彼の言葉が聞こえる訳じゃない。竜は人の様に話さないのだろう、その様な物なのだろうと、俺は勝手に思っていた。

『これは魔力に言葉を乗せる行為だ

 故に、誰にでも伝わる言葉だ』

「誰にでも!?

 それはとても便利だな

 …だが、伝える事は出来ても聞く事は出来ないんじゃないか?」

 竜言語とは、魔力に言葉を乗せて、魔力を形にして相手に伝える。それ故に、誰にだって通じる言葉である。

 …と、彼は言うが、どうやって相手の言葉を聞いているのだろう?

『言葉は、感情は、案外、気が付かぬ内に魔力に乗って放出されたり、自然に還ったりする物だ

 だから、我は放出されたり、還ったりした言葉を拾っている』

「…つまり、聞き取る技術は竜言語では無い?」

『簡単に言ってしまうとそうなるな』

 彼は竜言語で言葉を紡ぎ、他の言語が乗せている感情や意味を直接受け取っている事になる。

 言葉を介さない会話方法だとでも思えば良いのだろうか。

『竜言語は、万物と対話する事の出来る言葉を作る』

「なるほど

 …教えて貰っても良いか?」

 "万物と"と、態々つけ加えた事に特に意味が無いとは思えなかった。

『勿論だとも

 元々、我が言い出した事だ

 それに、どうせ暇なのだ』

 彼の言葉は、まるで、この世界に来る前の俺を彷彿させる。興味のある事が存在しなくなり、興味の無い事柄を暇だと言い表す。

 前の世界で、俺もそうだった。

 世界の至る所を歩き、時代の流れを感じて生きた。人を助け、英雄になった事もあれば、世界の片隅をも見て歩いた、唯一の旅人にもなった。

「…ガリューレン、私と共に来るか?」

『幸い、お前の様な自由は無い身でな』

 きっと、彼は俺の安っぽい同情を感じ取ったのだろう。自嘲気味に吐き出された言葉は、彼自身を存在させる理由が残っているのだと、そう告げている様にも思えた。

 暫くは彼らと共に生きるのだ。ならば、考える時間は俺の中に沢山あるだろう。

 ならば、彼との関係に長く時間を費やしても構わないだろう。

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