翌朝に

 Change Side



 土の箱に、扉は無かった。

 土の箱の中で、似つかわしくないベッドの上で、私は目を覚ました。

 重たい頭を振るい、昨日痛めた足を労わってみる。

 得に可笑しな事はしてない。けれども、不服はあった。

 痛めた足は、労りに反して未だに悲鳴を上げていた。

 陰陽道を極めるまでには至ってなかったが、私だって、通常の人間とは違い、術者であり、特殊な人間であり、体力や身体の頑丈さに一定以上の自信があった。

 それなのに、何の事ないと彼の後ろをついて行ったら、こうやって足を痛めるざまだ。

 …情けなくもなる。

 似つかわしくないベッドから降りて、扉のない扉をくぐる。

 彼はこの世の物とは思えない絶世の美女…いえ、美少女と共に土の箱のすぐ側で眠っていた。

 元の世界では犯罪者扱いかもしれない。でも、彼の顔も整っていて、とてもではないが悪者には見えない。

 彼女の気持ち良さそうな顔も、より一層に彼が悪者に見えなくなる要因かもしれない。

 彼から貰った腕輪に、安眠に一役かったベッドを仕舞う。

 少しでも彼に恩返しをする為に、私は冷蔵庫を取り出して、コンロを取り出して料理を始めた。

 腕輪から出て来た物が、どの様な構造でどの様な仕組みで、火を吹き熱を持ち冷気を発するのか、私には全くわからない。

 けれども、その仕組みに興味があるかと言われれば、答えは「いいえ」だ。

 コトコトと、さして美味しくもない肉の調理や味付けをする。

 最初に彼が干し肉を渡してきた時は、…まあ、何も思わなかった。

 助けて貰っている身だと言う事は重々承知なので、本当に有り難い限りなのだが、そんな感謝を吹っ飛ばす位の勢いはあった。

 けれど、こうやって手間暇を掛けても、向こうの世界の肉や色とりどりな野菜には適わない事を考えると、全て手軽に干し肉にしてしまって、食事をひたすらに楽しまない様にする事も、一つの手段になるのだろうと納得してしまえそうな勢いだ。

「良い匂いがするな」

 彼が目を覚ましたらしい。

「おはよう、昨晩は有難う

 本来なら私が見張りをするべきなのよね」

 昨日の道中だって、全て彼と彼女に頼り切りで、流石に悲しくなって情けなくなってしまう。

「人それぞれに長所短所あるからな

 それに、人の身であの長距離は辛かっただろう

 気が回らなかった俺にも責任がある」

 本当に申し訳なさそうに、彼は言った。

「どうしてそんな顔をするのよ?」

 思わず訊ねてしまう。

「いや、レイナには無理をさせているなと思ってな

 初めからそうだった

 不平も不満もあるのに飲み込んで、波を立てない様にしている」

 彼はそう答えた。でも、私は逆だった。

 よくもまあ何処の骨かわからない私の責任を取ると宣い、面倒を見て、私の脆弱さを、それに気を回せなかった自身が悪いと言う。

 この世界で私が彼の庇護下に居なかったら、降り立って三日で骸になっていた筈だ。

 陰陽道に通ずる術者であるとは言え、専門外である狩りなど出来るはずも無い。ましてや、怪我をしていたのだから、体力的にどうにか出来るという希望的憶測をする事すら絶望的だったのだから。

 そんな相手に対して、不平不満の一つでも漏らせるのだろうか。

 私は無理だ。そこまで落ちぶれてはいないと、そう思いたい。

 彼に責任を取れと告げた事が、堕ちた証だと言われてしまえば、言い訳のしようも無いけども。

「アードラは私に対して、とても良くしてくれている

 それに応えているだけよ

 それに、貴方は随分な優良物件よ」

 悪い人じゃない。いやいや、むしろ良い人過ぎるだろうとさえ思う。

 私だって若い女じゃない。恋を優先させられる様な気持ちはもう無い。

「丁度、良かったのよ」

 それがとてもしっくり来た。出会いなんて大体は偶然だ。必然だって人が作った物で、どんなに頑張っても最初は偶然に辿り着く。

「お前はいつもそう言うだろう?

 後悔なんて無いと、そう言うだろう?

 俺はそもそもの話、天照大神と俺の会話をお前が理解し切っているとは思っていない」

「…だから?」

 確かに言われてみれば、彼はずっと責任が…と私に対して繰り返しているイメージがある。

 その度に私は「そう言う事もある」と、特に気にする事も無く流して来た。

 取り敢えず話を促してはみたが、確かにそうだと、ふと思ってしまった。

「どうして、その話に触れようとしないんだ?」

「どうしてって…それは、私に何か問題があって、超常の存在でもどうしようも無かったからで…」

 私は神々の対応に否を唱えるつもりも無ければ、案外、あっさりと受け入れてしまっている。

 人が考えてもわからない物は沢山ある。物の怪だって良い例だ。

「どうして私が…とか、思わないのか?」

 彼の声音は心底不思議そうで、彼の瞳は私の答えを待っていた。

「思わないわね。…忙しいからかしら?」

 そう思ったら飯の種になるのかしら?

 現状が変わるのかしら?

 いえ、別にそう思う事が悪いとは思わないけど、私は必要だとは思わない。

「そういう物なのか」

「仮に思ったとしても、いちゃもんみたいな物じゃない?」

 自らの出自や身体的な事を「何故?どうして私だけ?」と悔やむ事は、単純に自身を受け入れられていないだけな気がする。

 それを人のせいにするのは私的には、とても面白くない。それこそ、思いたくないと思うくらいには。

「いちゃもんみたいな物かもしれないが、それでも俺はお前を助けた

 駄々こねられる事も承知の上で、俺はお前を助けた

 …だから、少しだけ肩透かしを食らっている気分だな」

「…何それ、口説いてるの?」

 思わず、悪態の様な言をついてしまう。

「いや、そんなつもりは無い」

「それはそれで辛辣ね」

 口説いていると思われても仕方の無い言の葉を、そんなつもりは無いと言われるのも、それはそれで傷付く。

「あー…いや、悪かった」

「やめてよね

 そうやって謝られても、傷付くのは私よ?」

 深く傷付いた訳でも無いし、数分経ったら忘れているだろうと思う位の事柄だけれども、敢えて巫山戯てころころと笑ってみせる。

「こんな事を、こんな場所で言うのはあれだが…

 レイナはとても素晴らしい女性だ」


 …


 …


 …


「はっ!」

 まさか彼からこんな事を言われるとは思わなくて、つい思考が固まってしまった。動きも止まってた。

「こんな事しか伝える事は出来ない

 いずれ、その先にも行く事があるだろう

 それはその時に言わせてもらう」

 なんか焦げ臭いがする、と思ったら不味い、非常に不味い、調理の手も止まってたみたい。

「タイミングが悪過ぎるわ!!

 女心が本当にわからないのね!?」

 思わず叫んでしまう程に私は焦った。

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