帰路に着いた後で

 何者かが侵入した気配も無い。

 魔法陣などの罠が動いた気配も無い。

 結界を解いて、女の様子を見る為に建物に入る。

 …その前に、拘束したエルフと獲物は外に置いておく。

 建物の中に足を踏み入れた。

「生きてるか?」

 返事は無かった。

 横になっている彼女の首元を触る。

 死んではいない様だ。

 熟睡しているのだろう。

 彼女が起きるまでの間に、獲物を解体してしまおう。

 荷物の中にあった解体用の刃物を持って外に出た。

 転がしたエルフの隣で、さっさと解体を始める。

 妖精王だった者を呼び出して、切り出した肉を燻製にして行く。

 俺は肉を切り取り、妖精王だった者に渡す。

 妖精王だった者は木の枝に肉を刺して、火で炙る。

 それを繰り返すだけだ。

 毛皮を鞣そうかとも思ったが、そこまで得意でも無いし必要性も感じないから、やらなくても良いだろう。

 妖精王だった者の名は…俺も覚えていない。

 彼女とは幾千年の仲であるが、名前を呼ぶ事は殆ど無い。

 流石にこうやって何度も呼び出していると、呼び名が無いのも不便だな。

 元の世界では多くても一年に一回呼び出すか否かだった。

「名前、欲しいか?」

 手を動かしながら、彼女に問い掛ける。

 彼女は首を縦に振った。

「…そうか」

 とは言え、こんなに綺麗で可愛らしい女性に負けない様な名前を、簡単に思い付く訳が無い。

「エリューシア」

 神々しい響きの名前が良いだろう。

 どうだろうか?

 すると、妖精王だった者は光輝き、妖精王だった者からエリューシアになった。

 半透明だった身体は血を宿し、髪には金色が宿った。

「これは…凄いな」

「やっと…」

 聞き慣れない声が聞こえ…エリューシアが言葉を発した!?

「…話せるのか?」

「はい

 今、話せる様になりました」

 そう言って、エリューシアはニコりと笑う。

 その顔はとても可愛らしく、そして神々しかった。

「名付けでこうなるとは」

 今まで彼女を指輪に入れているだけだった。

 あくまで妖精として神々しいと思っていたのだが、名付けをする事で受肉をしたのだろう。

 人として、可愛らしく神々しくなった。

「今まで仮契約だったのですよ?

 旦那様?」

 …俺は今更ながら彼女と契約したらしい。

「エリューシアみたいな美女から旦那様と言われるのは、枯れた俺でも心臓に悪いな」

 うっかり熱くなってしまいそうだ。

 妖精王だっただけに相応しい美貌も抱えている。

「すっかりお熱なのですか?」

 妖精らしい悪戯好きな顔で、彼女は俺の顔を覗き込む。

 俺とは違って、魔法で肉を浮かせ、燻製にする為に炙っていた。

 俺は彼女の顔を見ながらも、解体を続ける。

「どうやらそうらしい

 数千年とこの様な感覚にはならなかったのだが…」

 そんな情欲を彼女に抱くつもりも無かったのだが、致し方ないと言えるだろう。

 彼女の肌を触りたいとは思うが、血濡れになった手で触れるわけにもいかない。

「旦那様は正直なのですね」

 クスクスと上品な笑いを浮かべる。

 彼女を人に見せるのは良くないだろうな。

「指輪に戻る事は出来るのか?」

「勿論でございます

 この様な事も出来ますよ」

 受肉する前の姿になった。

 妖精王だった者の姿だ。

「上品で美しいな」

「…ありがとうございます」

 エリューシアの姿になった彼女は、少し照れながら口にした。

 褒められ慣れてはいないらしい。

「これで最後だ」

 獲物の全てを解体し終わった。

 エリューシアに燻製にしてもらう為に肉を渡す。

 エリューシアはそれを手で受け取らずに、ふわふわと浮かばせて煙にくべる。

 …さて、このエルフはどうしてくれようか。

 面倒を見るのが面倒くさい。が、このまま捨てるのも殺すのも勿体無いのはわかる。

 このエルフは戦利品だ。どうにか価値のある物に変えられないだろうか?

 紐を解いたら寝首を搔く可能性の方が高いだろう。

 かと言って、味方に引き込む為の説得をする気力も起きない。

 なら、眠っている女にエルフを与えよう。

 陰陽道に精通しているのだから、エルフを飼い慣らす事も造作の無い事だろう。

 俺もエルフの行動を縛る事は出来るが、縛る意味が無いからな。

 エルフに何かを頼む前に、妖精に何かを頼むだろう。

 エルフの周りに逃げない様に魔法陣を描く。

 描き終えてから、縛っている蔓を解く。

 拘束を解いたら、すぐに逃げ出そうとするだろうと思っていたのだが、エルフは俺の顔をじっと見るだけだった。

 俺の考えを探ろうとしているのだろうか?

 それとも、俺の顔に何か付いているのだろうか?

 いやまさか、考えを探っているだけだろう。

「旦那様」

「終わったのか。ありがとう」

 エリューシアに任せていた作業が終わったらしい。

「…戻るか?」

「もう少しお戯れを」

「そうか」

 指輪に戻るかと訊ねたが、彼女は首を横に振る。

 今までは事が終わるとすぐに指輪に帰っていた。何か顕現し続ける事にデメリットがあったんだろうな。

「戻りたくなければ戻らなくても構わない」

「では、その様に」

 俺の隣にエリューシアが立った。

「エリューシア、今後はどうするのが良いと思う?」

「旦那様のお好きな様になされば良いかと」

「やりたい事が多過ぎて悩んでるんだ

 エリューシアにやりたい事はないのか?」

 等しくやりたい事は多くあっても、一番やりたい事は俺の中には無い。

「私は…今は、旦那様のお傍に居られる事が幸せでございます

 前の世界では、旦那様から名前を貰う事も、受肉する事も制限されておりました故」

 制限されていた…か。

 何となくわかってはいたが、やはり、そうだったのか。

「可愛い事を言ってくれるな」

 エリューシアの頭を撫でる。

「…気持ち良いです」

「そうか」

 絶世の美少女にそんな事を言われると、何と言うか、こう、破壊力が凄いな。

「疚しい気持ちになりそうだ」

「手を出してくれても構わないのですよ?」

「こんな外で大っぴらに?

 …それは遠慮したいな」

 手を出してくれて構わないと言うのなら、文字通り手を出そうと思う訳だが、生活基盤も整っていない土地で、こんな美少女を抱くとなると気後れするのは当然だろう。

「いずれ、な」

「言質は取らせて頂きました」

 これは早々に生活を安定させなければならない様だ。

 女の怪我が回復し次第に、この土地を移動する事としよう。

 建物を造るにしても、この場は神の土地。

 これ以上に荒らす訳にはいかない。

「楽しみだな」

 その時が来るのが楽しみだ。

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