EPISODE6  少女の息吹く剣閃

「——一閃ッ!」


 苺のよく通った掛け声が響くと同時、唸ったレイピアの切っ先は主と共に倫語の掌へと収まった。

 ここまでの時間、コンマ数秒。未だに苺が居た位置には残像があり、一拍挟んだ後に時間差で衝撃波が庭の草花を宙へ舞わせた。


「はは、流石『閃剣・スキップアウト』……『魔剣都市』最速の称号に恥じないイカれっぷりだ」


 ケラケラ笑って失礼な賞賛をしてきたカウンセラーに、苺は肩で荒く呼吸をしなが

ら、


「次は……本気で……刺しますよ……?」


 眼鏡の奥で瞳を鋭く細めて言った。だが、勿論、その脅しが実現することは無い。

 再び『スキップアウト』で一閃しても、倫語がかざした掌——正確には赤黒い雷光によって威力は赤子を捻るようにして掻き消されてしまう。


「まあ、僕の『龍魔術』が苺君のレベルアップに役立つのだから、これほど先生冥利に尽きることは無いんだけど……その、やっぱりサンドバックにされている感じが否めないのですが……」


「気にしないで下さい、我が師」


「君がそう言うと、まるで闇の術式を講じているような感じにさせられるよ」


「さ、次行きましょ、次」


 著しく体力を消耗するも、すぐに回復して再び閃突の構えを取る苺。

 今、彼女と倫語はカウンセリングルームの裏にある小規模な裏庭で、特訓をしていた。

 内容は、苺が速く『スキップアウト』を制御でき、実戦でも難なく扱えるようにするためといったものである。


 最初にそれを申し出たのは苺本人だったが、ゼロニアと彼が煽動する『疑似魔剣』を振るう『マイナス』、そして何より『剣舞祭』に起こるだろう大規模な騒乱のことを危惧していた倫語からすれば、断る理由など皆無だった。


 寧ろ、倫語自身も早く彼女に剣術のコツを掴んで欲しいと思っていたのだ。

 この世界で生きていく以上、魔剣による魔剣同士の戦いと選定からは逃れられない。だからこそ、『転入生』である苺には早く成長してもらった方が、彼女の処遇に少なからず関わっていた倫語からしても安心出来る。


 それに、この蓮暁女学園には、学生ながら都市有数の実力を誇る者達も居る。

 例えば、『魔剣都市』創造時、もしくはそれよりもっと前から『魔術』や魔剣に関しての研究に傾倒しており、都市が創造された瞬間から絶対なる実力者として名が知れ渡っている、名家・粋羨寺家の子孫である粋羨寺色舞。


 善悪問わず、彼女の名を知る者は多いが——、


「苺さぁ~んっ! 差し入れに参りましたわっ!」


 そんな彼女も、一昨日の日比谷博彦による学園侵入事件以降、苺に首ったけのようだ。


「あれ、粋羨寺さん? 取り巻きの人達とアフタヌーンティーの筈じゃあ……」


「わたくしも毎日のように彼女達と戯れているわけではございませんのよ? それに、恩人でありライバルである貴女が特訓をしている以上、このわたくしが後れをとる訳にはいきませんわ。それと——」


『紅蓮の剣姫』は苺の頬に片手を添えると、女神の如き表情で、


「色舞……って呼んでくれないと、悪戯してしまいますわよ?」


 と、小悪魔めいた声で言うのだった。


「だ——ッ‼」


 その情景。倫語にとってはこの上なく不意を突いた一撃であり、心臓を穿つ一撃としては十分過ぎるものだった。


「先生、気持ち悪いです。いくら百合好きだとしても、生徒同士の触れ合いにまでフィルターかけるなんて……」


 まるでゴミ以下のリサイクルすら出来ない何かを見るような目で軽蔑を露わにする苺に対し、倫語は「分かってないな」と弁明する。


「百合とは、ではなく、、なんだ。自然現象であり、天然記念物。ならばその一瞬、百合畑に誘われた者として見逃すわけにはいかないではないか!」


「この自称スクールカウンセラー、なんとかなりませんの? 発する言葉全てに、まるで使い古されたのりが張り付いているように、ネチネチと纏わりつくような不快感を催しますわぁ」


「それは言い過ぎじゃないかな⁉」


 さりげなく苺の前に立って彼女を庇う色舞の姿勢は、倫語にとって祈祷対象。しかし、『剣姫』が放った罵声は、どんなに鋭利な魔剣よりも鋭く、獰猛に倫語のハートを抉った。


「とりあえず、特訓続けていいですか? 粋——色舞も一緒にやる? 先生めがけて剣術ぶっ放せばいいっていう、至ってシンプルな内容よ」


「分かりましたわ。壁当ても、一人でも多くの仲間とやった方が楽しいですものね」


 少女達の士気が謎に高まっていく。そして糸義倫語。良い歳してとうとう壁判定さ

れる。


「まあ、これもメンタルカウンセラーとしての務め。よし、どんと来なさい!」


 そうして倫語は『龍魔術』を展開。

 その赤黒く禍々しいとまで評される雷光を目にして、色舞の目の色が変わった。


「これが、『龍魔術』……」


 驚愕に見開かれた双眸。例えるなら、『絶対に勝てない相手』と対峙した瞬間と酷似する恐怖。色舞はそれを、場数を踏んでいく中で二度、味わったことがある。


 一度目は、師である祖父と剣を交えた時。あの『剣皇』と親しい間柄にあり、『魔剣都市』創造以降、積極的に発展に助力していたという。


 二度目は、その『剣皇』。彼が抜剣を成した瞬間——いや、厳密に言えば、出会った時既に、心の奥深くに敗北を刻まれていた。まるで見えない剣の斬撃を受けたかのように。


 糸義倫語は、彼らと同じ情景を色舞に見せた。


 どうあがいても埋まることの無い壁。何をしても、皮膚の一枚すら、掠り斬ることが出来ないと、心に刺突を受けた。

 不可視の剣閃。気迫と言う名の魔剣。


「苺さん、貴女……」


 どうして真っ向から対峙できるのか。何故、あれ程の化け物を前にして、まともに立っていられるのか。


「色舞にも見ていて欲しい。それで、何か欠点があったら遠慮なく言ってね」


 研ぎ澄まされた集中力を感じさせる双眸で色舞を見遣りつつ、苺は己が構える『スキップアウト』に身を委ねる。


 人剣一体。剣と同調し、共に鼓動する。その一瞬に他方からの侵害は無く、あったとしても、それを成した者は次の瞬間には後悔の念を抱くだろう。

 何故なら、『剣を振るうことなく剣に敗れる』ことは、魔剣術士にとって何よりも不名誉でプライドが赦さない仕打ちなのだから。


 それほどまでに、夜桜苺と『閃剣・スキップアウト』は、人智を越えた集中領域を作り出していた。下手に踏み込めば最後、並みの者ならその場で心を切り刻まれる程に。


「行きます」


 倫語は、一体、苺にどれほどのセラピーを施したのか。その内容、支払われる代償などに目を向けた、その時。


「——一閃ッ‼」


 ——凄まじい衝撃波が巻き起こったと共に、苺の姿はもう、目の前からは消えていた。

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