第24話 北のかみさま
むかしむかしの、ある冬の日のことでした。
ある山間の小さな村に、北のほうから、神様が歩いてきました。
神様は、ショートカットの可愛い、裸の女の子の姿をしております。
「さて困った。思っていたよりも 時間がかかってしまった。しかももうすぐ、雪がふる」
陽がかたむいた空には、黒い雲がわきだしています。
村の中ほどに、なかなか立派なお屋敷を見つけた幼女姿の神様は、一晩だけ休ませてもらおうと、お屋敷の門をくぐりました。
「ごめんくださーい」
広い屋敷の大きな玄関で声をかけても、返事はありません。
「ごめんくださーい。ごめんくださーい」
何度か声をかけると、屋敷の奥から、めんどうくさそうに、一人の中年男性がノロノロとやってきました。
男性は、なかなか立派な身なりをしておりますが、だらしなく太っていて、裸の少女をノラ犬でも見るような目で、見下ろしております。
「これはこれは お屋敷のご主人ですか? わたしは 北のほうから南へと旅をしている 神でして–」
事情を説明しているにもかかわらず、中年男性は言葉をさえぎって、言い放ちます。
「なんだ、裸の子供ではないか。私は立派でゆうふくな人物か、金になりそうな大物としか会わん。とっとと出て行け!」
そう言うと、自らほうきを持ちだして、らんぼうに、裸の少女を追い出してしまいました。
「やれやれ、大変な目にあったなあ」
神様はまた南へ歩くと、村のはしで、小さな農家を見つけました。
「ごめんくださーい」
挨拶をすると、すぐに若い女性の声がします。
「はーい」
戸が開けられると、貧しい身なりでも綺麗な娘が、裸の幼女に気がつきました。
「あらまあ、こんな寒い日に、裸の女の子が。お前さん」
女性が家の中に声をかけると、若い男性がやってきます。
「裸の女の子だと? こんな寒い日に、低体温症になって風邪でもひいて肺炎にでもなったら 大変のことだ。すぐに上げておあげ」
若い男性も、貧しい身なりでしたが、裸の少女を手厚く招き入れました。
「これはご親切に。実はわたしは、北のほうから南へと旅をしている神でして。こんや一晩、土間のすみでけっこうですので、休ませていただけませんか」
少女が何を言っているのかわからず、二人はきょとんとします。
「まあ、信じられなくてもむりはない。こんな感じです」
と言いながら、幼女の身体が輝くと、ふわりと浮かびあがります。
「なんと! あなた様は 神様でございましたか!」
若い二人は、あわてて頭を下げて、尊意をあらわしました。
「いやいや、信じていただければ何より。それでは、ちょっと土間で 休ませてもらいましょう」
ショートカットの幼女神様が、土間に腰をおろそうとして、二人はあわてます。
「どうぞこちらへ。たっぷりと 温まってください」
「これからごはんにしますので、どうぞご一緒に」
神様を炉端の前にまねくと、女性が木の椀を三つ用意して、晩ごはんです。
「野菜の粥しか ありませんが」
「いやいや これは暖まります」
神様は、二人と食事を楽しみました。
若い二人は夫婦で、小さな畑で、米や野菜を育てております。
冬は農閑期なので、藁を使って草履をあんで、近々、山の向こうの街へと売りにゆく予定でした。
「なるほど。わたしもいま、南の神様のところへ向かっている途中でして。南の神様の娘を、嫁にもらいにゆくのです」
「「ははあ…それはそれは…」」
幼女が嫁をもらいにゆくという、神様のしきたりは、二人にはよくわかりません。
「旅路に思ったよりも時間がかかってしまい、しかも今夜は雪がふります。村のお屋敷で休ませてもらおうと たのんでみましたが、追いだされてしまいました」
笑いながら話す幼女神様に、青年は申し訳なさそうに、土下座をしました。
「その屋敷の男は、わたしの兄でございます。神様に対して、なんと罰当たりな事を。兄に代わって、おわびいたします。実は兄は、亡き父から屋敷を受けついでからというもの、誰に対しても あのような態度でして。とにかくお金ばかりを大切にして、奉公人もみんな、給金が惜しいからと、やめさせてしまうしまつです」
若者は、家事をみんな若者に押し付ける兄についてゆけず、屋敷を飛びだして農民となって、この女性と出会い、結婚したのでした。
「それはそれは。しかし、このような優しく美しい娘さんと結ばれたとは、屋敷を出て良かったのでは」
「はい」
照れ笑いをする夫に、妻は恥ずかしそうに、顔をかくしてしまいました。
その夜、神様の言うとおりに、雪がふりました。
雪は、朝にはやんでいて、とけたので、幼女神様は南へと出発しました。
それから時がすぎて、ある夏の暑い日の事です。
南のほうから、神様が歩いてきました。
その姿は、ショートカットの幼女と、長い黒髪の幼女と、更に小さな幼女が三人で、みな裸です。
ショートカットの幼女神様が、村のはしの小さな農家の前で、立ち止まります。
農家の畑では、稲の穂が、グングンと育っております。
「ここだここだ。ごめんくださーい」
「はーい」
声を掛けるとすぐに、若い女性が顔を見せます。
若妻のお腹は、新しい命が宿り、大きくなっておりました。
「これは 神様。こぶさたしております。お前さん」
青年もやってきて、二人は恭しく礼を捧げます。
「お二人とも、お久しぶりです。このとおり、無事に嫁を貰えました。あなたたちのおかげです」
ショートカットの幼女神様が、黒髪ロングの幼女神様と、更に幼い幼女神様たちを、紹介してくれます。
「「こ、これはこれは。おめでとうございます」」
みな裸の幼女にしか見えなてので、若夫婦もすこし、とまどいました。
「ああ、神様どうぞ、おあがりください。うちで休んでいってください」
「これはこれは。では えんりょなく」
神様たちが上がると、若妻は井戸の水を湯飲みにすくって、もてなします。
「何もありませんが、井戸の水は冷たいので」
「おお、これはありがたい」
暑い日に、冷たい水は、なによりのごちそうです。
一休みした神様一家は、北の地へと出発します。
「どうもありがとう。おせわになりました」
歩きだしてすぐに、ショートカットの神様は、黒髪ロングの幼女神様に語り掛けられ、思い出しました。
「ああ、そうだった。忘れるところでした。秋がすぎたころ、この村だけでなく近隣の村で、大変な疫病が蔓延します。どうかお二人は、藁で紐をこさえて腰に巻いて、家の入口の柱には、うまれてくる子供とお二人の名前を書いた札を、さげておいてください。そうすれば、その家と家族は、疫病をさける事ができますので」
そう言い残して、神様一家は北へと帰ってゆきました。
それから、夏が過ぎて秋の収穫を終えた農閑期になって、若夫婦のあいだには玉のような男の子がうまれました。
そして近隣の村では、神様の言う通り、疫病がはやりはじめました。
若夫婦は神様の教えの通り、藁で編んだ紐を腰に巻いて、家の入口の柱に家族三人の名前を書いた札を、さげました。
兄は笑ってばかにしましたが、村で疫病がはやると、兄の屋敷は病気で苦しみ、若夫婦たちの家だけは、病気にかかりませんでした。
それ以降、この地方では病気がはやると、腰に紐を巻いて、家の表札に名前を書く習慣が根付いたそうな。
~終わり~
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