第2話 つるつるの恩返し

 むかしむかし、ある村に貧しい青年が住んでおりました。

 今日も、いつものように山から薪を拾って、町まで売りに行った帰り道。

 青年は、一羽の丹頂鶴の若鳥が、罠にかかっているのを見かけました。

「おや、可哀そうに。今すぐワナを解いてあげるからね」

 心優しい青年が罠を外してあげると、丹頂の若鳥は飛び去ってゆきました。

「若鳥というより、ヒナくらいの感じだったなあ」


 その夜、外は季節外れの雪がシンシンと降り続いておりました。

 青年が炉端で暖をとっていると、外から少女の声が聞こえてきます。

「もし…夜分遅くに、ごめんくださ~い」

 なんだか子供のような話し方でもあります。

 青年が戸を開けると、そこには一人の裸な少女が立っていました。

 長い黒髪もサラサラ艶々な少女は、なんだか幼女以上&少女未満みたいな、幼い印象と身長と、神秘的な容姿をしています。

 頭には、小さくて丸い、不思議な赤い被り物を乗せておりました。

 その姿は、なんとなく丹頂を思わせます。

 そして、黒髪も豊かで柔らかな少女は、つるつるでした。

「おや、お嬢ちゃん。こんな雪の夜中に、どうしたんだい?」

「はい。えっと…そうそう、両親と死別して、見知らぬ親戚の家を訪ねて山を越えようとしていたところ、道に迷ってしまいました。どうか一晩、泊めていただけないでしょうか?」

「それはお困りでしょう。さあさ、何もありませんが、どうぞ」

 青年が親切に家へ上げると、裸の少女は青年と向かい合って、暖をとりはじめました。

 青年の家には、障子を隔てて、機織り台と僅かな糸が置かれておりました。

「機を織られるのですか?」

「ああ、これは私の母が使っていた機織り台と糸です。昨年、母は亡くなりました。私は機織りが出来ないのですが、母の形見でもありますし、そのまま残してあるのです」

 青年の話を聞いた少女は、立ち上がると、機織り台に触れて、尋ねました。

「泊めていただくお礼に、この機織り台で反物をこしらえて、宜しいでしょうか?」

「それは構いませんが」

「では、これから反物を織ります。この障子の向こうは、決して覗かないでくださいね」

 少女と約束をすると、障子は静かに閉じられました。

 青年は気になりながらも、明日の仕事の為に、床へと入りました。

 翌朝、青年が目覚めると、少女が台所でご飯を作っておりました。

 丹頂黒髪の少女は、裸に前掛けだけの姿です。

「やあ、なんと良い香りだ」

「おはようございます。もうすぐ朝ごはんができますよ」

 二人は一緒に朝ごはんを食べると、青年は山へ、町で売るための薪を集めに行かねばなりません。

「あ、お待ちください」

 そう言って、少女は反物を手渡しました。

 それは、とても艶があって美しく、手触りもスベスベで、青年が見ても上質だとわかります。

「こ、これは?」

「はい。昨夜 織らせていただいた反物です。これを町で売って、また新しい糸を買ってきてくださいな」

 そう言われて、青年は町の呉服屋さんに、反物を売りに行きました。

 呉服屋さんは、その美しい反物にたいそう驚き、喜び、高値で買い取ってくれました。

 女性のお客さんたちも、見たことのない美しい色合いに、みな心を奪われています。

 青年は、少女に言われた通りに新しい糸を買って、更に美味しい食べ物も買って、それでも十分に暖かい懐で、家に戻りました。

「やあ、ただいま。お前さんが織った反物、とても評判が良かったよ」

「それは宜しかったです。それでは、また新しい糸で、織らせていただきます」

 少女が織った反物は、また評判が良く、更に高く売れて、また青年が糸を買って帰り、少女が織って。

 反物のおかげで、青年の家は裕福になってゆきました。

 そうして何日か、ともに暮らしてゆくうちに、青年は、どうしてあの少女が美しい反物を織れるのか、気になり始めました。

 しかし、裸の少女が反物を織っているところを見てはいけないと、約束をしています。

 それ以上に、実は、あの愛らしく美しく優しい少女に、心が惹かれてなりません。

「ああ、どうしても気になってしまう。少しだけなら」

 ある夜、青年は少女との約束を破って、障子を少しだけ引いて、こっそりと覗きました。

 機を織っていたのは、黒髪の少女ではなく、一羽の若い丹頂でした。

「お、お前は」

「ああ、約束を破ってしまいましたね」

 裸の黒髪つるつる少女は、以前、青年が罠から助けた丹頂でした。

「あの時の 丹頂だったのかい」

「私の正体がばれてしまっては、もう一緒にはいられません」

 そういうと、悲し気な若鳥は新しく出来た反物を差し出し、別れを告げました。

「待っておくれ。私はお前と、ずっと一緒にいたいんだ」

「私は人間ではありません。鶴です。つるつるです」

「鶴でもつるつるでも、私はお前を愛しく想う」

「…はい」

 青年の真摯な真心を、黒髪全裸つるつる少女は受け入れました。

 こうして、二人は末永く、仲良く暮らしましたとさ。


                        ~終わり~

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