第5話 取材九日目(処刑の二日前)、竜

 

 神々の意向を調べる。

 といっても、一介の記者ごときが、できることなどたかが知れている。


 神崎恵那えな神出鬼没しんしゅつきぼつ、というよりも主神であるため、我々の住む次元に姿を現すことがめったにない。あっても私なんぞが感知するなどできはしない。


 次。


 神崎恵那配下の天使、その最高幹部の十二使徒。熾天使セラフィム


 十二体いるわけだから、誰かには会えるかと期待したのだが。

 宇宙を管理する役職のこの連中。宇宙の果てから果ての各所に散らばっており、いちばん近い奴のところへ到着するまでに数十万年かかる。着いたときには別の場所に移動していることだろう。

 高位の天使は距離を超越する。

 宇宙船のワープエンジンをのぞき、光速の壁を越えられない私らとは違う。


 さて、最後。

 竜族の当主で半神の神崎沙理亜さりあ、それに副当主のジークフリート。


 この二人は、妙だ。

 当主は、過去五百年にわたって消息不明。私が調べた範囲では、その間に宇宙にいた痕跡こんせきがない。

 副当主もそうだったが、二年前にひょっこり姿を表した。竜族の噂を聞くと、どうも変だと首を傾げているらしい。

 実質的なトップのくせに、竜族の政務は全く手をつけずの丸投げ状態。

 一方で、魔界にある収穫惑星(人間だけが住んでいる)と、天界とを頻繁ひんぱんに行き来している。


 今回の魔王の死刑執行、竜族の協力を得ると報道されていた。天使もそう発表した。

 神崎沙理亜がいないのならば、協力者はジークフリートか、その息をかかった者ということになる。魔王を殺す話、魔界を敵に回す話だ。政治マターであり、当主か副当主の許可なしにできるわけがない。


 ないの、だが。

 どうにも妙だ。


 そもそも論として、竜族が魔王と敵対行為をとること自体が異例中の異例で、私が知る限りでは初めてである。過去二十万年までさかのぼって記録を洗ったが、見当たらなかった。


 うーん……しかし、魔王の処刑、死刑執行は竜族が実施することは、天使たちが公式の場で発表したわけであるし。


 これがガセネタだったら、天使が竜族の名を騙ったことになる。外交問題、というよりも、天使対竜族の戦争が起こり得る。

 他国の国家元首を殺害するという案件に、無関係な第三国を鉄砲玉に仕立て上げることがどれほどやばいことか、少し考えればわかる話だろう。


 ともあれ。

 直接あって聞いてみるのが早い。アポイントメントの打診をしたら、わりとすんなりと取材を受けてくれるといった。

 約束の場所まで船で向かっている。指定時間の十分前に着く予定で、あと少しすればジークフリートの姿をおがめる。


 どんな奴だろうか。

 竜は巨大なものになると、全長数十万キロの体躯を持ち、星を主食にする。バハムート級と呼ばれる奴らがそれだ。

 竜族の当主と副当主は、そのバハムートを従える。

 さぞやいかめしく、強大な竜なのだろう。

 写真を撮らせて欲しい、なんていったら怒られるだろうか。

 などと、くだらないことを考えつつ化粧を整えていたら……。


「へ?」


 穴が、開いていた。

 私が乗っている宇宙船に、穴が。

 まだ五十年ほどローンが残っている私の大事な大事な船に、穴が。

 危険区域を通行することが多すぎるので、保険を組もうとしたら保険屋からお断り見積もりを出された船に、穴が。


「ええええええええ!?」


 重低音の警報が鳴る。数百匹の猿がうなり声をあげるのに似た音だ。

 穴から、宇宙の真空にめがけて船内の空気が漏れていき、私の身体も外に投げ出されかけた。もしもかがまず、起きていた体勢のままだったら、床と壁に複数設置していた非常用スロープに伸ばした手は届いていなかっただろう。


 ぐしゃりと、音がした。

 気圧が急激に変わる。船内の空気と、宇宙空間の真空が交じり合って風が私の全身を揺さぶった。船にある私物が外に放り出される。私の自慢の黒髪が外に乱れる。

 スロープを持った手が痛い。

 穴が広がっていく。

 型落ち中古品とはいえ、宇宙船なので耐デブリ用のフィールドを張っているし、四枚ある複合装甲は戦車のHEAT弾頭でも十発までは防げるカタログスペックを誇っているのに。

 おやつを食べるくらいのお手軽さで、バリバリと壊されていく。

 たぶん、生き物だと思う。

 でかい。

 牙だった。巨大な牙だ。船に数メートルの穴を開けたのは、生物の牙だ。

 資料を思い出す。動画で見るのと間近で実際に見るのとでは大違いだった。

 ドラゴン

 神崎姉弟を当主とあがめる、翼を持った超生物のトカゲ。



 食われた。

 船ごとだ。

 舌が私の身体に触れて、ぬらつく唾液が身体に不快にまとわりついた気がする。気がする、というのは、ドラゴンの口腔に入った瞬間、溜まっていた有毒ガス(が原因だと推測される)によって意識を失ったからだ。


 ………………………………………。


 …………………………。


 ……………。





 起きた。


「ここは……?」


 頭上にはシャンデリア。明かりがついてキラキラしている。

 仰向けに寝そべった肩から腰と尻にかけて、柔らかいものが当たっている。もふもふする手触り。

 視線を下げると、豪華なソファに寝かされているのが分かった。

 年輪が分かる木のテーブルが、目の前にある。

 絵画が壁に掛けられていた。描かれているのは、微笑む二人の少女たち。顔立ちが似ているので、きっと姉妹だろう。背後に竜の巨躯の一部が写っている。

 甘い匂い。蜂蜜とレモンの。

 二つのティーカップがテーブルに置かれており、湯気をたてている。

 人がいた。

 いや、人ではないのだろう。状況的に、人間だとは思えない。魔王や天使だって見てくれは人間だが、中身は化け物なのだ。

 ともあれ。そいつは、人の姿をしていた。


「どちらさま、で?」

「おいおい、アポとっといて、会ってみたら第一声がそれかよ」

「え……じゃあ」


 貴方が竜族の副当主ジークフリートなのか、と、尋ねようとして、言葉がつっかえた。

 女だ。女に見える。

 ジークフリートという名前から、男だと思っていた。

 竜族の副当主というのだから、竜の姿をしているものと思っていた。

 いや、待て。

 これって、夢ではないのか?


「ここは、どこですか?」

「俺のお気に入りの竜の腹の中」

「はい?」


 竜の腹の中? 

 どこをどう見ても、一流どころのホテルの内装よろしく、豪華ででかい応接間なんですけども。


「知らんのか」

「すみません」


 何を知らないのかすらよくわからんが、とりあえず座り直して頭を下げる。


「竜使いは竜の死骸を改造する。腸を取り出して居住区を作ったりとかな。こいつは俺の移動する家だ」

「は、はあ。なるほど」


 つまりだ。

 私の宇宙船は、死骸を改造された竜(メカドラゴン的な?)によって食われたらしい。で、私は今、その竜の腹の中で竜族の副当主ジークフリートと話をしている、と。

 えっと。

 何で私の宇宙船、壊す必要があったん?

 ないよね?

 どう考えてもないよね?

 お、の、れ……!

 損害は必要経費として魔王に請求するにしても。こいつ、超むかつく。


「駆け引きは嫌いでね。単刀直入に聞くぜ。お前、魔王の味方してここで死ぬか、俺らの味方に転向して生き残るか、どっちがいい?」


 女が、傲岸にふんぞり返る。

 ティーカップをとって口をつけるさまが優美なのもむかつく。金持ちの家に産まれた世間知らずのお嬢様か貴様。パンがなければケーキを食べればいいのにオホホのホとか言うてそうだな。むかつく。


「国境のない記者団の活動は、あらゆる国家に対して中立であることが義務付けられておりますので」


 もっとも個人としての立場は別だし、一介の個人事業主として調査依頼の仕事を請けるのにはさしたる制約がないのだが。言わないでおく。


「ああ、そうか。じゃあ、なんだ。死ぬか?」


 あまりに、振る舞いがチンピラ過ぎる。


「勘弁してください」


 どうやら、このジークフリートとかいう女は、粗暴な粗忽者らしい。ある意味、私がいちばん好きタイプだ。

 ああ、駄目だ。

 いけないと思いつつ。あの衝動が背筋をぞわぞわと突き抜けてきた。

 見たい。見たい見たい見たい見たい見たい。


「ああもう、こいつの死ぬ時の顔が見たい。すんごく知りたい。もうすぐ死んじゃうって悟った際にどんな気持ちなのか聞いてみたい」

「すげーな、お前……」

「はい?」

「内心で言ったつもりだったのか? 今のめちゃくちゃな独り言」

「アッハイ」


 声が裏がえっていた。

 これはもう、死刑ルート確定かしら。

 まあいい。もういい。どっちみちこいつ、口封じのために人を簡単に殺すタイプだ。私の人権や命をおざなりに扱ってる。じゃなきゃ人の大切な宇宙船をぶっ壊した挙句に脅すなんて真似、するわけがない。

 魔王様もたいがいだが、魔王様の方がまだましだ。

 どうせ殺されると思ったら、はっちゃけてきた。

 これぞ無礼講というのだろうか。やるならやれって感じである。どのみちデスマーチという禁呪の内容やら魔王様の過去やら、天使側からすると知ってはいけないことを知ってしまった私の寿命は、そう長くはないだろうし。


「魔王の犬になる奴は変なのが多いな」

「犬になった覚えはありません」


 緊張のせいだろう。喉が渇く。私は断ることなく、机に置かれたティーカップを手にとってすすり飲んだ。

 極上のミルクティーだ。甘い。美味しい。


「なら何で奴のために命を張る? 自分のやってることがどんだけやばいか、誰を相手にしているか考えればすぐに分かるだろうに」


 それはその通りなので、返す言葉もない。

 はじめは、私の変態性欲を満たすためにしていたのだが。

 今は、あの魔王が理不尽に殺されるのを防ぎたいと考えている。


「自分でもわかりません。何故こうなったのか」


 ただ、性癖を満足したかっただけなのに。

 今したいことと言えば、魔王様を救うこと。それに目の前のむかつくこの野郎の死に際に立ち会って、“今から死んじゃいますけどどんな気持ちですか?”って聞いてみたい。どっちも無理だけど。できそうにないけど。


「俺より魔王についた方がマシって考えてるのか」

「ええ。ありていに言えば」

「俺を誰だと思っている? 竜族の副党首で、半神だぜ」

「私にとっては死神にすぎませんし」


 殺すなら殺せ、と。すでに腹はくくっている。死ぬのはとても怖いけども。


「ち」


 ジークフリートは、美貌びぼうを歪ませて舌打ちした。なんだろう。こいつ、魔王様とは全然違う。神を自称するには、あまりにも威厳いげんがなさすぎる。さっきも思ったが、そこらのチンピラみたいだ。

 天使でももう少し洗練された脅し方をしてくるものだが。


「俺が、口先だけの奴だと思ってるのか?」

「竜族のトップであらせられるお方が、北風と太陽という古典の童話はご存知ないのですか?」

「ああ、そうか。そういうことか」

「?」

「ようは金が欲しいんだろ。そういうことは先に言えよ」


 やっぱりこいつ、嫌な奴だ。死ぬところを見たい。


「ええ、欲しいです」


 私は話を合わせることにした。

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