自殺エレベーター

浦野 紋

第1話

 安楽死制度が制定されてから早250年。日本の平均寿命は男性が43歳、女性が52歳と時代を遡ったかのように低迷している。

  幼児教育、大学無償化により実質的な義務教育が約20年程になった現在、昔のように人生のうちで勉強をするのはごく短い間だから………なんて話はめっきり聞かなくなった。

  現在、世界的に見ても自殺は死因のトップに上がる。癌の死因率を越えたのはいつ頃だろうか、ざっと考えても1世紀は前の事だと思う。

  教育の現場のほとんどは機械が取って変わってしまった。教師に限らず大半の仕事は機械が自動的にこなしてくれる。そうプログラムされている。

  教育に限らず、工業、畜産、漁業を初めとする産業分野すら機械がこなしてしまう為、人間がすべきことはほぼないと言っていい。唯一残っていたサービス業も人間を見ることはなくなった。

 アンドロイドが普及して失業率が上がった時はアンドロイド廃止を訴えられたが、誰もが平等に働かなくてもいい権利を得てからは誰も何も文句を言わなくなった。

 アンドロイドなしでは生きていけないがあれば生きていける。単純な話だ。

  人類は更なる快適さと豊かさと娯楽の発展を求めるのみだった。開発側の人材教育すら機械に任せている。社会貢献なんてやりたいやつがやればいい。

 やりたい奴がやりたい様にやりたいことをできる世界。空想すらVRの中じゃ現実だ。

  人類種が求められているのは種を絶やさないこと。ただそれだけだ。

 働くことをしなくなった人間には長生きに対して魅力を感じなくなった。

 旧時代で働いていた時間を全て好きな事の時間に裂けるようになったのだ。言うなれば、やりたいことをやりきるまでの時間が短くなったと考えればわかりやすいだろうか。

  社会が変わるにつれて常識も変わる。

 老いて体が不自由になる前に自分で命を断つのはもう一昔前の話だ。

 今はフリー、死にたい時に死ねばいい。長生きは1部を除いてナンセンスだとされる。

  常識が変われば家族観も変わる。

 大学卒業する時に親が既に死んでいる家庭が半数を超えるという状況は、昔の人が見れば異様な光景だろう。大人は出産するのを見届けるのをひとつの区切りとして満足するらしい。ゼロを一にしたらそれで終わりだ。

 子育ても自動化された為、快楽と放置型育成ゲーム?というものに近い感覚で子供を作るようで、子供も親の顔より環境管理AIを見ている場合が多い。機械を親の顔より見た。なんてのは満更冗談でもない話だ。

  今となっては未成年の死亡率はゼロになったが、システム発達の際に未成年の死亡率が突如上がる時期があった。政府は未成年の死亡率を下げるため、又、国民を“管理”する為に自殺出来ない機構を作った。

 これに関しては後々詳しく話すとする。

 人生が短くなったとしても変わらないこともあった。学校教育の場は昔の通りに「学校」で行われた。10分の1程度の学生は自宅で学習する通信教育を選択しているが、人間的な他者とのコミュニケーションをとるために校舎に足を運び、学びを得る。この行為に関してさほど変化はなかった。

  学校教育の現場を残すように決めた人が学生の時にしか味わえない経験をして欲しい、と望んで継続させたとかはよく聞く与太話だ。

 国家の繁栄に関わる話は「国」の人間以外が知ることはないので出処は不明だが、法螺を吹いて人間を惑わすことが好きな人間はいつの時代にもいる。

 「国」の人間、物好きな政府関係者とマザーAIが生活する都市トウキョウ。旧東京二十三区を囲うように、120年前に飛来した小惑星から回収した金属、アストロ体と既存の金属からなる特殊合金で作られたドーム状の物理結界により、外界から閉ざされたそこが国の全てだ。

  トウキョウは政府関係者とAIしか入れないようになっている。国として成り立っているのは内側だけで、それ以外は日本という国家の添え物として存在している。

  民主主義制度は消え、人の意見よりAIの意見が尊重される。感情や食など本来機械が持ちえなかったものは情報として持つようになり、自動的に学習するマザーAIが俗に言う日本という国の首相として存在している。


  ここまで長らく話をしてきたが、つまるところ長生きが無価値になり、人間は学習と生殖活動をするだけで、社会の役にも立たない、駒としてさえ使えない人間は老いを感じ始めたら安楽死。

  そんな社会の中で不可能と言われた未成年自殺を目論む学生がおりまして……という話。



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