第3-5話 朝日を作ったわけは、浮動

「これは一体どこに続いてるんすか」

 ピーヴォが用意していた鼠道は曲がりくねり、進むにつれ湿り気を帯びた地面と酷い臭気は収まっていった。

「もう半分だ、急がねばならない」

 彼が持つ骨人形の体はナナフシの様に細くこの狭い道でも窮屈そうには見えない。体から出たスチールベルトはマシィタを背中に固定しているが、服に食い込んでいたそうだ。

 高ルーメンのライトで遠くまで先を照らしてもその先は分からず、後ろから骨人形たちが追ってくる様子はない。ピーヴォに行き先を尋ねても「製造工場だ」とだけしか言わず、道の先は暗い。左手の壁面と頭上は古びた煉瓦レンガで出来ており、左手は綺麗なコンクリートで覆われている。

 古い時代に作られた施設の壁面と新たに作られた土台の間に空いた隙間を少しだけ削り、頭上を弱弱しく赤さびた鉄棒と鉄板で補強してようやく道として成り立たせた。時折左手のレンガが崩れている部分もあり、危険だった。

「私は、この、都市を、破壊、しなければ、ならない」

 感情が不安定だったピーヴォはやけに淡々としている。感情的に話すというよりは単語を放る感じで自分に言い聞かせるようにして呟く。

 それに対して鼠たちは、

「しっぱいか」「おまえだな」「ちがうよお」

 三者三様ではあるものの、自分は何も間違っていないと信じた様子で、ピーヴォに施した何かが上手くいっていないことを言い合う。彼の肩に乗っていたが、その賑やかな泣き声に注意を払うことはない。

 そして一匹がビークの肩へ逃げる。

「一体、何やったんすかね」

「でんきこうさくさ」

 鼠は誇らしげだ。ビークは詳しく聞こうとはせず、先へ進む。

 道は狭い。ビークは先頭でアジトに有ったライトで前を照らしている。天井はそれほど高くなく、1人で歩くのがやっとの道幅だ。

 そのすぐ後ろをピーヴォが気絶したマシィタを背負い「この先にある工場を潰せば骨人形はもう生み出されない。私達人間を取り戻すのだ」と、多くの仲間が襲撃に参加する計画を話していた。

「そうなんすね、けどそれでどうするんすか、犬達は」

 ビークがもっともな意見をすると、ピーヴォは「戦うしかあるまい」その先はこの都市を占拠出来ればどうにでもなる。そんな風に思っている様子だった。

――まあ、無理っすね。たかが工場の1つや2つで。

 都市は大きく区切られた地区であるし、これらの陽はビークが偉大な猫に聞いた限りだが、4つ以上はある。ビークは彼の話を聞きながら、あまり現実的じゃないなと思っていた。

 それだからか彼は偉大な猫に聞いた話をぼんやりと思い返している。

――朝日を盗んだヤツが昔いたんだよ。

 犬達が骨人形と人間達と一緒にこれらの都市を作り上げた。それは猫たちの技術を盗めたからだ。と猫は言った。

 それによって争うことになった。そして、今がある。

――歴史は面倒だからな。

 その結果、犬達は<統率と愛情の自治区>、猫たちは<肉食獣の呼ぶ自然>それぞれの都市国家に分かれて現在は争うことなく各々の生活様式が出来上がったのだ。

 その時、猫が煙草の煙を空に向けて吐いたのをビークはよく覚えていた。

 酷い太陽中毒で治療は出来ないってことを医者に告げられた帰りに、どうして中毒になるのかそんな話をしていたから。

――そうっすよねぇ。

 ビークも過去にどうなっていたのかにはあまり興味を抱けなかった。沢山の文字と沢山の名前とイベント。沢山争って、とりあえず今は落ち着いている。

 太陽中毒も別にそれほど気にならない。少しだけ、頭がぼんやりするだけだ。

 そんなことをビークが思っていると、ピーヴォが彼を呼ぶ。

「ビーク、私から意志が消え始めている。これが骨人形の目線か、我慢ならぬ」

 ピーヴォの首元には鋼鉄に食い込んだ歯型の隙間があり、捻じ曲げられて中身を引き出されたワイヤーハーネスに小さなコンデンサだったものが焼き付いていた。

「陽から生じたエネルギー変動を抑える処置は、不完全だ」

「どういうことすか」

 ピーヴォが言うにはこの道はおよそあと半分。しかしそこまで彼の自我が持つようには思えない。ビークが訊ねてもぶつぶつと「破壊、破壊、破壊、それが、革命の」と、個の中に戻ってしまい対話もままならない。

「だめかもな」「そしたらおまえがいうんだ」「たのむぜ」

 気が付けば鼠たちはビークの肩に乗り、にぎやかにキィキィと鳴く。

「そうなったら、ビーク。私に指示をしてくれ」

 自我がなくとも指示があれば動く。彼はビークを指示対象の先に設定し、細い胴体の中央のランプが青白く光る。そのランプの中では、SoDOのロゴを模した幾何学模様が柔らかに出現と消滅を繰り返していた。

「よく分からんすけど、着いたら何とかなりますって」

 今はただ進むしかない。ずぬん、なにか大きなものの音がして、ぱらりと埃が落ちる。

「このおとしってるか」「ずぬんしってるぞ」「ああいやだねえ」

 鼠たちは騒ぐがビークはそれを知らない。

「骨人形達が作られる工場だ」

 ピーヴォが目指す先が近づいていることが分かる。ビークは、

「急いだほうがよさそうすね」

 そう言ったもののペースを速められない。道は狭く、上部の鉄板が震えている。ともすれば崩れそうにも見える。

「あるけあるけ」「たたかうぞ」「いやだなにげよう」

 鼠もビークも危機感なく進む。ピーヴォはぶつぶつと何事かを呟きマシィタは意識を取り戻さないまま。


 そうしてしばらく骨人間製造工場のずぬんという音を聞きながら進めば行き止まりに突き当たる。

「先がないすけど……」

「うえだうえ」「ほらみろずぬん」「さわがしぞ」

 鼠は笑いビークの首を突く。そうして見上げてみれば四角く区切られた鉄板。取手はなく、雑に四角く切られた鉄板の隙間から光が漏れていた。

「既に私の仲間が行動を起こしている。指示を」

「はあ。どこに繋がっているんすかね、押えてくれます」

 よく見れば正面のレンガに切り込みが入れられて梯子のようになっていた。ビークはそこに足をかけ鉄板を手で押そうと試みる。

 片腕しか使えないから器用に体を壁面に寄せ、ピーヴォがその背を押さえる。くっ、くっ、と力を入れ徐々に手の入る隙間を作っていく。

「開きそうすね、あっと」

 そうして少し動かしたところで鉄板はざざあと動いて除かれ、顔を覗かせた女は冷たく、呆けた様子のビークを見て舌打ちした。

「早く上って、闘争のない顔」

 ビークが左腕が使えないから、上るのに手間取っているとその腕を掴み、強引に引き上げる。

 周囲は警報などは聞こえず、遠くのずぬん、部屋のドアは閉じられているからか、ピーヴォの仲間たちが活動しているとは思えない静けさだ。

「助かります、ピーヴォは下にいるすよ」

「こええな」「な」「たたかいだ」

 鼠を見るとその女は嫌悪感を顕わにする。彼女は簡素で壁面と同化した色の作業着で、それらにもSoDOの幾何学模様がうっすらと見える。

 作業着は多くのオイル染みが付着していて汚れていた。手に持っていたのは長柄のハンマーだったが、打撃部分は黒い金属で構成され柄の差し込まれる場所はその黒色で明滅しており、なにかが仕込まれているようだ。

 背はビークよりも高く、後ろで結わえた髪は作業着の中に入っている。

「ああ、人間未満。戦わないのならそれまで」

 ほら、と下にいるピーヴォに向けて声をかけるが下で動きはない。周囲は薄黄色にペイントされた壁面に覆われた部屋で、端末と骨人形が床に倒れている。

 その骨人形は頭が叩き潰されそこからオレンジ色の液体が流れ出て動き出す様子はない。完全に壊れているようだ。

「どうしたの、早く上がって」

 そう言われてピーヴォは上がろうとするが、

「背中の人員はどうすればよいか、指示を」

 と淡々と告げる。彼からは意志を感じられない。それを見た女は困惑した様子で自身の後ろで結わえた髪を引っ張る。

「あー、そう。そういうこと、そういうことね、くそ……」

 彼の姿を見て下唇を嚙む。予定が変わってしまった、どう判断すべきか考えあぐねているようだった。

 そうの間にビークは穴に声を投げかける。

「マシィタさんから渡してくれます」

「承知した、戦いは開始されている」

 機械的に言葉を発している。背中に背負ったマシィタは未だに意識を取り戻していない。体半分だけ部屋に引き上げられた彼をビークは受け取り、床に寝かせる。

「こいつ撃たれているな。ピーヴォ、早く上って、戦いは始まっているから」

「承知した」

 指示を受けそれに反応するだけになってしまっていた。彼の挿げ替えられた骨人形の体がそのように変えてしまった。脳の神経系にまで侵襲されているせいで、自身の感情による選択機構が失われている。ともすれば体に支配されてしまう。

「アンタ、何故一緒にいた。このマシィタだかは撃たれている」

 返答によってはろくな目にあわないだろう。彼女は持っていたハンマーを握り猜疑の目をビークに向けた。

「こええなあれ」「あれもえるやつ」「もうかえれない」

 そのハンマーは赤熱し始め熱気が感じられる。倒れている骨人形の頭部は溶けたような跡が残っておりこのハンマーで叩かれたのが分かる。

「ピーヴォさん、答えてくれます」

 ビークはピーヴォに説明を求めた。そうする方が良さそうに感じたから。

「私と脱出した。一緒に行動しなければ助かる道はないとその時の私は判断した。マシィタは撃たれたがすぐに引き抜いた為、汚染されていない。計画ではラインを今から二十三分で破壊、同時に機関部を爆破する予定だ。指示を」

 その時の私と今の私は違うと言わんばかりで他人事のように振舞う。それを見て一瞬悲しそうな顔を見せたが冷淡に、

「ラインは既に他の仲間が対応している。これより機関部へ向かう、わたしの補助を頼む。お前達は勝手にしろ」

 そう言うなりピーヴォに呼び掛けて部屋を出て行く。彼らには彼らの目的がある。しかし、巻き添えにされたマシィタは部屋に置かれたまま。

「おわんの」「おわんの」「おわんのか」

 ビークはその場に留まり、マシィタを見る。鼠たちが当然のように疑問を口にするが彼の肩に乗ったままだ。

「追わなくても大丈夫すね、ほら」

 そういってマシィタは目を覚ました。無くなった右目の空洞は血が固まって赤黒くなっている。

「どうしてこんな目に合わなくちゃならないんだ。ちくしょう、入ってくるな」

 そんなことを言いながら体を動かし、ゆっくりと周囲を見渡しながら立ち上がった。右目がない分だけ首を大きく動かし、ビークを見つけた。

「目が覚めたけど、大丈夫すか」

「お前みたいになりたくない、入って来るんだ」

 そう言いながらビークに殴りかかろうとするも体に力が入らずよろけてそのまま体を借りる形となってしまう。

「あれだけでこんな弱るのは怖いすね」

「あれはこわいからな」「くろいつつ」「あやつりつつ」

 鼠たちもこわごわと囁く。当のマシィタは弱弱しい力でビークから離れると、一つ深呼吸をした。彼の力はほとんど失われている。

 撃ち込まれた黒い筒が引き起こした効果であることは明らかで、彼は自身を落ち着けてやる必要があった。

「……ふう。払い落しして、その後脱出するなら、着いていってもいいか。あの入ってくる感覚が拭い去れないんだ」

 この体じゃ何もできない。ここにいてもいつか処理されるから。苦々しい顔でそう告げる。入ってくる感覚、聞いていてあまりよいものでもなかったが、ビークは気にせずに倒れた骨人形に近づく。

「そりゃねえ。何していいか、分からないんすよね」

 やはり危機感はない。軽々しく告げて、溶けた頭部を見る。

「ちょっと待ってくれ、何も知らないでここまで来たのか。でも、そうか」

 マシィタは驚いたが、すぐにそれをひっこめた。

 彼はビークがそれくらい軽いことを同じ工場で働いていたこともあり、知っていたのだ。

「なんとかなると思ったんすよね。あー、片手じゃ無理すねこれ」

 ビークは床に転がった骨人形の武器を手に取る。彼の左腕を撃ち抜いたものだ。

 バレルは長く射出機構は外側からは判断つかないが、例えるなら見た目はマスケット銃によく似ていた。そして、SoDOの幾何学模様が滑り止めとしてグリップ部分に描かれてもいる。

「ほら。行くしかないし、ある程度の目星はつく」

 それをマシィタが受け取り、持ち上げようとしたが上がらない。見た目はほとんど変わっていないがほとんど歩く以外に力がなくなっている。

 彼は小さくぼやき、すぐに返した。

「一応、持っておくすね」

 すぐにビークがそれを右手で持ち、彼の肩を軽く叩く。

「ばれるおとせ」「おとせ」「おとせ」

「分からんすね」

 鼠たちはそう言ったが、いじりかたが分からないからそのままにしておく。

「こんなにも弱っているなんて、払い落しはおそらく近くで出来るはず」

 そんなことを言いながら横開きで電子ロックが掛かっていそうなドアを右手で開き、二人は部屋を出て行く。

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