第3-2話 朝日を作ったわけは

「こんにちは、人間さん」

 骨人形は丁寧だ。ただし猫だけは例外で、駆除の対象になる。

「こんちわ、どーもです」

 ビークは払い落しをして貰うべく、オレンジ色の煙が上がる工場にどうやって入ろうか、頭を捻っていた。


 偉大なる猫から鋳造の手の払い落しを支持されたビークは骨人形たちの下へ向かった。猫に与する鼠たちの手を借りて<肉食獣の呼ぶ自然>から、元々住んでいたとりわけ都市Above all cityに戻ることに成功した。

 といっても、追放されたわけでもないから、戻って来るのに問題は特になし。都市の上には病んだ陽があり、それが目に入るとビークは委縮してしまう。

「なあオレにもめしくれよお」

「ずるいよにんげんばっかり」

「ははあ、オレたちがネコのどれいと思ってるな」

 鼠たちには関係ない。何かが病んでいようが彼らが病むことはないのだ。

 ビークを含めた交易品を載せた車両で都市の目の前に着く。彼は荷物の中に埋まっている。同じ体温の毛玉生物に紛れていた。隠れているわけではなく、鼠たちが使う車両が小さいからそうするより他なかった。

「喧しい。黙らんと休憩なし」

 小さなコックピットで三匹の鼠がハンドルクラッチアクセルと忙しなく車両を運転していて、それを見守る服を着たハムスターがその後ろに座っている。勿論シートベルトをして。

「「「へーい」」」

 やかましく延々と話し続ける鼠たちを指揮するのは片耳がないジャンガリアンで、ビークは彼らが運ぶ荷物として、都市に持ち込まれた。

「いつもお取引いただきありがとうございます」

 入口を管理する骨人形は丁寧にこうべを垂れる。仲はそれほど良くなくとも、交易はある。細かな作業に単純な鼠どもはうってつけだった。

 勿論、病まない。彼らの強さはそんなところにある。

「ええと、この人間さんは荷物ですか?」

「ちがうよしごとできたんだよー」「なあおれにもしごとできるか」

 鼠たちは順番にジャンガリアンに叩かれる。小さな手で。

「黙らないか。昼飯もなしだ」

 鼠たちはそりゃ大変とすぐに口を噤むももう遅い。彼らの昼食はなくなった。だから、三匹はそれぞれ「おれのせいじゃないぞ」と、にらみ、小突く。

「そうなんすよ。すいませんけどね」

 ビークはそんな楽し気な小動物たちと入口で別れ、病的な陽に照らされないよう日陰を歩く。

 ザックには手が入っている。ここは、俺が逃げ出した場所だ。そこらを歩く人間たちは目ざとく彼が異物であることを承知している。だから、声を掛けてこない。

 都市の人間たちは日陰かどうかを気にするなんてことはないのだから。

「ビークさん、お久しぶりですね、お仕事はまだ空いてますから」

 そうやって話しかけてくるのは骨人形。見た目は頭部だけ人間に似せ、その他は骨格しかない少々グロテスクな機械だったが、今のところ気さくに見える。

「工場はどの道すかね」

「ああ、太陽中毒ですね」

 骨人形は丁寧に工場までの道のりを書いた紙を渡してくれる。右、直進、左、橋げたを目印に、煙が見えるので、そちらへ向かってください。

『もし、ご案内に不満がありましたら、この紙を不満ポストへ入れて頂ければ幸いです。ご迷惑をおかけいたしました、更なる改善に取り組み続けます。』

 常備されている紙だから、裏面にはそう書かれている。

「どーも。がんばります」

 お礼ともつかない返事で骨人形に頭を下げて、ビークは工場に向かう。


 というので、ビークはおぼろげな記憶を頼りに<払い落し>の工場を探した。たしか、オレンジ色の煙が出ていた気がする。なんて言っても『陽』だから。

「SoDOでソッドオーって、どう?」

 そうして見つけた一つの工場。白を基調として、四角く、表面に幾何学模様が薄く装飾として施されている。主にSoDOStabilization of dog originが管理する施設はその文字を使った幾何学模様が施されるのをビークは知っている。

「ビークさんはここの工場に御用ですか?」

 意味のない質問に骨人形は大げさに首を傾げてビークを見つめる。その表情は感情があるように見えて、やっぱり近くだと見えず、彼は一歩後ずさる。

 入口の立て札に〈ポリ、トリ、テルス〉と書いてある。ビークにその意味はわからない。

「ここでできないかな」

「骨人形専用です」

 ビークは適当な言葉を骨人形にぶつける。意味のない話。ごお、があお、と何か大型の機械が駆動する音だけが聞こえ、人の気配は全くない。

 彼が言い終わらない内に断られる。入口には人の絵に大きなバツが書かれたピクトグラムが貼られているが、ビークはそれが見えない様に振舞う。

「してみたいんだよ」

「この前そう言った人がいました。柔毛の悪魔の手先か中毒ですよ、ビークさん」

 骨人形はビークを観察している。彼はあまり気にせず、大げさで馴れ馴れしい態度をかもし出しているようにも見えた。

「へえ、そりゃきけんだ」

 恐らく猫のことだろう。ビークは頬に張り付いた大きな絆創膏の端をいじる。

「……ビークさんは、ここの工場に、なんのようですか?」

「ほかのがやりたくて」

 骨人形の態度が大きく変わった。それでもビークはそれに気付かないフリをする。

「そうであれば、どうして職安へ行かないのでしょうか、どうして工場への道を尋ねたのでしょうか」

 疑わしきは心の底から疑え。骨人形たちに気を付けないといけないのは、通常の行動から離れている時に彼らは人間に猜疑さいぎの目をトコトンまで向ける。

「ちがってたよ、いくよ」

「なにが間違っているのですか、なぜ長期間都市から離れていたのですか、あなたの記録は削除されていますよ、あなたも柔毛の手先でしょうか、そのザックは外から持ち込んだものですよね、中身は手ですか、なにか弁明はありますか、本当に太陽中毒ですか、なんとか言ったらどうですか、言えないことがあるのですか。その頬の傷をどうか見せて貰えないでしょうか」

 こうなってしまえば、もはや骨人形から逃れる手段はなく、全てが白日にされなければ追求は終わらない。ビークへと歩み寄る。

「これ」

 骨人形の武装は全くない。腕に内蔵された麻酔針と、その強固で大きな駆動力を発生させる四肢、それだけあれば人間一人を捕えておくことが出来る。

 その簡素な機構故の整備性、そして分かっていれば確実に損傷を与えられる。

 ビークが骨人形から突き出した麻酔針の作動を防ごうとドライバーを関節部に突き出した。

「これ、とはなんですか?」

 そんなものでなんとかなる代物であればよかった。

 アテもなく、理由もなく、骨人形に振るったドライバーは捻じ込まれた可動部に潰されて麻酔針はビークに打ち込まれる。

「やっぱなあ……」

 なんでもない風を装い、策があるかと思えば特にない。

 それもそのはず、彼は重度の太陽中毒でもあった。だから、ひとたび都市に入ってしまえば頭はぼんやりと靄がかかり、具体的なものの言語化が難しくなる。

 ただただ言われたことを言われたままにやりに来た。

「ビークさんは何を考えているのでしょう」

 力が抜け、意識が抜けて行くビークを骨人形は受け止め、彼を担いだ。

 ビークは所持した手と共に病的な陽の当らない工場の中へと消えていった。


「なあなあ、どうしてにんげんはかつがれる?」

「つかれてるとよくかつがれてる」

「どっちのドレイがらくなんだろうね」

 一方、毛玉生物を卸した鼠たちはジャンガリアンから「お得意様は俺が済ませるから、散ってろ」と言われ、都市の中を巡って餌を探していた。

 彼らはどうしてか、うっかりとジャンガリアンの機嫌を損ねてしまうので、彼と都市に交易に来るときはいつも昼食が貰えない。だから、おこぼれにあずかろうとするのだ。

 しかし、最近はその悪行が知れ渡り、中々難しくなっていた。

「余所者は咬む、咬む、咬む」と、都市の小さな住人達に見つかれば脅される。

 だから、出来るだけ自分たちが好みそうな場所を避けていた。

 ただし、必然的におこぼれにあずかることは出来なくなる。

「なかよくしてくれない」

「かむなら、はたけ、かめ、こんちくしょう」

「ごはんぬきのせきにんを!」

 鼠たちが食事にありつくには、都市の先客達にお願いするのが一番だったが、行く先々の小さな住人は皆冷たい。

「三匹の鼠は余所者、メシやるな、メシ食わすな」

 示し合わせたように、都市の小さな住人は三匹を排除しようと脅しをかける。

 彼らはおこぼれにあずかると言いつつも、どこへでも行って、勝手に飯を喰う。そうして勝手に喧嘩をして、場を滅茶苦茶にするから、嫌われているのだ。

 そんな鼠三匹は時に人間たちの列車を借り、骨人形の車両に潜み、これまでは近づいてこなかった工場地帯で餌を探していた。

「さっきのやつ、つかれてねちゃった」

「いいことかんがえたよ」

「そういっていつももんだいばかり」

 人の気配もない工場地帯に鼠の餌があるはずもない。

 三匹は工場の壁際の幾何学模様に触れたり、腹を鳴らしながら、何やら相談を始める。

 餌を得るために、また一つ問題を起こしてやろう。

 鼠が相談を始めた時は要注意。彼らに悪意はなくとも、必ず問題が起きるからだ。

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