第4話 ユグシル到着

 ユグシルへと繋がる光の門に足を一歩踏み入れた途端、目に入るのは薄く輝く満天の星空と山の麓から漏れる人口太陽の光

 そして体に感じるのは浮遊感。……むむ、これは、


「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」

「いいいやあああああああああああああ!!!」



 絶賛、落下中だ。



 超高高度から重力に任せ、落ちてゆく。人工の太陽からはぽかぽかとした陽気が俺を包み込んでくれる。身体に纏わりつく風圧と風切り音は過激な物だが、それでもこの眼下に広がる絶景の前では些細な事だ。

 うーん、人口の自然物。矛盾は感じるが、美しいことに変わりない。


「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!!!」

「しんじゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅういやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 さっきから風切り音の中で聞こえるのは他のプレイヤーの絶叫だ。

 見回すと俺以外に何人ものキャラメイキングを終えたプレイヤー達が情けなく叫び声を上げながら落ちているのが分かる。

 しかし……せっかく作ったキャラの最初の表情が落下による空気抵抗でぺしゃむくれになってしまうのか、これはちょっと改善した方がいいかもしれないな。


 だがしかし、いくら作り物とは言えこんなに近くで太陽を見られることなんてないぞ。

 もっと目をひん剥いていて脳裏にこの情景を焼き付けなさい、少年少女たちよ。


「南無南無南無南無……!」


「少年!目を開けたまえ!見ろ、絶景だぞ!」


 涙を流しながらお経を唱えている近くのプレイヤーに声を掛ける。


「……え!?何!?……うわぁ!!なんだこれ!!??」


 俺の声が届いたのかそのプレイヤーは目を見開き、驚嘆する。その声に連鎖し次々とプレイヤー達は目を開け、状況を把握し始める。


 丁度、大部分のプレイヤーが落下に慣れ始めた時、地平線には真っ青に広がる空とどこまでも続くユグシルの大森林、その間に輝く人口太陽が顔を覗かせる。



 ――ついに『アニマ』が真の意味で夜明けを迎えたのだ。



 プレイヤー達はその情景の美しさに声を失っていた。一部は過剰な興奮状態に陥って強制ログアウトした結果、キャラクターが白目を剥いているが……うん、掴みは完璧。


 ……完璧だ!


 だが、それも束の間、ひとしきり感動し終わったところでプレイヤー達は再び落下の恐怖に苛まれた。

 丁度その時、俺たちの真下――ユグシルから人がこっちに向かって来た。


「今、見えている日の出は皆さんにとっても、私たちにとっても記念となるものでしょう。

 ……申し遅れました、私、ユグシル第三王女『ビエラ』です。ようこそ、ユグシルへ!心から、皆さんを歓迎します!」


 プレイヤーの発狂の中でも澄んだ綺麗な声が聞こえる。彼女が言葉を言い終えるまでには騒々しい声もピタリと止んでいた。澄んだ声の持ち主は緑色の長い髪を携え、白と緑を基調としたドレスを纏った美しいエルフ。ビエラであった。


【ビエラ】

 Lv64 身長155㎝

 ユグシル第三王女。歌や踊りを好むユグシルきってのロマンチスト王女。伝統を重視するエルフの中で珍しく新しいものには目がない。


「これから皆さんに浮遊魔法をかけますので、お待ちくださいね」


 そう言ってビエラがぶつぶつと言葉を発し始める。魔法の詠唱だ。彼女の周りに緑色の魔法陣が展開される。

 すると、ただ落ち続けていた俺達プレイヤーが一瞬薄い緑色の光に包まれ、落下速度が緩やかになる。数秒後には、皆、速度を完全に停止させ、何百、何千と言うプレイヤーが集まって浮遊していた。


「はーい!これで皆さん自由に飛べるようになったと思います。

 では、大自然を堪能しながら私に付いてきてください、第一階層の入り口までご案内しまーす」


 指示通りに俺たちは彼女の後カルガモの親子のように追う。どこをとっても無駄がなく、高貴さを感じさせる所作にプレイヤー達は反抗することもなく、彼女に従った。



 ∇∇∇



「では、皆さん改めまして。ようこそ、ユグシルへ!本日は私、ビエラがユグシルの素晴らしさについて説明させていただきます!」


 彼女の後を追い地上に辿りついた後、ビエラの話が始まる。大雑把に纏めればユグシルで受けられるサポートについて。ヘルプを見れば丁寧にトリアルが教えてくれるので非常に簡略的な話だ。俺にとっては最早、常識的な内容であるので俺はユグシルの象徴と言われるオブジェクトに目を移す。


 今、俺たちがいるのはユグシル第一階層の最南端。

 見渡す限り緑が広がっており、目に入るNPCの半分ほどが耳の尖ったエルフに占められている。

 俺の視線の先にそびえ立つのはこの国の名前にも取られている『万年樹 ユグシル』。余りにも巨大なユグシルはここからでも相当距離が離れているというのに、樹ではなく最早壁にしか見えない。


 で、そのユグシルは四方八方にこれまた巨大な根を張っており、その根や幹をくり抜き自らの住居にしてエルフ達は生活している。

 だだ、エルフ達もユグシルをただ利用しているわけではない。

 彼らはユグシルの放つ香りに引き寄せられる害獣――モンスターからユグシルを守るよう防備を固めており、『万年樹 ユグシル』とエルフ達は共存関係を築いていると言える。



 まさに『自然と共に生きる』――これが『ユグシル』でのライフスタイルだ。



「では、皆さん。ユグシルをごゆっくりお楽しみください」


 ビエラの話が終わり、深々と丁寧なお辞儀をしたと同時にプレイヤーはワッと散り散りになり、各々の欲を満たしに行った。

 上空からは、次の陣と思われるプレイヤーの集団が降りて来ている。誘導係のNPC達も忙しなく動き回っていた。その邪魔をしないように俺も街の中に入る。


 街の中には、女の子が友達を探して広場をうろちょろとしていたり、テスト版をプレイしたらしき人が足早に外へと向かっていたり、ご高齢の夫婦がリアリティ溢れる自然の姿に感動していたり、とプレイヤー達、皆それぞれ違う表情を見せてくれる。


 しかし、流石の人の多さ。通路が人でごった返している。サービス開始と同時にログインしたつもりだったが、トリアルと少し話をしている間に多くのプレイヤーが先に来ていたようだ。

 そんな事を考えていると、


 デンデンデデデーーン……


 頭の中に電子音が響く。メールだ。差出人は俺の元上司、営子から。

 メールの内容は……


『アニマ、すごい盛り上がりだぞ!

 欲しがっていたデータを送っておくぞ。が、私も忙しい。速報の速報と思って軽く見ておいてくれ。だがな、決して悪用はするんじゃないぞ!』


 ……すんません。しかし、悪用ではない、悪ではない。デイドラとはまた違う正義に従って俺はこの道を選んだんだ。

 ありがたく活用させてもらうぞ!


 送られたデータに載っているのはプレイヤーの所属国割合の初動だ。


『蒸気要塞 フロンタイア』38.3%

『万年樹 ユグシル』47.4%

『灼熱焦土 グレン』10.5%

『極地 バーティカ』3.8%


 大体予想通りの数値だ。ライトプレイヤーを含め、この手のVRゲーム初心者もこの『ユグシル』と『フロンタイア』に集中しているんだろう。

 しかし高難度を選んだ15%が心配だな。あの2つの国はアイテムの販売量が不安定だし、周辺モンスターも強くレベルを上げてごり押しという戦法も通用しない。

 その分、クエスト報酬が豪華だったり味方NPCも強力だったりするのだが、その効果は初期では実感できないだろうし。


 かー!なんで選択画面に5回くらい『初心者はおすすめしません』って忠告出しているのに来るかねぇ。まぁ、その反骨精神もゲーマーとしての性というものか。移民船のアップデートを早めておくよう吉家に言っておかねばな。


 ……と、そう言った事はこの辺にしといて、今は俺も折角の『アニマ』を楽しむか。


 気分を一変させ、街の中をウロウロとしているとβテスト時代によく見られた黄色の簡易テントがぽつんと1つ建っていた。プレイヤー専用の露店商テントだ。


 まだサービス開始から間もないってのに気合入ってんなぁ。声かけてみよーっと。


「こんにちは!」


「おう!いらっしゃい!」


 テントでアイテムを並べていたのはゴリゴリのマッチョマン。浅黒い肌に相まって眩しく輝く白い歯が映えている。

 この短時間にこれほど精巧な筋肉の造形を一から作れるとは思えないし、きっとリアルで鍛えた体をそのままアバターに使ったのだろう。

 しかし、頭頂部にちょこんと生えている赤い若葉を模したような髪はどういう意図があって……


 妙に引き付けられる頭頂部から俺は商品に目を移した。青色の液体が入った小さい瓶が木箱に所狭しと並んでいる。回復ポーションだ。それも市販の物じゃなく手作りの物。俺は商品の値札を見て、彼の人柄に感心した。


「……βテスターの方ですよね?」


「お?目ざといねぇ、兄ちゃん!その通り、俺はβテスターだったぞ!

 兄ちゃんも分からんことがあればいつでも言うんだぞ!」


「あ、じゃあ早速、職業は何にされているんですか?」


 自身のキャラ詳細は基本的に自分でしか見ることが出来ない。

 だが、フレンド登録をすればメイン職業とレベルだけなら分かるのでわざわざ隠すような輩は少ない。彼も快く答えてくれた。


「お!いいぜ、情報共有は大切だからな。

 俺は『バーニス』!メイン職業が『拳闘士』『商人』サブ職業が『薬師』だ」


『拳闘士』は自らの体を武器として戦うインファイター。

 その性質故、強力な剣などの武器を身に付けることが出来ない。その代わり、全初期ステータスが高めに設定されているため、不利という訳じゃない。だが、選ぶ人の割合だけで見れば非常に少ないのは確かだ。


 サブ職業の『薬師』は薬、すなわちポーションなどを作ることが出来る。薬師の作るポーションは店で買えるポーションよりも基本性能は高い。


 そして最も彼の性格の良さを体現しているのがもう一つのメイン職業『商人』。

 アイテムドロップの数やレア度を高めることが出来る魅力的なスキルを手に入れるが、それは高レベルで習得できるスキル。まだ手に入らない。現時点ではβテスターもレベルがリセットされるので全てのプレイヤーは各々の職業の初期スキルしか持っていないはずだ。


 そして『商人』の初期スキルは【ぼったくり】。

 アイテムには適正価格が存在している。通常、その値段を越えてアイテムを販売することは出来ないのだが、この【ぼったくり】はその適正価格を無視できる。

 これを利用して大儲けするのが本来の【ぼったくり】の利用方法だ。希少価値のアイテムを欲してやまないプレイヤーに法外な値段で売りつけたり、ね。


 しかし、この男はそれとはまったく逆の発想。

 値が張る手作りのポーションを【ぼったくり】のスキルを使う事で適正価格を越えて格安でプレイヤーに提供しているのだ。

 今は閑古鳥が鳴いているこの露店も後2時間後くらいすれば人で賑わい始めるだろう。


「と、とんでもないことしていますね……」


 商人でのぼったくりもさることながら、貴重なβテスト特典を放り投げている事にも驚きだ。


 β特典はレア度に対応した数だけの持ち込みを許可されている。

 レア度5なら1つのみ。レア度1なら100個まで、そういった風に。

 彼はおそらくポーションの材料であるレア度1の素材を大量に持ち込んで、サービス開始後からすぐさま調合開始して販売しているのだろう。多少の経験値稼ぎや売名も兼ねてはいるんだろうが、一度きりの貴重なβ特典とは到底釣り合わない。


 どうして一介のプレイヤーがそこまでするのか開発者として気になるところだ。そんな俺の心を知ってか知らずか、双葉君は思い出話を語ってくれた。


「いや、そんな大したことはしてねぇよ!俺、βテスターだって言ったろ?

 でも下調べもせずに応募して受かっちまったもんだからよ。いざβテスト開始でこっちにきて、にっちもさっちも分からず混乱してたんだ。

 そんときによ、すげぇカッチョいい人が親切にしてくれたのよ!……それが俺ぁよぉ!嬉しくってよぉ!俺もあんな人になりてぇなぁって!!」


 うぉ!ちょいちょい泣かないで、双葉君。防音性が0のテント内で泣かれると良からぬ噂が立ってしまうよ!?


 ごめんね!親切にしすぎちゃったかな!

 いやぁ、まさかβテスト時代の俺の慈善活動に影響されてこんなことをし始めるプレイヤーがいるとは……

 自分のした事がこうも人に良い作用を産んでくれたようで喜ばしい。


「っと、すまねぇ。俺、涙脆くってな。アンタも名前教えてくれよ」


 どこからか出したハンカチ涙を拭う双葉君。


「俺は『サクラ丸』です。メイン職業は『僧侶』『薬師』、サブは『火魔法使い』」


「はは!アンタも俺と変わらねぇじゃねぇか!

 良いサポート職の組み合わせだ」


「えぇ、お互い世のため人のため、そしてゲームのため、頑張りましょうね!」


「ゲ、ゲームのため?それについちゃ良く分からんが……これぁ餞別だ!気を付けて行って来いよ!」


 双葉君から投げられた小瓶をパシッと受け取る。と同時にプレゼントの受理通知が届く。


 って……これ魔力ポーションじゃないか。

 名の通り魔力を回復させるポーションだが、ただのポーションと比べて製作の成功率が低い代物だ。それをタダでよこしてくるとは。



 ――彼、少しやり過ぎるかもな。



 ここで初めて会社から拝借してきた管理用メニューを開き、双葉君を注意人物にリストしておく。これでアニマの内部で彼の行動ログを知ることが出来る。


 君みたいな天然記念物を放ってはおけないな。君はこの『アニマ』において大きくプラスになる人間だ。困ったらまた俺が助けてやる。だから君の働きには期待しているぞ、双葉君。

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