第25話「異教徒たち」

 俺は背負った鞄からペンとスケッチブックを取り出す。


「なにこそこそ話してんだ?」


 兄のほうが尻ポケットに本をねじこみながら言う。


「そう心配するな。ちょぉっとイタズラはさせてもらうが殺しゃしねぇよ。おまえらの親がおとなしく言うことをきけばなぁ!」


 身代金でも要求するつもりか。俺んちはそんな金持ってねぇっつーの。


 墓荒らしグレイヴァー兄弟が動く。弟が繰り出した籠手にエレナが蹴りを入れる。うしろに飛んで衝撃を逃がした弟と入れ替わりに、今度は鞘をつかんだ兄が前に出る。


 男二人の相手をエレナに任せるのは心配だが、今はこうするしかない。俺はスケッチブックの上ですばやく手を動かした。


 真っ白い紙に女の輪郭が浮きあがってくる。


「あっ……」


 エレナの声。つい顔をあげる。


 バランスを崩したエレナが尻もちをついていた。


「エレナッ!」


 兄が鞘ごと剣を振り下ろす。エレナは横に転がって避けた。


「エレナぁ? はっ、邪神と同じ名を持つ女か」


 弟が吐き捨てるように言った。


「邪神? ……まさかあなたたち、アン教徒アニスト?」


 破壊神アンを信仰する異教の民族、アン教徒アニスト


 立ちあがったエレナに墓荒らしグレイヴァー兄弟はにやりと笑う。


「そうさ。俺たちは五年前の異端婚約事件で国に帰れなくなったアン教徒アニストだ!」


 ぴたり。ペンを持つ手が止まる。


 異端婚約事件とは、五年前に起こった、アン教徒アニストの男性と婚約したエレナ教徒エレニストの女性が家の反対を受け駆け落ちし、国外に逃亡した事件のことだ。


 その事件をきっかけに女性の出身国エサーナスと男性の出身国マルスルの関係は急速に悪化し、両国家は国交を断絶するまでにいたった。

 国際関係の急速な悪化に対応しきれず、当時エサーナス国内にいたアン教徒アニストの多くは故郷マルスルに帰ることができなくなった。


 今でもエサーナス国内にとどまっている彼らは、残留アン教徒アニストと呼ばれている。


「異教の地で暮らすことがどれだけ大変か、おまえたちにわかるか? 金もねぇ、住む場所もねぇ、異教徒だからと差別され働き口すら見つからねぇ。食うに困ってやむをえず盗みを働けば、アン教徒アニストへの差別はさらに加速する。ずっとこれの繰り返しだ! この苦しみが金持ちのおまえたちにわかるかよ!?」


 頭を振る。動揺してる場合じゃない。

 今は手を動かせ!


「だから嬢ちゃんたち、かわいそうな俺たちを助けてくれよぉ!」


 弟が笑いながらエレナに迫る。


「……イヤよ!」「嫌だね!」


 エレナと俺の声が重なる。俺たちも自分の身がかわいいんでな!


「あんたが長々としゃべってくれたおかげで予備動作プレパができたぜ!」


「なにっ……!?」


「さがれエレナ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る