第11話「1年B組」

「脚閉じて」


 股を開いて座った俺の太ももをエレナがぺちんと叩く。

 俺は慌てて開いていた両膝をくっつけた。


 スカートって厄介だなぁ……。

 歩くとひらひらして、膝の裏にあたってくすぐったいし、なんか股がスースーするし、パンツを隠すには無防備すぎるし。


 あ、ちなみに俺は今、今朝届いたブランドものの女性用パンティをはいています。

 変態になった気分。


「『よう』もなしよ。女の子はそんな乱暴な言葉遣いはしないわ。特にヒナギクにいるような、育ちのいい女の子はね」


 小声のエレナに、俺も小声でへいへいと答える。


「トイレちゃんといけた?」


「おれ……私はちびっ子か? いけたよちゃんと」


「ちびっ子みたいなもんでしょ。女の子になって二日目、つまり生後二日目よ」


「それもそっすね……。ていうか、ヒナギクってことあるごとにあんな長々と女神様の話すんの?」


「うん。ポピュラー校はしないの?」


「しないね。ポピュラー校じゃなくても、朝礼であんなに長々宗教話をする学校ってのはあんまり聞かね……聞かないよ」


 女言葉慣れねー。オカマになった気分。


 へえ、とエレナが感心したように言う。

 幼稚園からヒナギクに通っているエレナは、学園の外のことをよく知らないのだ。


 クラスメートたちはエレナと普通に話す俺をちらちらと見ながら、しかし誰ひとりとして会話に混ざってこようとはしない。

 俺とエレナのまわりだけぽっかりと穴があいているみたいだ。


 そこに、ひとりの男子生徒がやってきた。


「お話中のところすいません」


 人当たりのいい笑顔を浮かべた灰色の髪のそいつは、クラスに三人しかいない男子のなかでも、ひとりずば抜けて目立つやつだった。


 理由は簡単。イケメンだから。


「エレナ・スチュアートさんですよね」


 ええ、とエレナがうなずくと、イケメンは笑みを一層深めた。


「こんな有名な方と同じクラスになれるなんて光栄です。お話し中にお邪魔かとは思ったんですが、ぜひ僕もお話ししてみたくて」


「ああ、いいのよ。大した話はしてなかったし」


「僕はトバリ・ブライトと言います。以後お見知りおきを」


 トバリというイケメンはにこやかに手を差し出した。


「トバリ・ブライト。知ってるわ」


 エレナはトバリの手を握り返した。


「テストでいつも一番をとってる人ね」


 トバリが照れたように笑って、教室中の女子の熱視線が集中する。


 けっ! いけ好かないイケメンだぜ。


「スチュアートさんに覚えていただけたなんて光栄です。がんばった甲斐がありました」


「その敬語やめない? あたしたちただのクラスメートなんだから」


「それもそうですね。じゃあやめよう。こちらの方はスチュアートさんのお友達?」


 トバリはイケメンを俺に向けた。


 俺にそんな甘い笑顔を向けたって無駄だぜ! 俺は男には興味ねぇんだ!


 なんてもちろん言わない。


「マカゼ・ホワイトです」


 愛想よくも悪くもなく答えると、トバリは大げさに目を見開いた。


「マカゼ・ホワイトさん? 魔法特待生の?」


 俺はうなずきながら首を傾げるという器用なことをした。


 こいつなんで俺のこと知ってんの?


「入試で創作魔法を使ったんだって? 君、高等部でちょっとした有名人になってるよ」


 エレナが驚いた顔で俺を見る。

 俺はそうなんだー、と適当な愛想笑いを浮かべた。


「君みたいな優秀な子とも同じクラスになれるなんて、僕はついてるな。僕も特待生なんだけど、創作魔法はさっぱりなんだ。ぜひコツをご教授願いたい」


 嫌だね。


 なんてもちろん答えず、俺はぎこちない笑顔でトバリが差し出した手を握った。


「僕も小学校はポピュラー校に通ってたんだ。ポピュラー校出身者同士仲良くしよう」


 トバリが面食い大歓喜であろうまぶしい笑顔をみせたとき、教室の前扉が開いた。


 やってきたのはオレンジ色の髪をゆるく三つ編みにした、きれいな女の先生だった。


「はいみんな、席についてくださいね」


 口にくわえた棒つきキャンディを手に持って教壇の前に立つ。

 生徒が全員着席するのを待って、


「この一年B組の担任をすることになりました、イオリ・モーガンです。担当科目は魔法。みんな、一年間よろしくね」


 イオリ先生はおっとりと笑った。

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