第6話「そういうことなら退学よ」
男装の趣味があるなら合格は出さなかった、と言った先生は、おっとりとした口調で続けた。
「ウチは
もちろん世のなかには異性装をする人はたくさんいるし、厳密に禁止されているわけではないわ。グレーゾーンといったところね。
でも厳格な
「え……それってどういう……」
顔中に冷や汗を垂らす俺に、「つまり」とイオリ先生は申し訳なさそうに言った。
「今回の入学はなかったことにしてもらえるかしら。ごめんなさいね」
「ええええ……」
「そ、そんな!」
バンとデスクに手をついたのはエレナだった。先生のデスクに載っていた棒つきキャンディたちがころころと飛び跳ねる。
イオリ先生は困ったような微笑を浮かべて片頬に手を添える。
「かわいそうだけど、決まりは決まりだから」
予想外の展開に俺とエレナは苦い顔を見合わせる。俺は苦し紛れに口を開いた。
「お……私の男の姿を見たの、試験監督だった先生だけですよね? ほ、他の人には黙っていてもらえませんか? 先生が黙っていてくれれば、お……私ここに入学できるんですよね?」
「それはそうだけど……」
「お願いします! 黙っててください!」
エレナがばっ! と頭を下げた。
慌てて俺も続く。
「お願いします! 私、どうしてもここに入学したいんです! ていうか、入学できないと困るんです!」
せっかく名門のヒナギク学園に合格したのだ。
家族も喜んでくれたのに、ここまできて合格取り消しだなんてあんまりだ。
つーか単純に高校浪人はマズい。
「そう言われても、私にも立場があるし……」
隣のエレナが顔をあげて毅然とイオリ先生を見つめる。
その横顔には、なにかを決意したような凛々しさがあった。
「先生。……ちょっとお耳を拝借します」
イオリ先生の耳元に口を寄せて、エレナがひそひそと何事かを囁く。
口元を離したエレナに、「そうねぇ、それなら……」ときれいな先生は思案顔になった。
「わかったわ」
口にくわえたキャンディを、イオリ先生はガリッと噛み砕いた。
「そういうことなら黙っててあげるわ。……ただし」
包み紙をつけたままの新しいキャンディを、先生は俺の鼻先にビシッと突きつける。
「学校にいるあいだは、絶対に男装しないこと。これが守れるなら、あなたの秘密は守ってあげるわ」
はいと言う以外、俺に選択肢はなかった。
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