八話 嫌な再会
「ニア、鞄の中に隠れてくれ。それと絶対に音を立てるんじゃねぇぞ! あの三人、特に『
「見つかったら?」
「ぜっっっっっっっったいに、ロクな目に遭わない! 俺の全財産――いや、全ての食料を賭けても言い切れる!!」
「そ、そこまでなの……!?」
「ああ、ガチだ! 新島さんからもらった美味しいクッキーやるから、鞄の中で死んだフリしてろ!! いいな!!」
「分かった!」
バスタオルで全身を包むニアは急いで学生鞄の中に入っていく。雨でずぶ濡れになった深紅のドレスを床の上に放置したままで――
「って、濡れた服忘れてるぞ!」
そう言いながら深紅のドレスを片手で拾い、直ぐにニアが隠れている学生鞄の中に押し込んだ直後、
「生きてやがったのか、お前……!?」
背後から中学時代のクラスメイト兼クズ野郎の声が聞こえてきた。立川亨のイケボイスならぬゲスボイスが、俺の耳に入って来やがったのである。
聞こえないフリ、してぇなぁ……。
一日一回の無料ガチャを回したり、ステータス確認をしたり、昼寝をするなどやる事がいっぱいあるので、クズ野郎の立川と口を利きたくない……とは言え、無視したら後が面倒くさい事になるのは確実だ。逆恨みされる可能性もある。
ダンジョンボスの『黒獅子』という強敵を倒した俺が、立川相手に負けるとは一ミリも思えないけど、頭のネジが外れた立川が何しでかすか分からない……はぁ、気が乗らないなぁ……マジで。
「おいおい、俺の声が聞こえてンですかー! それとも耳がおかしくなってンですかー!」
立川は大声を出しながら俺に近づいている。それと同時に立川を含む三人分の足音が聞こえてきた。
その事に俺は心底嫌そうな顔をした上で振り向く。
「俺に何の用だよ……?」
仲良くしたくない相手ナンバーワンの立川に、不機嫌100%の声で返事をした。同時に立川の装備を確認しようとする。不意に立川と殴り合いになった時に備えて。
疫病神でもある立川の見た目は変わってないな……。
金髪、ピアス、ネックレス。目つきどころか顔つきがヤンキーそのものだし、今着ているファッションもヤンキー風。
『生まれた時からヤンキーだったんじゃねぇの?』そう思える見た目だな、コイツは……。
とは言え二日前――立川のアジトに忍び込んだ日に見かけた得物は『鉄パイプ』だったが、今持っている得物は『バール』のようだ。先端がくの字に曲がった鉄の棒である。ある意味不良児の立川にピッタリの得物だ。
大工道具のバールでモンスターを倒せるのだろうか? ゴブリンやスケルトンの様な雑魚なら問題ないだろうけど……。
それとも見た目だけはバールそのものでも、実はマジックアイテムの類なのだろうか? 俺のコンバットナイフの出所はクエストで手に入れたブツだし……。
「別に用があるわけじゃないンだけどなー。ただ俺達の為に命を張った英雄様に感謝の言葉を送りたくてな、あざっす!」
「死んだと思ったッスよ! 流石はアニキの同級生ッス! あざ~~ッス!!」
「あ~~なんだ、色々あったけどお疲れさん。サンキューな!!」
ニンマリといった表情で笑顔を浮かべるゴミクズ野郎×3。
「感謝の言葉より謝罪の言葉が欲しいんですが……。それとも俺が命を張ったと思い込んでんのか、鳥頭? ニワトリの真似をするのは恰好だけにしろよ!」
異界浸食が起きた初日、俺にした仕打ちを忘れたとは言わせないぞ!
複数のゴブリンが占拠するコンビニの物資を手に入れようとした際、最悪なタイミングで囮役を俺に押し付けた事を忘れたとは言わせねぇぞ、この鬼畜野郎共!!
「おいおい、落ち着けよ……。生きて俺達に出会った事が嬉しいからって、はしゃいでンじゃねぇよ」
立川はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
何も考えずに渾身のストレートをぶちかましたいほどの憎たらしい笑みである。
腹立つ笑みだ、殴りたくなる! けど拳で応じたら確実に面倒な事になる!
もっとも二日前に立川のアジトに忍び込んだ際、シロと協力して物資を根こそぎ頂戴した時の事や、カレーにトリニタード・スコーピオンを投入した時の事を思い出せば、まだ我慢できるけどな。
それに相川館長と、新島さんと、国広さんに騒ぎを起こさないと約束した以上、ここは堪えなければならない……ばーか、ばーか、何も知らずに俺と喋ってる立川のぶぁ~~~~か!!
「はしゃいでるように見えるなら、眼科に行ったらどうだ? 精神科とか脳外科でもお勧めするぞ」
「診察料をくれるンなら考えてもいいぞ。もっとも病院が開いてる可能性は薄そうだけどな。それよりこンな所で何してンだよ?」
「休息中ですが、何か……? そっちこそ何の用でここに来たんだよ……ああ、言わなくてもいい。どうせお前等も避難しに来たんだろ」
俺は窓の外の光景を見る。
すると猛り狂う雨風が蹂躙する世界が広がっているのが分かった。史上最強レベルの台風9号がついに直撃したのだろう。この世が終わりそうな光景である。
「ピンポーン! だいせいか~い! それと『お前等も』って事は、お前も避難しに来たのか?」
「そうだ。ちなみに避難所は二階にある。受付の人がここに来るまで待つか、上に行けばいいんじゃね」
そこで俺は『後はご勝手にどうぞ』と言いながら直ぐ近くにある椅子に腰をかけた。
「何だよ、つれねぇな! 久々に出会ったンだから、もっと会話を楽しもーぜ!!」
「……何でお前とコミュニケーションを楽しまなきゃいけねぇんだよ。こっちは疲れてんだ。モンスター空爆のせいでロクに寝てねぇんだよ、俺は……」
薬をキメたかのようなハイテンションを見せる立川に、俺はげんなりといった表情を浮かべる。
嵐の中を駆け回ったせいで服がびしょ濡れだというのに、随分と元気だな……。ガチで薬キメてんじゃねぇのか、コイツ……?
「モンスター空爆って、未明のやつッスか? そっちも被害を受け「おい、口を閉じろ!」えっ!? 何ッスか、アニキ……!?」
「……そっち『も』ってどういう意味だ?」
俺は立川の取り巻きの一人、小柄のウドの言葉に興味を示した。立川がウドの言葉を露骨に遮った事もあって。
「些細な事だから気にすンじゃねぇ。ただモンスター空爆の大爆発のせいで、寝ていた俺達の目が覚めただけだ。そうだよな、デク?」
「俺に振るんじゃねぇよ、トオル……。でもまぁトオルの言う通りである事は間違いない。そうだよな、ウド?」
「そうッス! 大爆発の衝撃波のせいで叩き起こされたッスよ! 窓ガラスも叩き起こされ過ぎて粉々に割れ「おらぁ!!」おぐぅ……!? な、何故オイラの腹を殴るッスか……!? い、今はヤバいって言ったのに……」
腹を抱えながら崩れ落ちるウド。
「部外者の俺が言うのもなんだけどさ、やり過ぎじゃね? お前の家の事情を漏らしたとしてもさ……ってか、窓ガラスが粉々ねぇ……。御愁傷様でしたと、言っておいてやろうか?」
俺の心の中は『ざまあみろ!』の一言に尽きるけどな!
それと大爆発の衝撃波で窓ガラスが粉々……ひょっとして俺が引き起こした大爆発のせいだったりするのかな?
ガチャで手に入れたマジックアイテム『爆竹』による攻撃をした結果、誘爆に次ぐ誘爆を引き起こした大爆発のせいだったりするのかねぇ……もっとも俺には関係のない話だ。溜飲は下がるけど。
「チッ……。こっちこそガラスが割れる被害を負ったンじゃねぇのか?」
「お前に言う義務と義理あんのかよ……。つーか、嵐の中にどんな用事で駆け回っていたんだよ? 言いたくないなら別に構わないけどさ……」
『どうせ大した理由じゃねぇんだろうな』そんな事を思っていると、立川ではなく大柄のデクの口が開いた。
「トオルの提案でな……。『台風から逃げる奴から物資を頂戴しよう』といった馬鹿な作戦をしていたんだ。お陰で全身どころか下着までびしょ濡れだ、笑えるだろ。そこのアホのせいで」
「誰がアホだ! それと『馬鹿な作戦』は聞き捨てならねぇぞ! 逃げ惑うクズ共から物資を頂戴する方が効率がいいと、お前も絶賛していただろうが!!」
「それは晴れている時の場合だ! 台風なんてヤバい状況の中で物資を頂戴するのはどうみても危険すぎるだろ!! 現に戦利品を積んだリヤカーがどうなったのか、お前も知っているだろうが!!」
「うぐっ……」
立川はバツが悪そうな顔をしている。
「橋を渡ってる最中、リヤカーが暴風に持っていかれただろ! それも橋の下に落るといった最悪な結果だ!! 便利なリヤカーを失ったのはかなり痛いぞ! せっかく手に入れた戦利品や俺達の荷物もな!!」
「い、命があっただけでも儲けものじゃねぇか……!」
「ホントに『命』だけだ……! 戦利品や俺達の荷物はともかく、荷車の代わりはどうすんだよ!! 小回りが利いて大量の荷物を乗せて移動できる、そんな便利なリヤカーを失ったんだぞ!!」
「そ、それは……」
デクの怒りに視線を泳がす立川。
そしてその視線は何故か俺の顔にロックオンした。
「何だよ……。お前の口喧嘩に加勢する気はサラサラねぇぞ」
世界で一番大嫌いなお前を擁護するなんて、死んでも嫌だからな!!
それとリヤカーを失ったくだりは、『ざまーみろ、ばーか!!』であるがな!!
「俺に加勢する必要はねぇ。ちょっといい事を思い付いただけだ。それは「結構です」おい! 俺はまだ何も言ってないぞ!!」
立川の言葉に拒絶の意を示す俺に、立川は怒りの
「どうせくだらない事を手伝わせようとしてるんだろ? 異界浸食が起きた初日、俺にした仕打ちと同じ……あるいはそれ以上の仕打ちを企んでるんじゃねぇのか?」
もしそうなら全力で拒否させていただきます! クズ野郎と協力するのは業腹なんで!!
「くだらない事かどうかは俺の話を聞いてからにしても遅くはねぇだろ、クズ! それに俺の話はクズのお前にとってもいい話だぞ!」
「はいはい、それでどんな話だよ?」
受ける気はサラサラないけどな! あと俺をクズ呼ばりしてんじゃねぇぞ、ゴミクズ野郎!!
「デクとの会話を聞いたのなら分かるだろ。俺達はリヤカーの代わりを欲しているとな。だからお前がリヤカーの代わりをするんだ」
「俺がリヤカーの代わり……って、『荷物運び』として俺を雇うつもりかよ」
うわっ、やりたくねぇ……!
俺を嵌めたゴミクズ野郎共と二十四時間付き合わないといけないなんて、控えめに言っても地獄なんですけど……!!
「報酬はキチンと出すつもりだぞ。体を張る俺達が99%で、荷物運びのお前が1%だ。いい話だろ? 受けるか、受けるよな、受けろよクズ」
「報酬が1%ってふざけてんのかよ……。そこは一割とか、もう少しまともな数字を出せよ」
「一割は欲張りすぎだろ! 体を張るのは俺達なンだぞ! お前はコバンザメよろしく安全な後方から付いてくるンだ! 安心安全の待遇で1%の報酬、破格過ぎる条件だと思うンですけど……!! それでも俺の話を断るというのなら…………分かってンだろうな」
立川は俺に凄みを利かせている。
『俺の話を断ったら殺す』そんな態度を俺に見せているのだ。
「歌舞伎役者の真似事をしているお前に悪いんだけど、橋から落ちたリヤカーの代わりなんてやるわけないだろ。報酬が一割……いや、三割でもやりたくねぇ! それとお前が得する行動なんて、俺が進んでやると思うか? 俺の目の前から消えろ、ゴミクズ野郎!!」
俺は立川に中指を立てた。
それは侮蔑のサインでもあり、明確な敵対宣言でもある。
立川との会話を穏便に済ませようと最初は思ったけど、立川の話を受けるのは絶対に御免だ! なのでここで決着をつけるのも一つの選択肢かもしれない!
「ンだと、テメェ……!! この俺様の顔に泥を塗る様な真似をするなンて、いい度胸してンじゃねぇか!! 日和見主義のクズの癖にイキってンじゃねぇぞ!!」
「中学時代の俺は日和見主義だったのは認めるけど、今もそうだと思ってんじゃねぇ! こっちはお前に嵌められてから色々と修羅場をくぐったんだ! サシなら絶対に負ける気はしない、それでもやんのかよ!!」
お前の甘言に騙された結果、複数のゴブリンに追われた。複数のゴブリンに追われた結果、石造りのダンジョンに足を踏み入れた。石造りのダンジョンに足を踏み入れた結果、妖精のニアと出会ったり、スケルトンソルジャーと命のやり取りをした。
そして昨日はダンジョンボスでもある『黒獅子』と戦い、それを撃破したんだ!
なのでサシなら……いや、他人を貶めるしか能がない三人が相手でも勝てる筈だ!!
「上等だ、ぶっ殺してやる!!」
そう吐き捨てる立川は怒りで顔を歪ませている。それと工事現場で良く見かけるバールを両手で構えた。
「やれるもんなら、やってみやがれ……!!」
俺は椅子から立ち上がった後にファイティングポーズをとる。素手でバールを持つ立川をぶちのめすつもりだ。
学生鞄からコンバットナイフを取り出す暇がない以上、素手で迎え撃つしかないからでもあるが、バールを持つ立川に負ける気は全然しない!! いくぞ、ゴミクズ野郎!!
「中学時代の恨みと憎しみをこの拳に乗せ「そこで何をしているんですか、君達!!」」
先制攻撃といわんばかりのストレートを繰り出そうとする直前、警察官の国広さんの大声が俺と立川の間に割り込んできた。
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