終章 非日常はまだ続く

『テレッテッテー』

『テレッテッテー』

『テレッテッテー』


 俺が一番好きなRPGのレベルアップ音に似た福音が三回連続で聞こえてきた。

 今居るダンジョンのボスモンスター『黒獅子ルビーアイ』からの獲得経験値が多かったからである。


「ククク……また強くなってしまったぜ」


 三回連続のレベルアップに思わずドヤ顔をする俺。


「何カッコつけてんのよ、ばっかじゃないの……?」


 俺の真上に浮くニアは白い目をしている。


「おいおい。強敵に打ち勝った俺を『馬鹿』呼ばりされるのは冷たくないか? 俺を褒めちぎるのなら分かるけど、罵倒される理由はこれっぽちも無い筈だが」

「今の自分の姿を見ても同じ事を言えるの? 冷たい石の床、それも血溜まりの上で寝そべる自分の姿に」


 ニアはジト目で俺を見下ろす。

 それは黒獅子ルビーアイの血溜まりに浮かぶ俺に、『早く立ち上がりなさいよ』と無言の圧力を加えているように見えた。


「動きたくても動けねぇんだよ。特殊スキル『火事場の馬鹿力』の反動でさ……。疲労感とか、倦怠感とか、とにかく気分がすこぶる悪い。もう少し待ってくれると助かる」


 俺は休日の親父の様に寛いでいる。

 凄まじい程の疲労感と倦怠感に抗えない以上、諦めて黒獅子ルビーアイの血溜まりの上に寝そべているのだ。

 ちなみに血溜まりの主である黒獅子ルビーアイの死骸は、普通のモンスターが死んだ時と同じ様に消えていったのである。


 神使から特殊スキル『火事場の馬鹿力』の説明を聞いた時、制限時間が切れたら極度の疲労に襲われる、なんて事を聞いたんだけどさ……。まさか動けない程の疲労感だったとは……。

 体全体を利用した最後の一撃が決まらなかったら終わってたな、ワハハハ……いや、笑えねーか。


「ぶー。何時になったらここを動くのよ。こんな辛気臭い場所からさっさとおさらばしたいんだけどー」

「俺も直ぐにでも移動したいんだよ。黒獅子の血溜まりの上に寝そべるのは嫌だからな。だけど体が全く動けないんだ。だからもう少し待ってくれ……いや、どうせなら俺の鞄を回収してくれ」

「嫌よ、めんどくさい――――って、ハヤトの近くにあるキラキラした『塊』は何なの?」

「何の事だ? 俺の近くにある『塊』って……」


 ニアの視線の先にある『塊』を確認しようと顔を動かす。

 すると赤、青、緑、黄色などの色彩を輝かせる黒い塊――ブラックオパールみたいな拳サイズの石を発見した。


「……宝石かな?」

「宝石ッッ!?」


 正体不明の塊の感想を呟いた瞬間、ニアは塊に躊躇ちゅうちょなく抱き着いた。


「うぇへへへ……この宝石は私のだ~~」


 ニアは自分の手足で塊をがっちりと拘束している。破顔と言った表情を浮かべながら。


「女性は宝石が好き――なんて事はよく聞くけどさ、躊躇なくアレに飛び付くのはどうかと思うぞ、ニア……。罠が潜んでいた宝箱の事を忘れたのか?」

「うっ……」


 俺の言葉を聞いたニアはドキリとしている。

 数時間前に起きた出来事デストラップについて思い出しているのだろう。


「俺の言いたい事が理解出来たのなら、さっさと怪しい塊を手放せ。呪われても知らねぇぞ」

「の、呪いなんて、ある訳ないでしょ……。ないよね……?」

「オカルトに疎い俺に聞かれても困る。ただ見るからに怪しい塊だから呪われてもおかしくは――うぉッ!?」

「うわわわっ……!?」


 突然の揺れに驚きの声を漏らす俺とニア。

 その揺れは震度7相当の大地震であり、『ダンジョンが崩壊するのでは』と恐怖を覚える程の揺れでもある。

 現に真っ暗な天井から石の塊らしき物体が降り注ぎ始めた。

 同時に今居る大部屋の床や壁は、痛々しい亀裂を生み続けている。

『大震災』そう思い浮かべる程の状況下に居る俺は、ダンジョンが崩壊するバッドイベントの最中に居るのだと確信した。


「不味い……!! このままでは生き埋め確実だぞ!!」

「生き埋めって、嘘でしょ……!? こんな味気ない場所で死にたくないわよ!! せめて美味しい食べ物に埋まれて死にたいわよ!!」

「アホな事言ってんじゃねぇ!! 取り敢えずここから動くぞ! う、おおおおぉぉぉぉぉ……!!」


 疲労感と倦怠感に苛まれる俺の体を、気合を入れながら立ち上がらせる。


「ぜぇ、ぜぇ……な、何とか立ち上がれたぜ!」

「それでどうやってここから逃げるのよ! 今居る大部屋の出入口、観音扉は開かないんでしょ!!」


 正体不明の塊を抱きながら宙に浮き始めるニア――ってか、正体不明の塊を持って行く気かよ……!?

 マジで呪われたアイテムだったらどうするつもりだ!!

 とは言え、今はダンジョンから脱出しなければならないので、塊については無視するしかない!!


「ボスモンスターが死んだ以上、観音扉に何か変化が起きてる筈だ! 確証はないけどRPGなら十中八九開けられるッ!!」


 テレビゲームのRPGあるあるを口にする俺は、『横になって寛ぎたい』そんな欲求を抑えながら観音扉の前に移動する。

 それは立っている事が困難な揺れと、地割れで隆起する床に足を取られないよう、慎重かつゆっくりと歩を進めているのだ。

 そして観音扉まであと数歩といった場所――俺の学生鞄が置いてあった地点に辿り着いた瞬間、観音扉の前に大量の石が落ちてきたのである。

 それも今居る大部屋の唯一の出入り口である観音扉を完全に覆い隠す様に。


「タイミング悪すぎだろ!? 石に巻き込まれなかったのは助かったが……!!」

「どうするのよ! この大部屋から出る扉が塞がれちゃったんだけど!!」

「口に出さなくても分かってる……とは言え、短時間で石の山をどかすのは無理だ!!」


 爆薬でもあれば話は別なのだが……!

 もっとも観音扉を突破出来たとしても、外に繋がるゲートクリスタルまでの距離が問題だ。片道数時間分のタイムリミットがあるとは到底思えないし、疲労困憊の俺の体力が持つ自信がない……クソッ!! 八方塞がりじゃねぇか!!


『万事休す』そんな諦めの言葉が頭に過ったと同時、


『諦めるのはまだ早いと思います!』


 神使の念話が俺の脳内を響かせた。


「諦めるのはまだ早いって、どういう事だ!」

『マスターの後ろを見てください!』

「俺の後ろだと……」

「どうしたのハヤト? いきなりシンシに声を荒げて? それも急に後ろを見るって、何かあったのよ――って、何よ、あの光は……?」


 円形の大部屋の中央に視線を向ける俺とニア。

 その二人の視線の先には空間の裂け目があり、その裂け目から白い光を放っている。


「出口だったりするのか、あの光……?」


 床に置いてある学生鞄を手に取りながら神使に質問した。


『確証はありません。ですが出口の可能性は高いです。観音扉を塞ぐ石の山をどかす時間はない以上、あの空間の裂け目に飛び込んだ方がよろしいかと』

「いきなり裂け目に飛び込む事を提案するなんて、随分と過激な事を言うじゃねぇか!! もっとも時間的余裕が無い以上、それしかないのは明白か……ニア!! あの裂け目に飛び込むぞ!!」

「分かったわ、ハヤト!!」


 白い光を放つ空間の裂け目に飛び込む。そう決意した俺は空間の裂け目に足を向ける。

 それは落ちてくる石の塊に注意を払いつつ、慎重かつ迅速に移動しているのだ。疲労困憊の俺の体を鞭打つように。

 そしてあと数歩で空間の裂け目に足を踏み入れる所で、


「詳しく調べる余裕はない! そのまま飛び込むぞッ!!」

「OKよ、ハヤト!!」


 俺とニアは文字通り空間の裂け目に飛び込む。

 すると真っ白の光が俺の視野全体を塗りつぶした。

『眩しい』そう感じた瞬間、俺の足の裏から地面に着地した感覚を覚えた。

 同時に素肌をじりじりと焼き付く日差しと、温い湿気が籠った風を感じた。


「外に出られたのか……?」


 俺は疑問符を浮かべながら空を見上げる。

 そこには清々しい青空が何処までも広がっており、真夏の太陽が空高く浮かんでいる。

 石造りの通路型のダンジョン内では見る事が出来ない光景だ。

 それと周囲の光景に見覚えがあった。


「ダンジョンの出入り口が隠された隙間の前だよな……? オークをクレイモアカードで吹き飛ばした跡が見えるし……」


 小さなクレーターが残るアスファルトを見た俺は、つい先程のダンジョンに繋がるゲートクリスタルの近くに居るのだと把握した。


「助かった――んだよね……?」


 自信なさそうな表情で俺の近くに寄るニア。

 その両手には正体不明の塊をしっかりと抱きしめている。


「多分な……いや、助かったんだ。俺達は崩壊するダンジョンから無事に脱出したんだ」

「だよね! 私達は薄暗いダンジョンから脱出したんだよね! ここは天国とか地獄とかじゃないよね!!」

「お、落ち着け……! 死の恐怖でパニクるのは分からんでもないが、ここは間違いなく現世だ! モンスターがあふれた世界という意味では地獄かもしれないが……」

「現世、地獄、どっちよ……! 私は知らない内に死ん――ぐへっ!?」


 混乱するニアの頭に弱めのチョップをした。


「痛みを感じただろ、ニア? つまりここは間違いなく現世だ」

「も、もう少し簡単かつ穏便な方法で証明しなさいよ……」

「頭が悪い俺ではこの方法しか思い浮かばなかったんでな、メンゴメンゴ」

「謝罪が翅の様に軽いんだけどッ!!」


 そう言いながら正体不明の塊で俺の頭を攻撃しようとするが、


「甘いっての」


 余裕でニアの攻撃を片手で受け止める。


「私の仕返しを受け止めるなー! ……って、私の宝石から手を放しなさいよ!! この宝石は私のものなんだからッ!!」

「何時お前のものになったんだ? それとこの塊が宝石かどうかは知らねぇだろうが」

「何言ってんのよ! この色鮮やかな輝きを放つ塊、それが宝石じゃないなんて有り得ないでしょ!!」

「見た目で判断すんじゃねぇ。取り敢えず神使に解析してもらうから手を放せ」

「嫌よ! 都合のいい事を言っておきながら、私の宝石を奪うつもりなんでしょ!! そんな見え透いた嘘に騙されないわよ!!」

「嘘じゃないからっと、オラァ!!」


 正体不明の塊を持つ手を勢いよく振り上げた。


「うひゃー!?」


 悲鳴をあげながら真上にすっ飛んでいく。

 そんなニアの姿は蒼い空の彼方に消えてゆく――っと、今のうちに調べておこう。

 神使、よろしく頼む。


『畏まりました』


 神使は俺の手に持つ正体不明の塊に近づく。

 すると液晶パネルから『解析中です』と大文字で表示された。同時に心電図やバイオリズムみたいな線も映し出された。

 そして数分も経過するまでもなく、神使から『解析失敗しました』と念話が聞こえてきた。


「解析失敗って、どういう事だ?」

『そのままの意味です。この塊は地球上に存在しない物質であり、何らかのエネルギー結晶体である事は突き止めました。しかし肝心のエネルギーの正体が分かりません。サンプル数が圧倒的に少ないので、この塊の完全な解析は現時点では不可能です。申し訳ありません、マスター』

「そうか……っで、持ち運んでも大丈夫な物体なのか?」

『おそらく問題ないでしょう。むしろ貴重なサンプルですので、このまま保有し続けてもらうと幸いです。ちなみに名称は『輝石きせき』と名付けられております』

「輝石……か。色とりどりに光り輝く石だから輝石と名付けられたのかな?」


 色鮮やかな光を放つ塊――もとい輝石をじっくりと観察する。

 それと輝石を手に入れた経緯をじっくりと思い出そうとする。


 この輝石は黒獅子の血溜まりの上に寝そべる俺の近くにあった。

 つまり黒獅子のドロップアイテムだと考えても問題ないだろうな――っと、そろそろニアが戻ってくる頃かな?


 そう考えながら真上に視線を動かすと、


「フェアリーブレイカー!!」


 小さな拳を煌めかせながら真っ直ぐ俺に飛翔するニアの姿を目にした。

 それも技名を叫びながらである。


「大人しく食らうかっての!」


 ニアの奇襲攻撃を半身を逸らす事で回避した。


「避けるな――って、うわぁぁぁぁぁぁあああッッ!!」


 苦情と悲鳴を上げるニア。

 そして次の瞬間。

 電柱に激突するニアの姿を目撃した。


「自業自得だ、馬鹿め……。電柱の抱き心地は気持ちいか?」

「うっさい! 私の宝石を寄こしなさいよッ!!」


 ふらふらと俺の目の前にやって来るニア。意外とタフだな。


「それは構わないけど、この塊は宝石じゃないぞ。神使に解析してもらったから間違いない。輝石と呼ぶ石だそうだ」


 そう言いながら輝石をニアに手渡す。


「……宝石じゃないの?」

「残念ながらな。もっとも神使が言うには貴重な物体らしい。だから大事に取った方が良いと思うぞ。何時か必要な時が来るかもしれないからな…………多分だけど」


 石造りの通路型のダンジョンを支配するボスモンスター『黒獅子』のドロップアイテム。

 その可能性が極めて高い以上、この輝石の価値は計り知れない筈だ。

 特にダンジョン崩壊する切っ掛けが『黒獅子の死』であった場合。黒獅子のドロップアイテム『輝石』は、最重要アイテムと考えてもおかしくないだろう。

 もっとも現時点では有効活用する方法がないのだが……まぁ、それは追々調べるとして。


「色々疲れたから家に帰ろうぜ」

「賛成!!」


 俺の提案に元気よく返事するニア。

 そして俺とニアは自宅に向かって出発する。

 ボスモンスター『黒獅子』との戦いに疲れた体を癒し、非日常が続くであろう明日に備えて。

 それがモンスターが現れた首都圏内を生き残る心得でもあるからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る