第15話





 再び駅前。


「あ……」


 白のニットワンピを着た10代の女の子を発見する私。

 もしかして、あの子が――?


 ドクン――。


 ……やばい。

 せっかく少し落ち着いたというのに、心臓が ――。


 どうしよう……。

 逃げようかな……。

 でも……。

 でも――――!


「……梨里ちゃん?」


 私は女の子に声を掛ける。

 全ての勇気を振り絞って。

 きっと滅茶苦茶顔が引き攣っているのだろう。

 でも、もう後には引けない――。


「友里、さん?」


 女の子が返答する。

 嗚呼……やっぱりそうだ。

 遂に……遂に逢えたんだ、私……。


 よ、よし。

 気分を落ち着かせて……。

 じ、自己紹介を――。


「はじめまして、浅見友里です」


「あ、あの。私、立花梨里です! 大好きな友里さんに会えて嬉しいです!!」


「えっ」


 ちょっと面食らってしまう私。

 あれ……?

 もしかして梨里ちゃんも緊張してる……?

 え?

 ていうか――。


 『大好きな友里さん』――?


 ちょ、ちょっと待ってね……。

 えーと。

 ……。

 あれ?


「友里さん、行きましょう!」


 私の手を握る梨里。

 あれ? 私……。

 梨里ちゃんに手を……手を……。


 そして私の頭は真っ白になりました――。



 ◇



 駅を少し歩いた先にある喫茶店。

 私が長年通い詰めている、お気に入りの場所。


「うわぁ……! お洒落なお店ですね……!」


 感嘆の溜息を漏らす梨里。

 仕草がいちいち可愛らしい。

 でもたぶん、大げさに振舞っているのは緊張しているからだろう。

 私の方がお姉さんなのだ。

 ちゃんと梨里を見てあげて、エスコートしなくては……!


「良かったわ、気に入って貰えて……。奥の窓際の席が私の特等席なんだ。いこ、梨里ちゃん」


「はい!」


 元気に返事を返してくれる梨里。

 嗚呼もう……!

 今すぐ抱きしめたいよコンチクショウ!


 表情では『良きお姉さん』を振舞っている私。

 しかし脳内では可愛い私の梨里ちゃんがお花畑でスキップして私を誘っている。

 駄目だ、何を考えている私……!

 二次元と三次元の区別が出来なくなってきちゃってる私……!


 と、取り敢えず食事をして、気を落ち着かせなきゃ……!



 ◇



「改めまして、『浅見友里』と言います。都内の○○大学に通う3年生です」


 注文を終え、改めて自己紹介に移る私。


「あ、私も……。『立花梨里』と言います! 都内の○○高校に通う1年生です! 今日は本当に友里さんに出会えて感激です!」


「あ、有難う……」


 思っていたよりも活発で元気な梨里ちゃん。

 いや、今までもSNSやメールで活発さは滲み出て いたが。

 実際に逢ってみるとより元気で活発な女の子に見える。


「じゃあ、梨里ちゃんは16歳かぁ……。私は今年で21になったよ。歳を取るのが早くて嫌になっちゃうけど」


 というか5歳年下の女の子に恋をしちゃった訳なのですね、私……。

 はぁ……。

 相変わらず自分の変人っぷりに溜息が出る……。


「5歳差、か……。それくらいなら、全然……」


「ん?」


「あ……、い、いや……。なんでも無いです!」


「?」


 今、何かボソッと言ったよね……梨里ちゃん……。

 うーん……。

 気になる……。


「あ。そ、そうだ! 今日は友里さんにプレゼントがあったんです!」


 話題を反らすかの如く、そう切り出す梨里。

 そして可愛らしい鞄から取り出したのは――。


「これは……」


「はい! 今日はバレンタインデイじゃないですか。私、友里さんの為に作って来たんですよ。チョコレート」


 梨里が取り出したのは、赤いハート型の包装紙に包まれたチョコレート。

 手作り。ハート型。

 ハート型……!


「? 友里さん?」


 梨里ちゃんが……私の為に……。

 バレンタインデイに……手作りの……ハート型 の……。


「あれ……。チョコレート……お好きじゃ無かったですか?」


 ワナワナと震えている私に不安げに顔を覗き込んで来る梨里。

 あかん。可愛い。

 キスしたい……。


 …………はっ!


 いま何を考えた私っ!

 アホか! 死ね! 地獄の業火に焼かれてしまえ!


「大好きだよ! 梨里ちゃんと同じくらい大好きだよ!」


「……」


「…………はっ!」


 店内に響き渡った私の叫び声。

 店員や店内の客の視線が集まる。

 ……やっちまった……。

 私……。

 いまリミッターが……外れちゃった……。


「……私も……」


「え?」


「私も、友里さんの事が好きです」


「……え?」


 ガシャン!


 タイミング良くお盆を落とした店員。

 恐らくは今の梨里の返答を聞いて、手を滑らしてしまったのだろう。

 「す、すいません……!」とか言いながら一生懸命割れたコップやら撒き散らしたお盆を掃除している。


 ていうかそんな事はどうでもいい。

 今、梨里ちゃんはなんて――?


「このチョコは『義理』では無いんです」


「……」


 周りの客の視線など何のその。

 真剣な表情の梨里ちゃんは先を続ける。


「今日、友里さんに出逢えたらお伝えするつもりでした。私の気持ちを……。友里さん。私――」


「ちょっと待って!」


 その先を言おうとした梨里を止め、代わりに彼女の腕を掴む私。


「友里さん?」


「出よう!」


 慌てて席を立ち、お勘定を済ませる私。

 まだ何も食べてはいないが、そういう状況では無い。

 呆気に取られている店員。

 何か拍手とかし出した一部の客。


 嗚呼。

 もう私、きっとこの店には来ないだろうな。

 でもそれでも構わない。

 それ以上の大切なものを私は――。



 ◇



「……」


「……」


 お互いに無言のままカラオケボックスへと場所を移した私達。

 喫茶店から出た後も、ずっと手を繋いだまま。

 そして今、カラオケボックスでも手を繋いだまま。


 何も歌わず。

 ただただ、お互いの手の温もりを感じるだけ――。


「……梨里ちゃん」


「はい」


「さっきの続き……。私から言わせて貰えるかな」


「……はい」


 ようやく口を開いた私。

 ドキドキはしているけど、暴走は無い。

 というか逆に凄く落ち着いて来た。


 梨里の気持ちが伝わったからかな。

 彼女が私の事を好いてくれているのが分かったからかな。


 ならば彼女も私と同じ気持ちにさせてあげなくちゃ。

 彼女の不安を、私が取り除いてあげなくちゃ。


 私の言葉で――。


「……私は『立花梨里』さんの事が大好きです」


「……はい」


「ずっとずっと、最初にSNSで出逢った時から、好きでした」


「……」


 梨里が返事をせずに俯いてしまう。

 時折身体を小刻みに揺らしながら。


「不思議だよね。逢った事も無いのに……。でも、たぶん、あのときから私は梨里ちゃんに恋に落ちていたんだと思う。優しくて、元気で、いつも私に勇気を与えてくれた梨里ちゃんに……」


 梨里が泣いている。

 彼女も同じ気持ちだったのだろうか。

 私の右手をぎゅっと握り返す梨里。


「わたし……も……」


 梨里がそのまま顔を上げる。

 泣き腫らした顔は、とても可愛くて――。


「友里さんに逢いたくて……でも……逢ったら嫌われる、かも知れないって……ずっとずっと思ってて……」


 ぽつりぽつりと話し出す梨里。

 不安な気持ちは私と一緒だったのだ。

 まるで私自身を見ている様だ。

 きっと梨里も年上の同性を好きになってしまって困惑していたのだろう。

 手に取る様に彼女の不安だった気持ちが伝わってくる。


「梨里ちゃん……」


「友里さん……」


 どちらかという訳でも無く。


 私達は――。




 ◇



 2月14日バレンタインデイ。


 私は一人の女子高生と出会い。

 そして彼女と約束した。


 これから先、きっと様々な困難が私達を待ち受けているだろう。

 この愛も永遠では無いのかもしれない。

 彼女の『好き』はただの年上に対する憧れなのかも知れない。


 でも、今はそれでいい。


 私は今までの人生の中でこの上ない程の『安心感』で満たされているのだから――。



  ハッピー・バレンタイン




 fin.






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