第29話 商業都市プリアと女神の噴水

Derek Fiechter / Brandon Fiechterの「Market Town 」という曲とともにどうぞ

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「身分証の掲示を」


 商業都市プリアは王国内でも有数の都市だ。門番も城壁もどこぞの村と違ってしっかりとしている。


「ベリンジャー商会です。こちらは商隊護衛の者たちです」


 ベリンジャー商会の確認が終わった後、続けて僕らも冒険者ギルド身分証を掲示する。シトラスはテイムしたモンスターなので身分証はいらないと思っていたが、セリア曰く頻繁に街を出入りするならば作っておいたほうが良いとのことだった。


「はい、ありがとうございます。確認できました。スライム……そちらのお嬢さんはスライムなんですかね?」


 シトラスが人型になっているからだろう。たしかに人型になったスライムというのは聞いたことがない。


「スライム、間違えない」


 そう言ってシトラスは手の先をスライム形態にした。


「ほうほう、変身できるんですね。街中では暴れないでくださいね」


 門番のお兄さんはどうやらスライムの生態に詳しくないようで、人型へ変身できるものだと思ったらしい。しかし、王都でシリアスがスライムだと知られたら研究所とかにでも連れて行かれてしまうのではないだろうか。何も考えずにここまで過ごしてきたけど、少し気をつけないといけないな。


「それでは、ようこそ商業都市プリアへ――」



 ◇



 門をくぐるとそこは熱気の渦だった。 Trackトラック・ Starスター・ OnlineオンラインはよくできたVRMMOだった。度重なるアップデートで人間の五感を刺激するようになった。嗅覚や味覚が感じられ、街の熱気を再現された時は感動した。あぁ、今ここは、トラスタという異世界なんだ。そう感じる。再現ではなく、本当にファンタジーの世界の熱気だ。人々の匂い、空気だ。


 どこからかバグパイプやリコーダーの音色が聞こえてくる。この太鼓の音はバウロンだ。バウロンとは片側だけに革を貼り、周りを木の枠、後ろを木で十字に渡したものだ。その十字部分を片手で持ち、皮の方をビーターと呼ばれる木の棒で叩く。ファンタジーゲームのBGMだとか、ケルト音楽だとか言えばイメージしやすいだろう。


「テイル殿、私どもの商会館でもてなすにはまだ準備ができていません故、しばらく街中を散策されてはいかがですかな?今日は週末、もう皆どこも仕事を締めてお祭りです。そこにある女神の噴水から北へ真っ直ぐ中央通りを進めば、一つ屋根の高い建物がベリンジャー商会館です」


 シトラスはもう何か食べたくて仕方ないようだ。じっと屋台を眺めている。いや、セリアも一緒に眺めてる。セリアも食いしん坊だな、やはり。


「そうですね。皆も色々と見て回りたいみたいです」


「ほっほっ。そうですな。午後の鐘が2つ目、ちょうど女神の噴水に飾られてる水時計の位置が14をさす時、いらしていただければと思います。それと、精一杯もてなしをさせていただきますので、お腹はほどほどに。では」


 そう言ってフリッツさん一行は商会館の方へ向かっていった。あ、ルッツ君がこちらを見てる。やっぱりセリアのことが気になるのかな。まだまだ遊びたい年頃だけど、彼はベリンジャー商会の仕事が残っているからな。何かお土産を買っていってあげよう。



「さて、この街に来たらまず、女神像へ挨拶だな」


「お腹空いた」


 シトラスは挨拶よりも食べ物らしい。


「まぁまぁシトラス。女神の噴水に飾られてる女神像、あの足元が周りよりも窪んでいるだろう?女神像に背を向けて硬貨を入れることができれば、願い事が叶うらしいぞ」


「美味しいの食べれる」


 おぉ、シトラスがやる気を出してる。しかし後ろを向いたまま硬貨を投げた場合、きちんと窪みに入ったか分からないのでは無いか、そう思うかもしれない。事実、初期実装では分からなかった。特にVR化されてしまうと、俯瞰してキャラを見るということがない。そこで、この噴水に硬貨を投げ入れる際、なんと自分のオーラが硬貨にまとわり、噴水に入った後もしばらく輝くらしいのだ。さすがファンタジーの世界だ。


「ええい!」


 ――カン!


 あぁ、セリア、そんな力まなくても。というか今、女神像の顔面にぶつかったよな。一応落下して窪みに入ったけど。俺は現役時代百発百中だった。二人に見せてやろう。


「そらっ」


 ――ガイン!


「テイル様、顔面ヒット」


 シトラスは表情が読み取りづらいが、どうも爆笑しているようだ。ごめん、女神様。シトラスは何事もなく窪みに入れられたようだ。俺らは女神像に一礼し、目を閉じた。やっぱりシトラスは食べ物でもねだるのかな。


(お祈り、しなきゃ。美味しい食べ物ください)



 ◇



『……高位なるスライム、シトラシュ、スよ……聞こえますか……』


(噛んでる)


『かんでましぇ…せんよ。それと私を捕食しようとするのは止めなさい』


「なんですか」


『女神です』


「知ってます」


 私は邪神様すらお会いしたことないけど、先に女神様に会ってしまったようだ。それにしても顔が腫れてる。


『……やり辛いですね。私はモンスターであるあなたの存在に希望を持っています』


「お腹空いてるので手短にお願いします」


 お腹空いてるのだ、早くしろ。


『……どいつもこいつも……あなたはテイルと共に過ごし、この 世界トラスタへ可能性をもたらすのです』


「可能性。つがい、繁殖?」


『いや、えっと……』


「それじゃ『ま、待たれよ!!』」


 ――ぷるん。



 ◇



「シトラスは女神様に何をお祈りしたんだ?モンスターは邪神じゃなくて女神信仰もあるのか?」


「美味しい食べ物」


「はは、シトラスはぶれないな〜」


「シトラスちゃんはやっぱり食いしん坊ね」


「……頑張る」


「ん?」


(つがい、頑張る。まだテイル、発情期じゃない)


「そう言えば、一つ忘れてたな」


 俺は女神像の真後ろに周り、手をかざす。すると、アイテムボックスに50万円入金された。これはトラスタ時代のバグ技で、実装する予定だったのか、もしくは途中でやめたのか女神像の後ろを調べると何もないのに50万円入手できるというバグだ。

 昔やったモンスターを捕まえて育てるゲームで、部屋の隅を調べると何も無いのにパソコンが起動するというバグがあった。こういう、実装したけどグラフィックとか忘れちゃったらしいバグはちょこちょこある。忘れず回収していこう。悪いな女神様。


「よし、じゃぁ、女神様への挨拶も済んだし、屋台回ってみるか」



 ◇



 商業都市プリアは王都と並ぶグルメ都市だ。珊瑚の街のように海産物は無いものの、世界中から食材が集まるし、河川や湖、山の恵も豊富だ。俺も好物も多い。


「テイル、この串焼き食べたい!」


 セリアが鶏肉や豚肉、野菜が挟まった串を指差す。うんうん、この香りだ。


「あぁ、これはブロチェタだな。王都ではブロシェットとも言う。香辛料のいい香りだ。鶏肉と豚肉のをもらおう」


「セリア様、トリブタンの肉もある」


「トリブタン?あぁ、あれか。それももらおう」


 トリブタンというのは鶏と豚を足して二で割ったような元モンスターだ。遠い祖先がモンスターだったらしいが、今では野生のモンスターとしては生息しておらず、家畜化されており、トラスタの分類ではただの動物だ。豚の胴体に鳥の頭と翼、脚と言った出で立ちだ。昔は飛べたらしいんだが、今は飛べない。


 なんというか、色々良いところを欲張った肉の生物。


「トリブタン、好き」


「そうかそうか、良かったな」


 シトラスは野生時代に牧場のトリブタンでも襲っていたのだろうか?


「テイル、早くあっちも行こう?」


 セリアに引っ張られる。こういう時間も悪くないな。早い所拠点を作って安定した生活をしよう。

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