第21話 海の森の散歩

「テイルさん、なんで水中を通らずにわざわざ水を抜いて進んでるんですか?」


 俺たちは今、海底神殿の小部屋をぐるぐる回りながらいかにも仕掛けが発動しそうな何の変哲も無いボタンを押して移動している。もちろん、水中ではないので『ダマシウチスライム』のシトラスも一緒だ。


「『深海に至る海の森』の神殿エリアは、入口序盤の水中エリアを抜けた後はしばらく水から出たエリアがつづく。半分水没しているような感じで、一見して水中を通ると近道に見える。だがな、わりと迷いやすい作りになっているのと、水中は『人魚オジサン』という強敵モンスターがいるんだ。今のレベルで水中戦はきついな」


「人魚オジサン、気持ち悪い。きらい」


 シトラス、そんなこと言うな。人魚オジサンだって好きであのキャラメイクになったわけじゃないと思うぞ。


「順番にスイッチを押して水を抜いたルートを通っていくと、安全に次のエリアまで進むことができるんだ」


 お、水が抜けて身動きがとれなくなった人魚オジサンをシトラスがタコ殴りにしてる。人魚オジサン、水中以外ではほぼ何もできないんだ。武器持ってないし。レベル上がったな。


「そうなんですね。テイルさんほんと物知りです。このままだと私、そうなんですねロボットになりそうです」


『セリアは スキルそうなんですね を取得した』


「スキル取得したな」


「謎ですね」


 スライムは相手を包み込むことで敵を倒せるはずなんだが、どうもシトラスは人魚オジサンをタコ殴りでしか倒してない。経験値が惜しいから倒せる相手は倒してるが、なるべく触れないようにしてるようだ。人魚オジサンと目があうが、なんかこうウルウルしててこっちもつらい。



 

 そのまま打ち上げられた人魚オジサンをひたすらシトラスが虐殺し、いよいよ海の森エリアまでやってきた。モンスターではない魚もちらほらいる。 Trackトラック・ Starスター・ Onlineオンラインだったら、モンスターはステータスが出て背景グラフィックと異なっていたけど、この 世界トラスタだとモンスターなのか、ただの魚なのか分かりづらいな。


「シトラス、そんな目で見つめないでくれ……」


「テイル様、お別れですか?」


「ダンジョンクリアしたらすぐ呼ぶよ」


「シトラス、おとなしくしています」


 無表情だけど寂しそうにしているスライムを送還し、水中エリアへ進んだ。だいぶ潜水バグも慣れてきた。




「セリア、なるべく明るい所を進むように。よりいっそう暗くなってるところは、強敵が出やすい」


「人魚オジサンはもう出てこないんですか?」


「あいつは神殿エリアの、あの場所しか出てこない」


 海の森と言うだけあって、ここにくるまでの『深海に至る海の森に至る海の道』と違い、情景は森そのものだ。僅かだが青みがかかった海水に、空気の泡がどこからかの光を反射させている。上からライトで照らしたような明かりが差して、クリオネみたいなのがプカプカと泳いでる姿はまるで天使が――


「セリア!しゃがめ!」


「え?あ、はい!」


 セリアには指示が飛んできたらとりあえず従うように言っている。出会ってからたった数日でそこまで訓練されているわけではないのだが、不思議と彼女は俺の指示にしっかり反応して従う。


 先程までただよっていたクリオネのような……モンスター『ヒトクイクレイオー』がバッカルコーンと呼ばれる触手を伸ばしてきた。幸い、セリアのしゃがみが間に合ったらしく、頭上をかすめていく。


「んー厄介だな。セリア、火魔法とか使えないか?」


「魔法は一切できないです……」


「そうか……。俺も魔法関係のスキルが抜けてるな。『ヒトクイクレイオー』は熱に弱いんだが、このままじゃふりだな」


 魔法関係のスキルに関しては後からでも大丈夫かと思っていたが、やはり早めに身につけておこう。異世界転生したのに魔法使えないというのは、なんというかシナリオ上つまらないしな。


「あの、『女神の下僕の森』で使った『ジャスト爆弾』はどうでしょうか」


「その手があったか!」



 それからしばらく『ヒトクイクレイオー』のバッカルコーンや本体が近づいてきたら『ジャスト爆弾』を当ててダメージを与えた。およそ自分たちにはダメージの入らないような爆弾だが、わずかな熱の変化に弱い『ヒトクイクレイオー』は次々に倒され、『クリオネの刺し身』という微妙なドロップアイテムを残していった。

 たしかにスーパーとか鮮魚店で売ってたりするけどさ……。あれは観賞用だと思うぞ。味見した人もいるだろうけど。




「不思議ですね。水の中にいるのに、まるで森の中のようです」


「歩いてる、というのもあるからな。この辺りだと『鯛の刺身』とかが泳いでたりするぞ。泳いでるだけだから採取しておいて損はない」


 この 世界トラスタでは刺し身が泳いでいるのだ。


「この海の森は上級冒険者だとデートスポットにもなっている」


「今もデートみたいなものですね」


「はは、爆弾投げたり中々激しいデートだな。今日は通らない道もいくつかあるし、レベルが上ったらまた来よう。今のレベルだとあまり奥へは行けない」


 海の森にはいくつかの小道がある。通常はアクア街道と言われる道をまっすぐ行けばボスがいるエリアにたどり着く。わざわざ小道にそれるような冒険者はいないものだが、やはり冒険者である以上、ダンジョンはくまなく調べてみたいのだろう。上級者レベルに満たない冒険者が足を踏み入れ、命を落とすことも少なくない。


「奥ってボスがいるエリアではないのですか?」


「ここは『深海に至る海の森』ダンジョンだ。ボスのエリアまで行ってもそこは深海とまではいかないんだ。まぁわりと深いが。途中、いくつかの小道のうち1つが『深海』エリアへ進むことができる。適正レベルは200からだ」


「200!?」


 MMORPGで200なんてざらだ。俺もトラスタのレベルキャップをしらないが、きっと999レベル向けのダンジョンとかもあるんだろう。



「さぁ、そろそろボスのエリアだ。ここのボスについて説明しておこう。ボスのエリアに入って戸惑うなよ?ボスは『カワイイイルカ』だ」


「可愛いイルカ?」


そうしてボスのエリアに踏み出した瞬間、目の前に現れたのは「きゅー」と鳴き声を出す、なんとも可愛い子どもサイズのイルカ型モンスターだった。



(きゅー?)

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