第17話 海底散歩

 朝起きたら獲物がひっかかった痕跡があった。前回、前々回とギルドの入口でチンピラにからまれ、その時は「いつでもマモルくん」を使用した。今目の前でランプを赤色にしているのは、「いつでもマモルくん2 お部屋ver」だ。通称「いつマモ2」。


 もしかしたら、そろそろ異世界転生ネット小説のド定番、「撃退したら逆恨みして主人公殴るか女の子誘拐イベント」みたいなのが起きるかもしれないと思い、念の為設置しておいたのだ。「いつマモ2」は悪意のあるものを検知、気絶させる機能がある。さらに強力な自動通報機能がついてるのもあるが、まぁ公共施設やお店の警備じゃない限りそこまではいらないだろう。


 そして「いつマモ2」にはもう1つ。検知し始める数秒前から録画機能が作動するのだ。本当に悪意のあるものが入ってきたらそのまま録画継続、撃退。検知しても問題なければ録画データは削除。中々高性能だ。


「うーん、なるほど。昨日からんできたチンピラだな。廊下で気絶してたみたいだけど、おそらく宿の人が状況に気づいて街の警備隊へ引き渡したんだろう」


「そんなことが…。守っていただいてありがとうございます」


「守ったのは『いつマモ2』だけどな。念の為1と2、両方予備を渡しておくよ」


 俺は念の為セリアにマモルくんシリーズを渡しておいた。俺の予想が確かであれば、先々セリアと逸れるようなことがあり、暴漢にでも襲われてしまうだろう。きっとそういう運命なのだ、この手のシナリオは。





「ゆうべはお楽しみでしたか?」


 受付で顔を合わせるなり、受付嬢のフランさんが発した言葉。どうしてこう、この 世界トラスタは男女で宿に泊まるとこういうセリフを吐くのだろうか。やはり仕様か。いや、今はそれどころではなく…


「なんとなく予想はしてたんですけど、フランさんなぜここに?」


 俺の目の前にいるギルドの受付嬢、それは昨日まで「ネクスト村」ギルド所属だった受付嬢のフランさんだ。そのフランさんが何故か…いやまぁ理由は分かるというか、予想できていたんだけど、いるわけだ。


「えぇ、なぜ予想されたのか…分かりかねますが、昨晩の間に『珊瑚の街』ギルドへ移籍しました。ふふふ。ご活躍、聞いてますよ」


「まだ何もしてませんよ」


「あら、そうですか」


 そりゃそうだ。昨日ここに来たばかりで何もしてないし、してたとしてもすぐにそんな耳に入らないだろう。ここのギルドは夜やってないし。


「早速なんだが、このウニとカキの採集クエストを受注したい」


「潜水スキルも無いのに?」


「テイル食べたい」


「安心しろ、いっぱい採れるぞ。この 世界トラスタに漁獲制限なんてものは無いからな」


 セリアは食いしん坊だな。昨日気づいたんだが、セリアは本当によく食べる。たぶん、このまま冒険を続けてる間にグルメになるだろう。 職業ジョブにグルメマスターというのもあるし、とらせてみるのも良いかもしれない。


「フランさんはもう気づいてるでしょう。俺が潜水スキルを使えなくてもなんとなく採集してきそうなことくらい」


「そうね。まぁ手法は聞かないでおいてあげます。採集数の上限は無いので、密輸でも密漁でも……採集できるだけしてきてください」


 まるで闇取引をしにいくみたいな言い方だな。





 砂浜と海岸エリアの間にある、入り江にやってきた。潜水スキルを使わない潜水バグ、通称「海底散歩」は「海」であればどこでも使える。ただ、泳ぐというより水の抵抗を感じながら歩く感じになるので、場所をよく選ばないといけない。水中の中では人は浮かぶものだが、水の無い海と言えばいいだろうか、重力で下に落ちる。水の抵抗はあっても浮力は無いのだ。


 適当なところで「海底散歩」を使用してしまうと、奈落の底へ落ちてしまうだろう。実際ゲーム時代はこのミスで死亡したプレイヤーもいる。今日は採集クエストなので、安全な採集場所に来た。


 滞在中に攻略しようとしている『深海に至る海の森』というダンジョンは砂浜にダンジョンへ向かう目印が立っていて、そこから海中にある目印を頼りに進んでいく。ここは道をそれるとフィールドに強力な敵が出てきてしまい、場合によっては海の底に沈んでしまうだろう。


「潜水スキルを使わないのに制限時間無しで水中を移動できるなんて、初めて知りました」


「誰も知らないと思うよ。水の抵抗だけは残るから、水中用装備に着替える必要がある。この水着を着てくれ」


 上級者あたりまでに適した水中装備…それは…スクール水着だ。数あるネット小説もド定番の登場をするスクール水着。どうせ Trackトラック・ Starスター・ Onlineオンライン制作陣の趣味か、まぁ商売的な意図があるだろう。なんたって登場するNPCに着せたイラストの公式タペストリーが売られていたくらいだ。


「水に入るのに全身を布で覆うんですか?」


 おそらくセリアはスクール水着を知らないか、まぁ知っていても地球の感覚とはちょっと違うだろう。


「特殊な繊維でできていて、水の抵抗を減らす(という公式設定だ)。水中にいるモンスターはもちろん水中に適しているから強い。僅かな動きの差で危険に陥る」


 ようやくセリアのスク水姿に慣れてきた。さぁ、成功するかいささか不安だが、潜水バグ「海底散歩」に挑戦してみよう。


「この入り江を少し進むと、ちょうど頭までつかるくらいの深さの所があるだろう?そこへ着いたら、ステータスを開くんだ。それからアイテムボックスとスキル詳細のステータスも開く。その状態で強くステータスを開くように念じる」


「ステータスを開いてるのに、またステータスを開くんですか?2重では開かないと思うのですが」


「そうだな、うん。そう、2重には開かない。2重には開かないが、とりあえず念じてみてくれ。そうすると『女神の加護』が発動して『潜水スキル』無しでも水中を潜っていることができる」


 んー、これがバグ技だ、とは言えないので説明が難しい。バグ技はしばらく『女神の加護』という特殊スキルだということにでもしておこう。


 この潜水バグはトラスタがVR化されてから半年ほどで発見されたバグで、開ける限りのステータスウインドウを開いた後、開いてる状態で無理やりまたステータスを開こうとすると、ステータス画面が落ちるバグだ。地上でも普通にできる。


 水中でこのステータス画面落ちバグを行うと、なんと水中移動状態がキャンセルされて、地上と同じような状態、つまり潜水スキル無しで無制限に呼吸ができてしまう。実にガバガバな作りである。例のごとく、制作者の「はじまり」さんは「まぁ潜水スキルじゃないといけない(泳がないといけない)場所もあるし、潜水スキルを取るタイミングとダンジョン攻略のタイミングがずれる程度だから、そのまんまでいいんじゃないかな」と言っていた。事実、発見以来バグは修正されていない。



「できた!」


 さっそくセリアはできたらしい。水中での会話は潜水スキルが無いとゴボゴボ言うだけなのだが、この潜水バグでは普通に会話できる。


「よし、早速採集クエストしながら、夕飯集めよう!」


 この入り江は海中クエスト初心者向けで、一応モンスターが出るフィールド扱いなのだが、日中であれば全くモンスターは出てこない。ただ夜になると「ステルスザメ」というモンスターがやってきて、特定のスキルや装備が無ければ、気づく前に食い殺されてしまう。「ステルスザメ」は夜型なのだ。



 そうして順調に「ウニ」と「カキ」、ついでに「ワカメ」と「大トロマグロ柵」を採取した。なぜ大トロマグロ柵が採取できるのかは不明なのだが、このゲームでは刺し身が泳いでいることがある。そのせいで、年代によってはスーパーで売ってるお刺身は海を泳いでる、と思い込む人もいるそうだ。


 なお「カキ」は岩肌に張り付いてるし、「ワカメ」もしっかりと生えてるんだが、手を添えるだけで採取できる。


 作りが細かいんだが雑だか分からないVRMMO、それがトラスタなのだ。グラフィックはすごいが…



「すごい綺麗でしたね、海中」


「あぁ、やっぱりこの 世界 トラスタでも、『珊瑚の街』に関するエリアは素晴らしい。あの入り江に夕日が差し込む情景なんかは、俺はこの街では一番だと思っている。『深海に至る海の森』も美しいダンジョンだけどな。あの入り江が夕闇に落ちるその手前までの僅かな時間、モンスターも湧いてこない、あの時間が素晴らしいんだ」


「相変わらずテイルさんは謎ですね。潜水スキルも無いはずなのに、なんでこんな大量に採集できたのでしょう…」


「まぁまぁフランさん。口止め料は『ウニ』と『カキ』以外にも、この『黄金輝くイクラ』あげますから」


 あの入り江ではレアドロップとして『黄金輝くイクラ』というアイテムが入手できる。明らかにスーパーのパックに入った黄色のイクラというのが、岩壁や海底に生えてるのだ。黄色・黄金色のイクラというのは通常鮭ではなくヤマメで採れる。サケ科のサクラマスが海に出ずに、河川で育ったのがヤマメなのだが、なぜか海で採れる。


「あらあら、ギルドでは賄賂は禁じられていますが」


「いつもお世話になってるお気持ちですよ」


「ふふふ、また次の採集クエストも楽しみにしていますよ。」




 楽しみにしていてくださいフランさん、これもあなたを仲間に入れるためです。



 それにしてもセリアはいつまでスク水を着ているのだろう?

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