第4話 はじまりの村のおつかい…なんて無かった

「さて、門番のおっさんイベントも終わったし、まずは丘の上にある村長の家だな。しかし現実世界と同じで歩くと疲れる。アレをするか」


 アレをすると言ったら定番のアレである。壁抜け。『はじまりの草原なんて無かったバグ』より手順が少し面倒である。俺は村に入ってすぐの防具屋へ行き、店前の樽を持ち上げる。樽って意外に重いんだな。


「ゲームの時は気にならなかったけど、一応ここは第二の人生を謳歌している異世界(?)の現実世界(?)だし、こう人様の家の物を勝手にいじっていいのか、悩ましいな。後で民家のタンスも開けてみよう。さて、この樽を持って向かい側の武器屋の樽と入口の間に投げて……」


 虚無を取得する。うむ、樽は消えたけど俺はなんか今手をあげて、なんかを持ってる気がするぞ。これが虚無か。ゲームの時よりも力強く虚無を感じるな。虚無を入手とか、取得というのは、まぁゲームのバグ技のひとつで、アイテムを持ってないはずなのに何も見えないアイテムを持ってる状態になるようなことだ。ざっくり言うと。


「こら!あんた何やってんだい!」


 やべ、物音聞いて防具屋のおばちゃんが出てきたよ。名前なんだっけ。防具屋のおばちゃんだっけ。とにかく急がないと。


 俺は急いでそのまま90度向き直り、武器屋の樽と樽の間に入って『虚無』を投げた。



 ◇


 

「お、うぉぉ!?相変わらずキツいなこれ。成功したっぽいけど…」


 村長の家の目の前、それも空中に転移したな。ポーション飲んどこ。


 ドサッ。


 あ、ダメージ判定無いんだ。心配して損した。とっととチュートリアル終わらせよう。


 ガチャッ――


「キャー! 誰!?」


 おぉっと危ない。ゲーム感覚のせいか無言でドアを開けてしまった。んーでも、何て言えばいいんだ?


「あ、あの。村長の娘さん何か困ってないかなと思って……」


 なんだその理由。我ながらおかしい。しかし、そうは言っても『はじまりのおつかい』しないとはじまらないしな。黄色い悲鳴を上げた村長の娘よ、名前覚えてないけどとりあえずお使い頼んでくれ。


「あ、あぁ。あなたが門番のおっさんが言ってた、お使い頼まれてくれる方ね。助かるわ。早速だけど、『はじまりの小道』にある『はじまりの職人小屋』にいって『はじまりの精霊の冠』を買ってきてくださる?3万Gあれば足りると思うわ」


「承知した(この娘可愛いな)」


 『はじまりの小道』は最初のフィールド『はじまりの草原』の道中にある脇道で、一度この『はじまりの村』に入ってお使いを頼まれてからじゃないと入ることができない。厳密には入れるバグがあるんだけど、ここで村長の娘と会話してフラグを立てないと、職人のおっさんが小屋に出現しないんだ。つまり、『はじまりの精霊の冠』とやらは入手できず、結局ここまで一回来る必要がある。しかし、『はじまりの精霊の冠』とか大丈夫なのか。なんかどっかで聞いたようなアイテムまんまな気がするが。


『別にパクってないですよ』


 「はじまり」さんはいつもそんなこと言ってたな。俺は知らんぞ。


 とりあえず一旦、村長の家を出て……


 ガチャッ――


「キャー! 誰!?」


 またそれかい。というか、また挨拶して入るの忘れた。いかんな。ここは一応現実世界だ。今のところは。


「こちら、『はじまりの精霊の冠』です。それから、お釣りの1万Gです」


「あら、ありがとうございます。お釣りはいらないわ。お使いのお礼です。明日にも精霊祭がありますので、良かったら見ていってくださいね」



 はじまりの村のおつかい?そんなものは無かった。

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