第10話   認めない男と認められたい女


『4日目 夜』



「ただいま」


その直後の出来事だった。光が上着を手に取り、一目散で外に飛び出ようとした直後。

頭には帽子を被り、マスクで口を覆った堂本千鳥が帰宅したのを目にしたのは。

しばし、事態が呑み込めず立ち尽くす光。その後、我に返ったかのように

千鳥を部屋内部へ押し込み、一度外の様子を見まわした後、ドアを勢いよく閉める。


「どうして外に出た!

 言ったハズだ、一歩も外に出るなと!!」


「ま、まぢでうざっ!

 アンタが帰ってくるの遅かったからじゃん!

 お腹空いたから、コンビニ行ってきただけだし」


「おまえの顔が見られたらどうする!」


「そんなのうち、関係ないし!

 ってか、どーせ親なんかうちのこと心配してないに決まってる。

 だってこの前も、1週間家出したばっかだし」


よく見ると、堂本千鳥の右手にはコンビニのレジ袋が握られていた。

お腹を空かして夕食は買いに行ったことに、嘘は無いのだろう。

そして堂本千鳥が帰宅した以外にも、光を安堵させる事実が判明した。

それは千鳥の親が捜索願いを出していない、という可能性。

実は昨日、今日と光は千鳥の捜索願いが出ていないかを、可能な限り探っていた。

だがしかし、いくら調べても、確認しても出ていない様子。

本人の言うべく、千鳥の親は三度の家出だと判断しているとみて間違いは無かった。

ひとまずの危機を回避し、ようやく鼻息収まった両者はやっとの思いで夕食につく。

二人共、慣れない行動、生活で疲れ切っていた。コンビニ弁当が二人の会話相手。

沈黙の空間の中、千鳥がふいにテレビのリモコンスイッチを入れる。


『いやー、こんな美人な奥様をゲットしたなんて羨ましい!

 一体どこでお知り合いになられたんですか?』


テレビに映るのは『突撃!貴方の美人妻を見せて下さい』という、三流バラエティ番組。

焚きつけられた音に反応して、光も画面に目を向ける。

だがその内容が愚劣だと感じたか、すぐに目線をコンビニ弁当の梅干しへと移動させる。

千鳥は興味を示そうとしない光の様子に気づく。


「あんた、彼女いるの?」


「いない」


「だっさ!

 その年で彼女もいないの?

 ちょー負け組じゃん!

 うちなんか、同じカースト上位のイケメンの彼氏がいるし!

 独りぼっちのあんたには分からないだろうけど、

 彼氏がいるだけで、毎日まぢ楽しいし!」


「相変わらず、昭和に彩られた脳みそだな。

 男と女は付き合わないと、結婚をしなければならないという、

 古典的な常識に囚われた、まさに哀れな日本国民代表だな。

 存分に、負け組ライフを楽しんでくれ」


「は、はぁ!?

 まぢでキモいし!

 あんたどうせ、彼氏がいる私に嫉妬してるだけなんでしょ!

 ってかね、あんたの発想があり得ないし!

 好きとか、愛してるとか、恋愛の感情に勝ち負けとかないし!!」


「先に負け組と言ったのは誰だ?」


淡々とコンビニ弁当に箸を進める光とは対照的に、顔を真っ赤にさせて光を睨む千鳥。

こうまで自分が誇りにしてきたものを馬鹿にされ、大人しく引き下がれようか。

キッチンで寝転がって遊ぶみっぴーをよそに、千鳥は急に立ち上がる。

光はため息一つついて、唇を噛みしめてこちらを睨みつけてくる千鳥を、嫌々顔を向けた。


「う、うるさいし、意味不明だしっ!!

 あんたはそんな年でも、恋愛どころか、結婚もしてない!

 一般常識に考えても、あり得ないし!

 家庭も子供もいない男なんて、絶対負け組だし!!」


「そう、テレビやネット、周りの人間が言っていたのか?

 そうやって洗脳されているのは所詮、

 何処かの独裁国家で、笑顔で旗を振っている国民と同じ思想!

 その姿を蔑んでいるおまえらは、所詮同類ということだ!」


「うるさい、うるさい!

 あんたは間違ってるの!」


「俺は結婚の否定などしていない。

 勝ち組に、おまえら程度の価値観を押し付けるなと言っている。

 勝ち組にとって結婚など所詮、ファッションの一部!

 結婚など、いつでもオーダーメイドできるわっ!!

 負け組は結婚如きで、万歳三唱でもしていろっ!!」


気が付けば、ヒートアップした光はいつものように人差し指を突き付け熱弁を振るう。

喧嘩を吹っ掛けた相手の千鳥は、何も言えずにただ顔を下に向けるだけ。

そのうち手に持っていた割りばしを地面に叩きつけ、勢いよく顔を上げる。

 

「何であんたは否定ばっかりするのよ!

 否定ばっかりしてて楽しいの!?

 あんたなんか終わってる、最低っ!

 死ねっ!」


よくよく見ると、千鳥の目には涙が溜まっており、声も震えている。

服の袖で涙を擦ったと思うと、すぐ様光の寝室へと駆けて行ってしまった。

残された光は仕方なく、無残にも地面に転がる割りばしを拾い上げ、ゴミ箱に捨てる。

そんな光の背後に迫る者が一人。


「えへへっ。

 みっぴーも可愛いお嫁さんになれるかな」


「素敵な妖怪と結婚するんだな、この馬鹿が!」


それ以上みっぴーに構うことはせず、再びコンビニ弁当を口に叩きこむ作業に戻る。

堂本千鳥とは昨日と同じように衝突してしまったが、何処か光は納得した様子。

心の乱れは無い。ある意味で、これ以上千鳥の精神に負荷をかけると本当に脱走の恐れすらあるのにも関わらず。

鼻で深い呼吸をし、ペットボトルの水を一口飲みこむ。


「(これで良い、あくまで堂本千鳥ともこの距離感を保つ。

 この閉塞感・緊張感が粉飾となってくれる。

 みっぴーの本名、足立美緒の情報を手にしたことを、

 この俺の感情・言動・行動で悟られてはならない。

 こちらの武器が知れた途端・・・全てが破城しかねん)」


ようやく足立美緒の名を手にし、解決の糸口を掴めたという段階に過ぎない今。

少しでもみっぴーに不審な行動・言動を悟られるわけにはいかなかった。

つねに緊張感を、死への恐怖・怒り・焦燥をその態度に示さなければならなかった。

昨日までの光でいることが、みっぴーへの攻略の第一歩でもあった。

夕飯を食べ終え、一度風呂に浸かる。歯を磨いた後、目覚ましのバイブを設定し、数時間寝ることにした。

ただ目的は横になるだけ。電気を消し、暗い天井一点、じっと見つめる。


「(残り時間的にも、明日が最後のチャンス。

 上手くいく可能性が低いことに変わりはない。

 だが、道はこれしかない。

 戦う時は、ここしかない。

 奴と、決着をつける)」






『5日目 午前1時』



外は海のような静けさを保つ。闇が永遠と広がり、物を飲み込んでいく。

そんな中、今まさに全てを賭け、闇に挑む者が一人。

限りない黒の中に、玄関のドアを開け、今、切り込んでいく。

進む先は絶望。鬼の住処。


「・・・行くか」


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