第14話 認めたくないことだったが。

「ほらほらどいてどいて」


 にこやかに、実ににこやかに、まるで御輿をかつぐお祭り男のように、連絡員の名目を持った男はオート・ドライヴにセットしたエレカから半身を乗り出して対戦車砲を打ち込もうとしていた。


「どかないとケガするよーっ!」


 その場に落雷の様なひどい音が鳴り響いた。

 局内は手薄だった。そして装備もまた手薄だった。彼にとっては、実に楽な戦場だった。

 キムはバズーカを手に、そのままニ、三の種類の重厚な銃をかついだまま、エレカからひらりと飛び出した。

 エレカはそのまま盲滅法に走り出し、乗り手を待ちかまえていた運の悪い留守番組の局員の間に突っ込み、火を吹いた。爆発音とともに、叫び声が響いた。

 当事者はその光景にも眉一つ動かさず、そのまま階段に向かって走った。

 逃走の時にはエレヴェーターは使わない。閉じこめられる可能性は、少しでも回避する。Gの目的が階上にあり、そしてそれを奪回してきたと言うのなら、出てくる場所は考えやすい。

 階段室はそう使う者がないと見えて、埃っぽく、ひどく殺風景だった。灰色の壁が延々上まで続いている。キムは耳を済ませた。


 確かに。


 降りてくる音が、耳に届いた。


   *


 彼は少女を片手に、階段をすさまじい勢いで駆け下りていた。


「重くない!? G!」

「大丈夫だ!」


 だが、この階段は思ったよりも長かった。さすがの彼も、踊り場毎に警戒をしながら、この長い階段を降りるのに、何となく疲労を感じ始めていた。

 急に彼は、足を止めた。

 どうしたの、と訊ねようとするルビイの唇に、しっ、と人差し指を当てる。微かな物音が耳に届いたのだ。目を閉じる。踊り場の扉の向こうに、誰かが居る。倒すべき誰かが。


「……」


 少女を下ろすと、手摺の陰に隠れているように、と彼は動作で示した。少女は無言でうなづいた。

 彼はポケットの中からゲーム用程度の小さな玉を幾つか取り出した。そして勢いよく腕を振り上げて投げた。

 火薬がはぜて、乾いた大きな音が勢い良くたくさん鳴った。そして次の瞬間、扉が開いた。彼はその一瞬を見逃さなかった。

 火線が走る。

 的確に彼の銃はその場に待機していた局員を射抜いていた。反射速度が違うのだ。三人程がばたばたと一度に踊り場に転がった。

 そして彼は再び少女を横抱きにすると、更に下へ下へ、と走り出した。

 ルビイは不安定な恰好のまま、それでも楽しそうに彼に向かって叫んだ。


「絶対あなたこういう時っていい顔してる! 恰好いいわよ!」

「黙ってろ!」


 Gは怒鳴った。少女は黙る。

 少女の言う通りだった。明らかに彼は、この状況を心の何処かで楽しんでいた。決して彼自身認めたくはなかったのだが。

 もともとは、自分を何とかして痛めつけたくて、参入した組織のはずだった。活動のはずだった。

 自分の生きてきたの世界が嫌いで、その中で生きてこなくてはならなかった自分が嫌いだったはずだ。

 だから活動の中では、どんなことでもした。道具に成り下がりたかった。身体を売る真似をしたことも数え切れない。

 だがやがて、苦痛は快感に変わる。自分を痛めつけるはずの活動自体が、彼を楽しませ始めた。

 それは認めたくなかったが、本当だった。少女人形の邪気のない言葉は、それを鋭くついていた。


 認めたくないことだったが。


 どのくらい走っただろう? 窓も階数のない階段室ほど殺風景なものはないではなかろうか。螺旋ではないが、それでも階段を回り続けていると、次第に感覚が狂ってきそうになる。

 ふと、少女がつぶやいた。


「G、何か聞こえる」

「え?」

「あのひとの声よ。ほら、笑い猫のお兄さんの」


 彼は立ち止まり、耳を澄ませる。少しばかりマヒしつつある頭をぶるん、と振って耳を澄ます。建物全体を包むぶうん、という機械音に混じって、それは確かに聞こえた。

 がんがん、と壁を叩く音。そして。


「居るんだろG! 居るんなら返事をしろよ!」


 明るい声。彼は急にほっとする自分を感じていた。


   *


 その部屋に入った時、局長は心臓が止まるかと思った。

 鍵は掛けられていたはずだった。いやそれ以前に、鍵を持っているのは自分しかいない、自分しかこの部屋に入ることはできないはずなのだ。

 特高局の緊急脱出用の管制室。内乱を想定して作られたその部屋を操作できるのは、局長と、局長の直々の命があった者のみである。

 だがそこには確かに、三人の人物が彼の座るべき場所に既に着席していた。

 その三人とも、局長がよく知っている人物であり、そしてまた、揃って集う理由が全く読めない三人でもあった。


「伯爵…… 蒼の女王……」


 それだけならまだいい。彼らはこの地の社交界の中心人物だ。だが。

 その彼らが皆軍服を着用している。何かおかしい。あいにくここは仮装舞踏会ではないのだ。彼らは軍関係者ではなかったはずだ!


 ―――いや軍関係者は一人居た。


「中佐…… あなたまで…… 一体ここにどうやって」

「さあて? あんたこそ、今ここに居るってのは、部下を皆見捨てて逃げ出すってことだよな」


 くくく、と中佐は笑う。ぐっ、と局長は詰まる。事実は時には一番の凶器となる。悪党では決してない男は、人並みに恥じる心は持っているらしい。

 そしてその様子を見ながら、蒼の女王は古典的な和紙で作られた扇をふわふわと揺らせている。

 下ろした長い黒い髪が軽くゆらゆらと揺れた。


「別に構わないがな。誰だって命は惜しかろう」


 伯爵もまた、口調だけは普段と同じく穏やかなものだったが、その中にはひどく聞く者の背筋を凍らせるくらいの迫力が混じっていた。局長はなけなしの虚勢を張る。


「邪魔しないでくれたまえ」

「まあ別に邪魔はしないさ。今更」


 中佐はそう言いながらシガレットに火を付けた。きつい匂いが局長の鼻をつく。かなり強い種類であることが張りつめた神経には気に障る。


「ただね、既にあの機は我々の手の内にあることをお知らせしておこうと思ってさ」

「何」


 局長の顔が一瞬にして引きつった。穏やかな口調で伯爵が後を続けた。


「既にあなたの言うところの安全な時期『夏』にやってきている、我々との『無関係者』の搬入は済んでいる。近隣の惑星へ五体満足で送り届ける予定だ」

「つまりな局長。今現在このアルティメット各都市に残っているのは、あんた達と、我々と何らかの関係がある一部の連中だけなんだよ」

「ちなみにその関係とは『敵対』という」


 次々に飛び出す予期されない言葉に、次第に局長は頭から現実感が遠のいていくのを感じていた。ゆったりと扇を揺らす麗人の表情は全く動いていないというのに、その中に笑みが浮かんでいるように見えてしまう。

 自分がおかしくなったのか、とも思った。


「どういう意味だ…… それに先程から君達は我々、などと言っているが…… 軍警か? 軍警にそんな権限があるのか?」

「無論そんなものないさ」


 何を当然なことを、と中佐は腰に手を当てる。


「我々は『MM』だ」


 それまでただこわばっていただけの局長の顔は一瞬にして凍り付いた。そしてその様子を見ると、中佐は面倒くさそうに腰から銃を引き抜いた。


「なあ局長。あんたは実に運が悪かった。だが我々はあいにくそのあんたの不運に対して何の責任も持つ気はないんだよ」


 銃声が、響いた。


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